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136・試験官
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階段を降りてゆくと、扉の前でヘルムと腕章をした赤髪の男が言い争っているのが見えた。
「ちょっとヘルムさん、試験官様にそんな態度取っちゃ駄目じゃない!」
何故揉めているのか全く分からないが、きっとヘルムの応対に問題があったのだろうーーいや、無かったとしても採点権限を持つ試験官は怒らせてはいけないのだ。
社会経験が少なく身分が高い貴族のヘルムには、例え理不尽でも耐えなくてはならない場面があるって事がまだ分からないらしい。
「すいません、うちのヘルムがーーこっから俺が話を聞きますんで、へへ、何卒穏便に……」
「ーーんん? お前がぁ? まともな会話が出来る奴の格好じゃなさそうだが?」
馬面の試験官は訝しげに俺をジロリと睨むーーどうやら先方は大変ご立腹みたいだ。
「あ、大丈夫です、言葉が通じない頃でもなんとかやってこれたくらいにはコミニュケーション能力は高いと自負しております」
筋肉言語を駆使しながら過ごした日々が懐かしい……。
それに、あっちの世界じゃ数々の試験と面接を受けてきたこの俺だ、試験官や面接官への接し方は心得ている。例え異世界といえど、この対応方は大きく変わらないだろう。
「今は私が話をしているのです! 貴方は黙ってーーモゴモゴ!」
「まぁまぁ、ヘルムさん。ここはこの俺に任せちゃってよ、ね?」
ごちゃごちゃ言ってるヘルムを背後から(物理的に)黙らせる。
「ーー彼、ちょっとこういうのにまだ慣れてなくて、緊張と興奮が溢れちゃうタイプなんすよ……すいません」
「…………まぁ、分かったーーそれより、そいつ顔真っ赤だけど大丈夫なのか?」
おっと、口だけじゃ無く鼻も塞いでた、ヘルムの顔小っさいな。
「ぶはぁっーーー!!」
慌てて解放するとヘルムは全身をビクつかせる様にハーハーと酸素を取り入れていたーーまるで陸に上がった魚みたいだ、大袈裟だなぁ。
「ヘルムさん、ここは社会経験豊かな俺に任せて休んでて下さいよ。試験官も大分気が立ってる様だけど……なぁに大丈夫、これでも俺はクレーム処理とか結構得意な方だったんだぜ?」
クレーム処理で大事な事は、お客様の気持ちに寄り添う事だ。
言いたい事を受け止め、反論せず、なんなら「それは確かに酷いですね」と同意し一緒に怒ってやるーーそうして最後は正社員にぶん投げてやればOKだ。
後は出来る人が対処するーーあれ、今回の出来る人は一体誰になるんだろ?
(いや、別にクレームじゃ無いんだから、そんな心配要らないか)
両手を床に付きながら、いまだ息を整えているヘルムの肩をポンと叩くと俺は試験官に向き合った。
一体何を言われたんだか知らないが、これからはヘルムも少し応待の仕方ってのを覚えるべきだ。
(ここは一つ、大人の話し合いってやつを見せてやるかーー)
「ーーいや~、大変お待たせいたしました! それではお話をお伺いしましょう!」
「や、やめなさい! 暴力は駄目ですって!」
「ーーは、離せヘルム! 何言ってんだこのハゲ! もう一度言ってみろ、こんちくしょう!」
「ハゲてねぇわ! 人よりちょっと面長だからそう見えるだけでーーほらっ! ちゃんとフサフサしてるだろうがっ!」
思わず試験官の胸ぐらを掴みかけた俺の足にすがるヘルム、ワーワーと怒鳴る試験官。
ーー大人の話し合いは2分で終わった。
◇
「やったぜ! なぁ、見たかヨイチョ!」
轟音と共に橋に設置した照明が闇へと落ちていくのが見える。
「…………ジ、ジョルク、本当に橋落としちゃって良かったの?」
流石にヘルム達も橋を渡り終えているだろうけど、これ大丈夫なんだろうか?
「あん? ヘルムが落とせって言ってたんだから大丈夫だろう?」
「そ、そうなの……かな???」
確かにそんな事言ってた気もするけど、まさか本当に一人で橋を落としちゃうとは思わなかった。
以前のジョルクでは考えられぬ程の威力だ、今回の訓練で一体どれ程腕を上げたんだジョルクは……。
「心配性だなヨイチョは!」
「ジョルクはもう少し心配した方がいいと思うけどね……」
それにしても、この僕らが拠点エリアに到達か……絶対に無理だと思っていたから感傷深いものがある。
(僕自身がエリアに立てないのは残念だけど、二人も行けたなら万々歳だ。これでナルの義手もーーん?)
「いいからーーなさい!」
何やら向こう側が騒がしい、言い争う様な声がこちらに近づいてくる。
「なぁ、あれってヘルムの声じゃないか? ヨイチョ、よく見えないから照明消せよ」
「そうだね、何かあったのかな? 取り敢えず照明は対岸が見える最低限にするよ」
ヨイチョが照明の光量を落とすと、堀のすぐ向こう側に土壁で出来たドームが徐々に見えてきたーーそれと言い争いながら歩く三人の姿。
「あのデカいのは間違いなく兄貴だな!」
「って事はヘルムと……もう一人は誰かな?」
土壁から誰かが出てきた気配は無いがイリス分隊の人かな? もしかして、下位分隊の自分達に難癖をつけてるとかーー。
不安気にその姿を見守っていると、謎の人物は崩落した橋の袂まで行き地面にうずくまり何かの魔法を唱えた。
ーーズズッ ズズズッ
地面からニョキニョキと木が生えたかと思うと、瞬く間に大木となったーーその太さは大人の胴回り程で蔦まで絡むその姿見は、とても今生えた様には見えない。
「おぉ…………すげぇ!」
「ーーあれは植物魔法! 僕、初めて見たよ!」
土魔法系統は突き詰めてゆくと鉱物系魔法と植物系魔法に分かれてゆく。
植物系魔法は魔力を使って植物を育てたりする事が出来る魔法だ。
しかし、炎や氷のように自らの魔力で植物を生成する事は出来ず、必ず元となる触媒などが必要となる。
戦闘には使い勝手が悪い為、習得しているのは農業関係者や一部の変わり者だ。
「ほーい! そっち倒すから気を付けろよ!」
ーーメキメキッ ドォーン!!
音を立て倒れた巨木は対岸への橋となった。
「植物系魔法を使う魔法士なんて第三には一人しか居ないーーあれは正騎士のオランさんだよ!」
『森の番人』の異名を持つ正騎士オランーー荒地の山岳地帯に木を植えて作物が作れる土壌開発に成功したとか、新しい肥料の研究をしているとか、騎士団の中では戦士と言うより研究者的な立場のかなり異色な存在である。
(ーーあの人がオランさんか! 名前と偉業は知っていたけど、見るのは初めてだよ!)
ヨイチョとナルが居た村でも、オラン印の肥料のお陰で作物の収穫量が増えたと両親が喜んでいたのを覚えてる。オランは農民にとって最も身近な英雄なのである。
そんな英雄を見てワクワクしているとぼそりとジョルクが呟いた。
「じゃあ兄貴達は正騎士と揉めてんのかーー」
「…………えっ!?」
ヨイチョは顔から一斉に血の気が引いていくのを感じた。
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