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117・聖母
しおりを挟む「やっぱり! 赤ちゃん居たんだ!」
クリミアは俺から事情を聞くや否や赤ん坊を引ったくる様に抱き上げるーーそしてジョルクへ焚き火の設置を命じたり、ギュスタンに湯を沸かせたりとテキパキと指示を出し始めた。
「ねぇ、何か包む物持ってない? あ、そのマント貸して!」
「ーー何だと? これはマルガンの立髪を編み込んだ最高級のーーあ、あぁ……」
クリミアは有無を言わさずギュスタンからマントを引き剥がすと産衣の赤ん坊をグルグルと包み込む。
因みにマルガンとは高地にのみ棲息する巨大な山羊の様な魔獣で、その素材には防寒・防暑効果がある為高額で取引される貴重種だーーただ、肉は硬くてマズいらしい。
「ほら、もっと火を焚いて! さっきの要領で風魔法使ってガーーってやっちゃって!」
クリミアは沸いた湯を使い非常食糧を溶かし始めるーーそうしてそれを氷魔法で体温程度まで冷ますと、布に染み込ませ赤ん坊の口元へと近づけた。
すると赤ん坊は「ンクっンクっ」とその布を夢中でしゃぶり出したではないか。
こうする事で母乳には劣るが、脱水症状の改善と栄養補給が出来る事をクリミアは孤児院時代に学んでいた。
「飲んでくれて良かった~」
クリミアは安心した様にその場にペタンと座りこむ、そしてハッと思い出したかの様に慌てて拳大の氷を一つ生成すると俺の足元にポイッと放った。
(ーー氷?)
訝しげな顔をする俺に向かってクリミアは「んっ!」と俺の頬を指差すと再び赤ん坊の世話に没頭していった。
◇
「なぁ兄貴……あんなに心配して駆け付けたクリミアさんに向かってオッパイ呼ばわりは無ぇなぁ……」
ジョルクは自分のマントを俺に投げて寄越すとそう言ったーー助かる、さっきの砂嵐の所為で俺のパンツは瀕死状態だ、本来の機能は全く無い。
「な、何だよ、俺だってそんなつもりで言った訳じゃなかったんだよ! 少し、ほんの少~し、言葉が足りなかっただけなんだ!」
「……ふん、自分の命を賭けてまで助けようとした男の第一声がアレとはーー全く気の毒で仕方ない」
どうやらクリミアは、逃げ遅れた俺を助ける為にかなりの無茶をしたらしいーー確かに装備はボロボロだった、その所為であの胸がより強調されたのも確かなのだ、仕方ないじゃないか……。
「ちゃんと謝った方が良いと思うぜ、兄貴!」
「ちゃんと謝ったよ!」
やれやれとギュスタンは肩をすくめる。
「ふん、口先だけの謝罪に意味などあるものか。この様な場合は贈り物をするのが普通だ」
「ーーお、贈り物?」
こっちには謝る時に贈り物をする文化があるのか! まぁ日本でもやらかした相手方へ謝罪に伺う時は何だかんだ持って行くから別におかしくは無いーーやはりここはタイガー印の羊羹とかが良いんだろうか? こちらの定番って何だろう……。
「あっ、丁度良い! さっき地下室でチーズの塊を拾ったんだった!」
クリミアはああ見えて意外と食いしん坊な所があるからな。出会った頃に、大量の猪肉を持たされたのは良い思い出だ。
「おい待て! 拾ったチーズを詫びに贈る阿呆が何処にいる!? 全く……そうだな、女性に贈るならアクセサリー類だな。5万ニルス程の安いピアスとかが無難だな」
「ご、5万ニルス! 無職の俺にはハードルが高すぎるお買い物!」
貴族と無職の金銭感覚が異なり過ぎて話にならない!
