147 / 276
147・緑燕亭【りょくえんてい】
しおりを挟むザッザッと店前の落ち葉をかき集めながら時折頬を撫でる風にスッと目を細めるーー朝特有の少しヒンヤリとした風は、まだ眠気が残るルーナの目をすっかり覚ましてくれた。
「おねぇちゃん、そろそろこっちの準備もしないとお客さんが降りて来ちゃうよぉ~!」
妹のマルリが宿の裏手からひょこっと顔を出した、どうやら朝御飯をやっと食べ終えたみたい。その証拠に口元にベッタリと山羊乳スープの跡が付いている。
「分かった、今行くね! それよりマルリってば、まだ顔洗って無いでしょー!」
「えへへ、これから~」
(もう11歳なのに……いつまで経ってもお子ちゃまなのよねぇーー)
集めた落ち葉はギュっと魔法で圧縮してから日当たりの良い庭先に並べておく。
こうして出来た乾草玉はゆっくりと燃える火種になるので竈の焚き付けに丁度良いのだ。
水瓶の水量をチェックした後、裏口から狭い厨房に入ると、既に辺りには焼き上がった黒パンの芳ばしい香りが充満していた。
「おかみさん、掃き掃除終わりました!」
「おや、仕事が早いね! じゃあ奥のテーブルに朝食を運んどくれ」
大皿に積まれた沢山の黒パンと茹でた腸詰をプレートに取り分け、ルーナはすぐに奥のテーブルへと向かった。
「やぁ、ルーナちゃん、おはよう」
「ロイドさん、おはよう御座います! 今、スープも持って来ますね!」
今朝のスープは、昨日の晩に出した根野菜のスープに山羊乳を加えたものだ。具の野菜はすっかり溶けて見当たらないが、代わりにウーリー鳥の卵を一つ落としてある。
スープに浮かぶプルッとした弾力の有る半熟の黄身をナイフでそっとなぞると、乳白色のスープの中にお日様みたいな黄色がトロっと溢れ出す。やがてスープは収穫間近の小麦畑みたいに黄金色に染まりーー
(ーーそこに黒パンを浸して食べるのが最高なのよね!)
朝ご飯はとっくに食べた筈なのに、なんだか口の中に涎が溢れてくるのはどういう訳だろう?
「ロイドさん、今日のスープも絶品です! きっと、もう一泊したくなりますよ?」
ロイドはあまりにルーナが真面目な顔で言うものだから思わず笑ってしまった。
「ははっ、そりゃぁ楽しみだ! ここの料理は確かに美味いからね」
そうこうしている内に、三人、四人と二階の部屋から泊まりのお客さんがドカドカ靴音を立てながら降りてきた。
「あっ、おはよう御座います! お好きな席へどうぞー!」
◇
私と妹のマルリは、つい数ヶ月にこのイアマに来たばかり。
国境近くの小さな開拓村に住んでいた私達は、父の恩人である「緑燕亭」の主人、ケインさんのご厚意で街にある学校へ通わせて貰える事になったーー学校の時間以外はここで働く事が条件なんだけど、ケインさんもおかみさんも優しく教えてくれるから全然苦にはならない。
まだまだ慣れない事も多いけれど、お客さんも優しい人が多いし、毎日美味しいご飯も食べれるしーー村で辛い畑仕事をするよりも、私にはここでの仕事が合ってるのかもしれない!
「ルーナ、悪いが黒豆の粉を切らしてしまった、至急ヤルフェム雑貨店まで行ってきてくれないか?」
「えっと、ヤルフェム……雑貨店ですか?」
何やら不安気なルーナの様子を察したのか、ケインはペンを取るとサラサラと地図を書いてくれた。
「大丈夫、これを見ながら行けば迷う事は無いからね」
「わっ、ありがとうございます! これなら大丈夫です! すぐに行って来ますね!」
ルーナはケインの手から地図が描かれたメモと小銭袋が入ったカゴを受け取ると、まだ少し薄暗い朝の街へと飛び出した。
「待っておねぇちゃん! わたしも行く~!」
慌てて扉から飛び出してきたマルリがルーナを見つけて駆けてくる。
「ちゃんとおかみさんに言ったのー?」
「うん、一緒に行ってきなって言ってたもん。あっ、おねぇちゃん、わたしがカゴ持つ!」
マルリはお母さんと離れて寂しいのか、以前にも増して私の側に居る事が多くなった気がするーーそれでも、最近は学校で友達が出来たらしく、「村に帰りたい」と夜泣きする事は少なくなってきた。
尤もこれは、マルリと同じ歳の妹が居る同級生にルーナがそれとなく頼んだからでもある。
(マルリが村に帰る事になったら、きっと私も一緒に帰ってこいって言われちゃうよね。マルリには早く街での生活に慣れてもらわなきゃ……)
二人が並んで歩く街道には、朝早くにも関わらず馬車や人の往来が多く見られる。
この世界の商人や冒険者達は日が登ると共に行動を開始するーーそれに伴い宿屋は勿論、雑貨屋、食料品店、防具屋に武器屋など驚くほど早くから開店している所が多い。
「ねぇ、おねぇちゃん。わたし、近道知ってるんだよ~!」
マルリはふと立ち止まると、地図を見るルーナの手を引いて得意げに路地裏へと引っ張ってゆく。
「ちょ、ちょっとマルリ……路地裏には行っちゃ駄目って前にケインさんが言ってたじゃないーー」
朝とはいえ、路地裏はじっとりとした影が落ちている。薄暗く狭い路地裏には、物取りやタチの悪い酔っ払いに出会う可能性があるので危険だとルーナ達は教わっていた。特に、路地を抜けた先にある貧民街には乞食やギャングと呼ばれる少年達、そして恐ろしい犯罪者が溢れかえっていると聞いている。
「大丈夫~! だって、この道はアフェルに教えてもらったんだから!」
「アフェルに? う~ん、じゃあ……大丈夫かな?」
アフェルはマルリの同級生で、今から行くヤルフェム雑貨店の子供だ。最近イアマの街に来た二人とは違い、昔から住んでいる彼が言うならきっと安全な道に違いない。
(近道なら……知っておいた方がお使いも捗るよね?)
どんどん先へと進んでいくマルリを追いかけ、ルーナも入り組んだ路地裏へと入って行くのだった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。
▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ......
どうしようΣ( ̄□ ̄;)
とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!!
R指定は念のためです。
マイペースに更新していきます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる