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120・訓練は終わらない
しおりを挟む「ーー時空魔法良いじゃん! 自分の手首を付けられるならそれでーー」
「……いやいや無理だよ? 一体いくら掛かると思ってるのさーー 多分、今君が思ってる金額の十倍以上は掛かるよ?」
通常、時空魔法士に保存を頼むには、魔力を維持する為の触媒やら器、定期的な魔力補充など莫大な費用が発生するらしく、半日程度でも軽く15万ニルスは飛ぶだろうとの事。
今の義手がナルの身体に馴染むまで大体一か月として、約9,000,000ニルスくらいか…………無職の俺には騎士の平均給料がどれくらいなのか分からないが、正騎士のアレスが高いと言うんだから見習いのナルには到底払えない金額なのだろう。
一方で義手ならば創作者次第ではあるが、まだ手が届く金額で済むとの事だ。モデルもある事でより本物に近い義手を造る事が出来るだろうとアレスは話す。
「良い義手も頼むとそれなりに高価にはなるけどーー多分、王国からも訓練中の事故って事で援助は出ると思うよ」
「ーーそ、そうか……悪かったなナル、役に立てなくて」
横たわるナルに向かって頭を下げると「大丈夫」とナルは力無く首を振った。
「いいのーーだって、これはナルの不注意でなった結果だもん……」
しょげるナルの右手を握るヨイチョは強い眼差しでアレスに向き合うと深々と頭を下げる。
「アレスさん、お金の事は僕が何とかしますのでーー義手の件、お願いしても良いですか?」
「うん? あぁ、勿論良いよ! なるべく良い義手を作れる創作者を探してみるよ」
アレスは他の回復魔法士達にも聞いてみるとヨイチョに約束していた。それにしても、金の事は何とかするとヨイチョは言っていたが大丈夫なんだろうか?
(金か……どこの世界でも金が必要なのは変わらないのな……)
こんな時、何も出来ない無職は辛いな。
◇
「金? 兄貴になら貸すのは全然構わないぜ?」
ジョルクは二つ返事でそう言ってくれたが、そう言う事じゃ無いんだーー金を借りたいのでは無く、俺は自分で稼ぎたいんだ。
何せ、今の俺には借金をしても返すアテなど一切無いのだから。
「何だ、もう金の話か? ーー俗物め」
「もうって何だよ、違ぇーますよ! ナルの義手代の話だ。同じ分隊だからな、少しでもカンパしてやりたいんだよ……」
現場に居なかったとはいえ、分隊を守るのが盾役である俺の仕事だったのだーー何だか責任を感じる。それにこの世界での数少ない俺の仲間だ、助けたいと言う気持ちは人間関係の希薄だった元の世界よりも強い。
「何だ兄貴! ナルの義手代の話かよ、それなら勿論俺も出すぜ! なぁ! 俺はてっきり、クリミアさんとの飯代かと思ったぜ」
「ふん、何だ違うのか……」
「違うからっ! そっちは自分で何とかするわ!……そういやジョルクの実家は商会だったよな? 参考までに義手の価格がどれ位するのか知りたいなーー」
確か、ウービンさんの義足は木製の見た目だったな。ナルは女の子だし、ズボンで大半が隠れる義足と違って常に人目に付く手首だからなーーなるべく本物っぽいのを付けさせてやりたいが、果たして相場はどんなものなのか……。
「う~ん、見せ掛けだけの義手から、自由に動かせる様に魔力回路を搭載したヤツまでピンキリだからなぁーー通常生活する程度なら150万ニルスくらいで頼めるんじゃないか?」
どうやらこの世界での一般的な平均給金は月8~15万ニルスーーそんな中で、見習いながら月に20万ニルスも貰える騎士は高級取りの部類なんだろう。
(値段的にはアッチで車を購入する感じに近いのかーーローンとかあるんだろうか?)
「でも、騎士を続けるならちゃんとした義手じゃないとダメだよなぁ……魔法が撃てる様なーー」
「ちゃんとしたヤツか……給料の前借りって出来ないのかな?」
「…………入団してもいないヤツの前借りなど聞いた事も無い」
お? ギュスタンの反応を見るに、こっちにも前借り制度自体はあるんだ。
聞けば、入団試験に合格したが装備やら旅費が払えない者に、一時的に国が金を貸し出す事は珍しく無いとの事。
「と言うことはーーこの訓練の結果次第で入団出来るかもって言われている俺にもワンチャン前借り有りなんじゃーー」
「結果次第? では尚更無理だな。今は訓練開始から五日目の朝だ、最低でも後二日で指定拠点に辿り着かなければ評価は無しだーー諦めろ」
「…………え、シテイキョテン? タドリツク??」
「……お前は訓練内容も把握してないのか?」
ギュスタンは心底呆れた顔で俺を見る。
ーーそ、そうだった!
何だか『ナル奪還作戦』が終わって物凄くやり切った感に浸っていたがーー訓練的には何も終わって無かったんだ!
目標拠点の制圧が今回の訓練の目的だっけ? この訓練の結果が俺の入団試験結果になるんなら……このままでは無職継続じゃねーか!
「で、出来らぁっ!」
「ーー何? お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「あぁっ! 後二日で拠点に辿り着けるって言ったんだよ!」
(やるしかない、この世界での俺の居場所を無くす訳には行かないんだ……今のままじゃ、いつ放り出されてもおかしく無い)
怪我や病気をすれば叩き出される福利厚生無しの日雇い環境ーーそれでも行く宛の無い俺には無くてはならない居場所である。
この居場所を守る為にも、そしてより良い待遇の為にも、騎士団には何としても入団しなければならないッ!
だが、威勢よく啖呵を切ったはもののーーよく考えてみると…………ナルはあの状態だし、ジョルクも見た目以上に魔力を消費している。ヨイチョも治療したとはいえ怪我してるし、俺の腕は久々のバトルロープでパンパンだ。
まともに動けるのは回復魔法士のヘルムくらいか……確かヨイチョが昨日の時点で「拠点まで後二日の距離」って言ってたなーー残り二日で動けるのはヘルムだけーーあれ……これ良く考えたら無理っぽく無い?
「ふん、面白い! もし二日で拠点まで辿り付く事が出来たならーーお前を認めてやってもいい!」
「えぇ!! 後二日で拠点までだって!?」
「ーーお前が出来ると言ったんだろうがっ!? ふざけた奴だ……そうだなーーもしちゃんと辿り着き、尚且つ評価落ちしなければ、俺も義手代を援助してやろう」
ぐぬぬ……これは何とかやるしかない!
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