「なぁ兄貴! 俺の姉ちゃんは昔、誠意が見えるなら一緒に飯食いに行くだけでも良いって言ってたぜ?」
「おぉ! ご飯だけで良いなんてーージョルク、お前の姉ちゃんはきっとモテるんだろうな」
「そうだな! 姉ちゃんはいつも違う男とご飯に行ってたからなぁ! モテてたんじゃないか?」
いつも違う男の部分に引っ掛かりを覚えるが……まぁ、ご飯くらいなら今の俺でも何とかなりそうだ。お金は……ウービンさんに事情を話せば、何か仕事をくれるかも知れないーー。
当のクリミアは、俺から少し離れた場所で食事を終えた赤ん坊をあやしている。
一応、平手打ちを喰らった後、直ぐに赤ん坊を見せながら必死に説明したので誤解は解けたーーと思っているのだが……ちょっと距離を置かれているのは気のせいだよね?
俺は赤ん坊を抱きながら何やらブツブツ言ってるクリミアに近付くと背後から恐る恐る声を掛ける。
「ーーえっと、クリミア?」
「えっ!? わっ! びっくりした! 聞いた? 今の聞いて無いよね?」
「ーー?? わ、悪い、聞こえ無かったわ。ほらっ、さっきの砂嵐の所為で耳の中に砂が一杯詰まってるから……」
「い、いいの! 聞いて無いならそっちの方が良いからっ! えっと、それで何?」
クリミアがこんなに慌てるなんて珍しいな? 一体何を言っていたかは気になる所だがーーまずは謝罪だ。
「いや、ジョルクに聞いたんだ。俺を助ける為に結構危ない事したんだってーーそれなのに、すまん!」
「ーーん~、あれは人員の掌握を怠った私達側にも問題があったから、まぁ…………でーもぉー」
クリミアはジロリと下から俺を睨みつけると口早に説教を始める。
「一人で敵の陣地に潜入するなんて危ない事しちゃ駄目じゃ無いっ! まだ君は魔法使え無いんだよ? 今回の団長の魔法だって魔法無効出来たから良かったけど! 一歩間違えればーー」
「悪かった、悪かったよ! それで、そのーーお詫びと言っちゃ何だけどコレ終わったら飯でも奢るからさっ……クリミア?」
急に何かを考え込むように黙ってしまったクリミアの目を覗き込む。
「君って……団長の本気の魔法を魔法無効したんだ……」
「ん? あー、あの黒い靄ってビエルさんの魔法だったのか! 風魔法かと思ってたけど、アレって土魔法なんだ、へぇー」
成る程ね、やっぱりパカレーの奴等が自滅覚悟で放った魔法では無かったんだな。
「……君って一体…………」
「え? 何だって? ごめん、ちょっと耳がまだ……」
さっきの砂嵐の所為で耳が詰まってる俺にはクリミアの呟きが上手く聞き取れ無かった。誰か耳掻き持って無いだろか?
「ううん、何でもない! ご飯ね……ご飯より私、君と一緒に行きたい所があるかなーー」
「おぉ、クリミアが行きたい所なら何処でもいいよ!」
俺の事情を知っているクリミアだ、お金が掛かる様な場所は選ばない筈ーーいや寧ろこれは、食事代すら出せないだろうと気を使われたかな?
「じゃあねーー訓練終わったら、私と一緒に教会に行ってくれる?」
「おう! って……教会? 教会ってあの神様が居る教会?」
何だろう? 神様に懺悔しなきゃならない程の事だったんだろうか……ま、まさか教会ってーー「責任取ってよね!」って事じゃ無いよな?
「もうっ、フレイレル様が居るのは王都にある神殿だよ! 教会は教えを布教したりフレイレル様からの御言葉を頂く所!」
「そうなのか? まぁクリミアが行きたいなら何処だってOKだ!」
そうか、この世界には本当に神様が実在しているって言ってたもんな。各地にある複数の教会に神様が居る訳ないか。
「じゃあ、約束ね!」
「お、おぅ……」
そう言って、赤ん坊を抱いたまま微笑むクリミアはまるで絵画で見た聖母の様でーー何だか俺は非常に照れ臭くなった。
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