106 / 286
106・泣き声
しおりを挟む「……何だ、何が起きてる?」
漂う魔力の気配と騒がしさに目が覚める。もっとも、元より熟睡などしていない、何かあればすぐに起きる程度の浅い眠りでも身体と精神はある程度回復するもんだ。
起き上がろうとして思わず顔を顰めるーーあの回復魔法士め、ちっとも治ってねぇじゃねぇか。
外側からの凍結であれば回復も期待出来たかもしれないが、ゾレイが受けた氷結束縛は同期を使い体内から凍らされたものだ……回復魔法を用いても、そう簡単には治らない。
「今日はもう魔力使いたくねぇんだがな……鉄鎧」
ゾレイは魔法で地面から砂鉄を取り出すと、動かない両足へとそれを纏う。動かない膝下を砂鉄で固定する事により、何とか歩く事くらいは出来る様にしたのだ。
重い足を引き摺りながら窓外の様子を覗いたゾレイが見たのは、防御魔法を付与した堅い壁をガリガリ削りながら近づいて来る黒い靄だ。
その靄は空にまで達し、あの雷球すら呑み込む勢いだ。
ここまでの広さと高さをカバーする広範囲魔法とは一体どれ程の魔力を必要とするものなのか……。
「これが『壊滅』の広範囲魔法かーー想定を遥に越えてきやがったな……」
ーー思えば確かに強者の雰囲気はあった、暗闇で黒棘をあっさり防がれた時に気付くべきだった。
「あのままトンズラかましときゃ良かったぜ……」
だがそれも今更だ…………さて、どうするか。
改めて窓から周囲を確認するーー黒い靄はまだ外壁辺りだが徐々にその規模と速度は増している様に見える。多分、黒い靄に呑み込まれた物が同化し、威力が増しているんだろう。と言う事は、時間が経てば経つほど危険が増すと言う事だ。
最早、魔法で如何にか出来るレベルじゃ無いのは一目で分かるーー恐らくアレには防御も攻撃も意味が無い。
(巻き込まれりゃ無に還るかーー鉄鎧ぐらいじゃどうにもならねぇな……となれば)
ゾレイは倉庫の場所を確認する、崩れては居るが倒壊しているわけではない。
「ーー熱りが冷めるまであそこに隠れてるしか手は無さそうだな、流石にあの靄も地下までは入っては来ねぇだろ……」
ゾレイは懐から非常用に隠し持っていた魔力ポーションを取り出すと一気に飲み干す。魔力ポーションは高価な物だけに、魔力の丸薬などとは比較にならない効果があるーー高価な消耗品は使うタイミングと度胸が大事だ。駆け出しの傭兵などはその高価さ故、使い渋った上にやられる事も多いものだ。
「あ~あ、飲んじまった……これで今回の稼ぎはパーだ。まぁ命有っての物だから仕方ねぇんだがーーそういやネビロスはやられちまったのか?」
いや、あの人形がそう簡単にやられる訳が無い。あそこにゃ予備が沢山あった筈だしな……アイツもこの状況なら地下室だ、とち狂っても工兵達と正門で戦ってるなんて事は無い。
ゾレイは回復した魔力で凍結した足の動きをサポートする。地面にある砂鉄と足に纏った鉄鎧、互いの磁力を操作する事で駆け足ぐらいは出来る様になった。
「未だ懸命に壁を作っている工兵達には悪いが俺はサッサと避難させて貰うぜ」
◇
ゾレイが倉庫に近付くにつれ、微かに声が聞こえ出す。
(あん? これは……ガキの泣き声か?)
地下室には確かにガキが閉じ込められてはいるが、人形創作者であるネビロスによって仮死状態にされている筈だ。仮死状態にする事でいつでも新鮮な素材として活用出来るとかーー飯だの糞だの世話しなくても良いのは助かるが……良い趣味とは言えねぇな。
倉庫へと入ったゾレイは辺りを見渡して目を見開いた。
(おいおい、何が暴れりゃこんな事になるんだよ……)
崩れた壁、飛び散った木片、何に使うのか分からない大型の機械までが床に転がっているーーまるで室内で特大のハリケーンでも発生したかのような荒れ様である。
一瞬、地下への入り口が瓦礫に埋もれてしまってるんじゃ無いかと焦ったが、何とか無事の様だーー見れば地下室へと入る床の扉が開けっ放しで、泣き声は中からする様だ。
「何だよ、お先にご到着ってか? おい、ネビロス! 人形弄りする前に俺の義足を作ってくれ!」
そんな事を言いながら梯子を降りてゆくと、そこにネビロスは居らず、代わりにデカい身体の兄ちゃんが泣き叫ぶガキを抱えながら狭い部屋をオロオロと歩き回っている所だった。
「ーー誰だお前はっ!」
ガキを抱えた兄ちゃんは俺を見るとパッと目を輝かせて言った。
「おぉ!! 助かったーーあんたオッパイ出るか?」
「………………はぁ? んなもん出るかっ!」
何だコイツ……目腐ってんじゃねぇか? 俺が女にでも見えるってんなら、かなりの重症だ。何者かは知らねぇが工兵じゃ無ぇのは確かだ、だとすればーー
「……兄ちゃん、お前もしかしてーーあのネビロスを倒したのか?」
ネビロスは予備がある限りどうやったって死ぬ事は無ぇ……そいつを倒したとなりゃこの兄ちゃん、油断ならねぇ相手だ。って事は、倉庫の惨状もコイツがやったのか?
俺は素早く構えるーー他の魔法士はどうだか知らねぇが、俺達傭兵は近接戦闘も念頭に置いてるんだ、例え狭い室内でも戦う術は心得ている。
「ネビロス? あの人形野郎の事かーーまぁそうだな、倒したというか人形に戻ったと言うか……いや、そんな事よりオッパイどこよ!?」
ーーガキの泣き声が五月蝿くて「オッパイどこ?」しか聞こえねぇ……。
交渉か、はたまた命乞いか、例え何を言ってたとしても不安材料で有る事には違ぇねぇーーやっちまうか。
「ーー黒棘!」
四方八方から一斉に飛び出した黒棘が男を串刺しにするーー完全なる不意打ちだ。
此処は地下室だーー地面だけじゃなく、壁や天井にも黒棘の材料である砂鉄が含まれている、まさに俺の磁力魔法が得意とする場所だ。
「……悪いな兄ちゃん、オッパイは来世で探してくれや」
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる