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142・葛藤
しおりを挟む自分の魔法範囲から脱出した筈のサイラスが何故地べたに倒れているのか。
ーー答えはヨイチョの顔に付いた泥である。
実はヨイチョ、先程放った掃除魔法は目眩しが目的では無く、地面に小さな穴を穿っていたのであるーーそうしてその穴に大量の水を注ぎ続け地面を泥沼化させていたのだ。
「ーー姑息なッ!」
「ぼ、僕にはこんな事くらいしか出来ないから……でも、これ……で、君は魔法を解除しなきゃならない……そうだろう?」
ほんの少し、地面がヌルッと滑る程度の泥、その泥濘が跳ぼうと力んだサイラスの足を滑らせた。それだけではない、四つん這いで耐えているヨイチョとは違いバランスの崩したサイラスは仰向けに倒れてしまっていた。
(クソっ、重力魔法の所為で身体が沈んでくーーあの男、この状態で尚も水を出し続けているというのか?)
涅色の泥の中、両手両足が埋まり、まるで土下座でもするかの様な体勢で重力魔法に耐えるヨイチョ。その苦悶の表情と有様は貴族に許しを乞う平民そのものではあるが、横目に見えるそれを笑う余裕がサイラスには無い。
踏ん張りの効くヨイチョの体勢とは違い、倒れ切った身体は抗う事も出来ずにズブズブと泥に埋もれていってるのだ。
(チッ、癪だがアイツの言う通り魔法を解除しなければ泥に顔が埋まってしまう)
窒息など考えたくも無いーーいや、そもそも顔に泥など付けたくはない。
サイラスは耳まで埋まる後頭部を必死に起こしながら重力魔法を解除した。そしてすぐさま髪の毛から滴る泥を拭いながら上半身を起こす。
「さぁ、お望み通り魔法を解除してやったぞーーそれで? この後はどうするつもりだ?」
生活魔法特化で攻撃が出来ない魔法士ーー事前に話は聞いている。全く、聞けば聞くほど何故入団出来たか不思議に思う。
生活魔法を使った地面の泥沼化は予測出来なかった、磁力魔法士との戦いでは弱点を示唆し勝利に貢献したとも聞いたーー成る程、確かに機転は効く様ではあるし、魔力量も多いのは認める。
ーーだが、それだけだ。
「お前には決定打となる攻撃魔法が無い! よってここまでだーー所詮ここまでなんだよ平民はッ!」
◇
「ーー何だって? 本気かギュスタンっ!?」
ギュスタンが拠点へ向かうと言い出したのは、フリード達が居なくなってから半日は経った頃だ。それも攻略する為ではなく、フリード達の様子を見る為だと言う……。
「わざわざアイツらを見に行くのか?」
「クックッ、まぁ面白そうではあるな」
「あの平民達がどこまで頑張れるかは興味有る」
最初はあの大きな男との賭けが気になるのかと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。
フリードの分隊員である平民の少女救出から帰って来てからというもの、ギュスタンは時折何かを深く考え込むような仕草をする様になった。元々口数が多い方では無いギュスタンはザックリとした経緯しか話してはくれないが、あの時に何かがあった事は確かだろう。
「………………」
今日も一人、焚き火を眺めるギュスタンにサイラスは思い切って声を掛けた。
「どうしたんだギュスタン、悩み事でもあるのか?」
「サイラスか……まぁ、少しな……」
亜空間から酒が入った小瓶を取り出しギュスタンへと放る。訓練中の飲酒など見つかれば罰則ものだが、見つからなければどうって事は無い。
ギュスタンも特にそれを咎める事はせず、蓋を開け瓶を傾けたーー暫く無言の時間が続いたが、少し酔いが回ったのかギュスタンはポツリポツリと語り出した。
「サイラス……俺達は領主にはなれぬ身だ。しかし自領の発展と平和の為、領民の為に力を振るうのは貴族として正しい行いだと思っている」
「あぁ、その通りだな」
家を継ぐのは長男である兄達で、三男以下はスペアにもならぬ所謂厄介者だ。家を出ろとは言われながらも、家の名に恥じぬ生活と態度を強制される、全くもって厄介な立場だ。
それでも此処に入る事が出来た貴族は幸運だ。辺鄙な村の管理をしたり、冒険者になったりするよりは地位も立場もよっぽど良い。
この恵まれた立場のおかげで、今でもある程度実家との繋がりがあるとも言える。
「だが、その力が小さ過ぎる事に気が付いた……」
ーー力が小さ過ぎる。
バクスが襲撃された件を思い出し奥歯をギュッと噛み締める。あの時、俺にもっと力があれば結果は変わったのだろうか……。
「ーー俺は弱い、これでは理想には届かない」
理想ーーそれは『貴族主義』が掲げるノブレス・オブリージュの事だ。
貴族は平民を守る義務がある、その為に力を振るう。しかし、その守るべき力が小さいとギュスタンは言っているのだ。
「…………俺とクリミアの差は歴然だった」
「クリミアは正騎士だ! ギュスタンだってそのうちーー」
まだ見習いの俺達が、平民出とはいえ経験豊富な正騎士と比べるのは間違っている。
「サイラス、俺は何も出来なかったんだ……クリミアだけでは無い、あのジョルクにすら劣った俺が、平民を守るなんて言えるであろうか……」
「な、それは違うッ! 聞けばジョルクがやった事は只の人探しだ。決してギュスタンが平民に劣った訳ではーー」
「あぁ分かってる、ジョルクと一対一で戦えば間違い無く俺が勝つ。しかしそういう類いの話では無いのだ……それにあの時、俺は平民であるジョルクが隣で戦っているのを悪くないと思ってしまったのだ」
「…………そ、それは……」
「力の有る平民はいずれ貴族にも成り得る、歴史を振り返れば、我がベイルード家も、お前の実家であるノルジット家も、元より貴族だった訳では無い筈だ……」
「……………………」
最終的に全ての平民の武力を無くす事が目的である『貴族主義』においてこの考え方は異端だ。これではとても第一騎士団になど入れはしない。
「一度そう思ってしまうと、今はまだ力が無くとも、どの平民にも可能性が有るのではと……」
このままではギュスタンは夢を諦めてしまうーーそう感じたサイラスは動揺を隠せない。
田舎貴族の三男が、四大辺境伯の次代であるアース・ランカスター直属の部下になる。第一騎士団に入団すると言う事はそういう事だ。
その時点で地位や立場は只の男爵家である実家を遥かに凌ぐ事になる。最早、ギュスタンの夢は家を追い出されたサイラス達の希望でもあったのだ。
「た、偶々だ……」
「偶々?」
「そう……偶々ジョルクやクリミアには才能が有っただけの事。だがそれが全ての平民に当てはまる訳じゃない、そうだろう?」
「ふん、成る程」とギュスタンは暫く考え込んだ後にサイラスへこう言った。
「だったらサイラス、お前が見極めてくれないか? 他の平民に我らに並び立つ資格、その可能性が有りえるのかどうかを……」
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