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95・魔法の相性
しおりを挟むギュスタンは自分の目が慣れたおかげで黒棘が見える様になったと勘違いしていたがーー実は違う。
いつの間にか空を覆う雷雲が晴れ、代わりに月かと見間違える程の大きな光球が現れた所為だった。
集落上空で徐々にその光を増し続ける光球に、闇に紛れる黒棘はそのアドバンテージを失っていたのだ。
「ーーあれは雷魔法……なのか? お前の分隊の女はあれ程の広範囲魔法まで使えたのかっ!」
「いや、俺も初めて見たぜ、ナル凄えな!…………なぁ、ギュスタン……アレが落ちたら俺達もヤバイと思うか?」
あの規模の雷撃が落ちればどうなるかーー雷は避雷針や大木などの高所に落ちるよりも、平地に落ちる方がその被害範囲は広がる。
恐らく光球が落ちると同時に電撃は一瞬で集落ごと人々を焼き尽くすだろうーー跡には草一本も残らない程に……。
「アレってもうあの子じゃ制御出来ない大きさになっちゃってるよね……このままだと発動する前にドカーンって暴発しちゃうかも! う~ん、どうしよう……」
今まで余裕の表情だったクリミアの顔が曇る。流石にあの規模の魔法はクリミアでも止められ無いらしい。
「…………おい! 自分達の状況が分かってるのか? アッチばかり気にしてる場合じゃねぇと思うんだが……」
周囲を黒棘に囲まれた事をまるで意に介さないクリミアの態度に男は若干苛ついた様だ。
「ーーえぇ? もしかしてこの棘の事を言ってるの? こんな誰でも思い付く様な罠でそんなドヤ顔されても困るんだけどなぁ~」
「ハッ! 強がりを! この状況、どうにか出来るならやってみな! 磁力吸引!」
ーー男が手を振り下ろす!
手綱が切れた猪の様に一斉に襲い掛かる大量の黒棘ーーしかしその鋭棘が三人に届く事は無かった。
「土壁ッ!」
ーー瞬時に生成されたドーム状の土壁が三人を包み込んだからだ!
「ーー何ッ、土魔法だとッ!?」
黒棘は餌に食い付く小魚の大群の如く土壁へと殺到したがーー土壁はその土の厚さを増しながら刺さる棘を片っ端から飲み込んでいった。
◇
「ーー何ッ、土魔法だとッ!?」
土魔法である土壁の登場はゾレイに取って全くの予想外であった。
確かに、複数の魔法系統を使いこなす魔法士は珍しく無いーーしかし、魔法にも相性というものがある。
例えば炎魔法と爆破魔法、氷魔法と水魔法という様に近い系統の魔法は覚え易いが、火魔法と水魔法など反作用する組み合わせは一般的に覚え辛いとされている。
習得が難しいというだけで出来ない訳では無いのだが、相反する能力を混同する事で火力が下がると言われている。
氷魔法と土魔法も相性的にはあまり良いとは言えない組み合わせである。その為、ゾレイにとって土魔法は全くノーマークだったのだ。
(ーー何だ? あの女じゃねぇ、あの小僧達のどっちかか?)
しかし、そんなゾレイの疑問は森から出てきた一人の男によって解消された。
『タイミングばっちりですね! 団長、もしかして隠れて見てました?』
土壁内側から聞こえるクリミアのくぐもった声に男は答える。
「少しな……ふむ、此処は任せるぞクリミアーー俺はあれを何とかする」
森から出てきた男は、辺りを一瞥するとおよその状況を理解したのか、すぐそこに居るゾレイをチラリと見ただけで集落へと歩き出した。
「おいおい待てって、無視とはつれねぇじゃねぇかーーちょっと遊んでけよ 黒棘!」
ーー飛ばした黒棘は二つ。
しかし、男はこちらを見もせずにそれを弾いたーーそれも軽く手を振っただけでだ!
「ーー悪いが、お前の相手はクリミアに任せてある 土槌」
「グェッ」
腹に鈍い衝撃が走るーー恐ろしい程の速度で生成された土塊がゾレイの腹を打ったのだ。
(な、なんて生成の速さだ! …………待てよあの女、確か団長って呼んでたな……そうか、アイツが第三騎士団団長ーー壊滅のビエルかッ!)
先程のを攻撃防いだのが、手の平サイズの小さな土壁だった事をゾレイは見逃さなかった。小さいと言えども、あの速度で土壁を生成出来る者は少ないーーが、相手があの壊滅ならば納得だ。
「ーークソっ余裕こきやがって……だが、あの土壁の中にも大量の砂鉄は混ざってるんだーー自分で仲間の逃げ道塞いじまうとはなぁ! 黒棘!」
ドームに囲まれた内壁の至る所から突き出る黒棘が逃げ場の無い彼らを無慈悲に襲うだろう、それはさながら中世の拷問具である鉄の処女の様にーー。
しかしゾレイの思惑とは裏腹に黒棘が発射された手応えが無い。
「なんだぁ? 何で俺の黒棘が出ねえ?」
ゾレイは何度か魔法の発動を試みるが如何にも上手くいかない。
戦闘において不測の事態が起きた場合は直ぐにその場を離れ体勢を立て直すのが鉄則だ。引き際を間違えれば死に直結する。
(チッ仕方ねぇ、一回引くか)
幸いな事に森から現れた壊滅はこちらに興味は無いようだし、あの三人は未だ土壁の中に居るーー逃げるには打って付けだ。
判断が早いに越したことはない、長考はチャンスを逃す。部隊戦の様に戦術を駆使しての戦いには慎重な判断が求められるがーー個人の、しかも白兵戦となれば迅速な判断と野生の勘が物を言う。
しかし、ゾレイの素早い決断に何故か身体は付いて来なかった。
「ーーなぁッ!? 足が……動かねぇ?」
ーー膝から下の感覚が無い! 見れば足元から膝にかけて氷付いている。
「氷結束縛だと? 一体いつの間に!」
気付かなかった、痛みも違和感も全く感じ無かった……。
「ーーさ~て、此処は団長に任されちゃったから頑張らなきゃね~!」
土壁から出てきたクリミアは身動きの取れないゾレイへと照準を定める。
クリミアに男を拘束する気は無い、ああいう輩は何かしら奥の手を持っているものだ。
ビキビキと音を立て生成される氷柱でゾレイの心臓を狙うーー頭は振って躱す可能性があるが、下半身の固定された今、胴体は動かす事が出来ないからだ。
「な、なぁーー俺は金で雇われた傭兵だ。あんた達、俺を雇う気は無いか?」
ゾレイの問い掛けにクリミアは冷たい目を向けた。
「ーー金で寝返る傭兵に価値ってあるのかな?」
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