筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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90・提案

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「ーー飯が少ないだって、なぁ?」

 ジョルクは顎から滴る血を袖で拭うと、尻に付いた土をバンバンと払いながら男に話し掛けた。
 
「あぁ、しかも不味いんだぜ? やってらんねぇだろ? だから俺をこれ以上働かせないでくれよ」

 男はそのまま世間話でもする様に無防備に近づいてくると徐に咥えていた煙草の火を付け、不意打ちなどまるで無かったかの様に親しげに言った。

「そこでだ、俺に提案があるーーどうだ、聞く気はあるか? これ以上誰も損しないって素晴らしい提案だ」
「ふん、急に攻撃しかけておいて提案だと? 馬鹿にしているとしか思えんな」

 男は、フゥ~っと口から煙を吐くと赤く燃える煙草の先端をギュスタンへと向け諭す様に語る。

「ーーだよ、あの不意の一撃で仕留められねぇのを相手するのは正直面倒臭ぇんだ。見れば、たった二人であの硬い壁を壊す魔法士様だーーさぞかし優秀なんだろうなぁ~」
「あぁ! 俺達はまだ見習いだが騎士だからなぁ!」
「おい、ジョルク!? 余計な事を話すな!」

(ーー騎士、ね……隊長殿が言ってた通りサーシゥ王国確定って訳だ)

「騎士様なら知ってるだろう? 俺達パカレーが今誰とやり合ってるのかはよぉ」
「帝国だろ?……それなのになんで俺達を襲ったんだ、なぁ?」

 男は首を振りながら大きな溜息と共に白い煙を吐き出す。
 
「ーーありゃ不幸な事故ってヤツだ、ホントさ! 分かるだろ? 国境の壁アーティファクトが消えてるなんて知らなかったんだーー俺達はよぉ、てっきり帝国の奴等だと思ってなぁ」
「国境の壁が消えている……噂話と思っていたがーーあの筋肉が森でパカレー軍に攻撃された話も嘘では無かったと言う事か……」

 パカレー軍とビエル達の戦闘は実は公にはされていない。国境の壁が無くなったとなれば王国民にパニックを引き起こしかねない、慎重な調査が必要と考えたジョンウ将軍はこの件に関しての情報を制限したからだ。

 しかし、既に第三騎士団の中ではアレスが後輩に面白おかしく語った事で一部の見習い団員には知れてしまっていたーーが、事情を知ったウービンが酒の席の与太話と言う事で納めた。勿論、勘の良い者や正騎士は知ってはいたが、見習い達にはさほど浸透しなかった。

「騎士様の目的はあの娘だろ? それだってこれから返しにそっちに向かう予定だったんだぜ?」
「じゃあナルは無事なんだな、なぁ!」

 勿論だと頷く男は短くなった煙草を最後にひと吸いすると指で揉み崩して地面に撒き捨てた。
 
「俺達はあの娘をこの場で引き渡す、騎士様はあの娘を連れて帰る。俺達は送る手間が省けるし、そっちは無駄な戦闘を省けるーー誰も損しないだろう?」
「ふん、成る程な。だがお前達の所為でこっちは四人も戦死しているーーこの落とし前はどうするつもりだ?」

「あー、そいつは悪かったな……まぁ、金か誠意かーーその辺は国同士の話になるんじゃねぇか?」

 男は肩をすくめながら二本目の煙草に火を付ける。確かに男が言う通り普通の事故や事件とは違う、国同士の話し合いになるのが当然であろう。

「ふむ、まぁ……筋は通っているな。良かろう、その提案ーー」
「ーー待てよギュスタン! ナルはコイツじゃなく兄貴が必ず連れてくるーーコイツの話は鵜呑みしない方が良いと思うなぁ!」

 意外な事に止めたのはジョルクだった。

「ふん、今の話におかしなところは無かった様に感じるが?」
「ん~? だってコイツは言ったよなぁ、ってーー切羽詰まってる奴の言う事は信用出来ねぇ」

 飢えてる者は必死で商談を纏めようとするーー例え商品がその場に無くとも、あたかも持っている様に見せたり、違う場所に保管していると偽って……そして商談が纏まり欲しいものが手に入ると彼らは決まって言うのだ、「今は無いが後で必ず持っていく」と……そして、残念な事にその商品が届く事は稀である。

 商人である父がそんな苦い経験からジョルクに言い聞かせていた事が『飢えてる者との取り引きはするな』であった。

「おいおいーーそりゃ飯は少ねぇが飢えてるって程じゃ無いんだぜ? 何ならディナーへ招待してやろうか?」

 男は苦笑しながら吸い終わった煙草を揉み崩し辺りにばら撒くと困った様に頭を掻いた。そして頭にやった手をそのままジョルクへ向けると短く詠唱する。

「じゃぁ、まぁ交渉決裂って事でーー黒棘ネグロニードル

 途端、男が撒いた煙草の吸い殻から黒い棘が盛り上がる。
 意外に思えるが、鉄は粉末にすると案外良く燃える。その性質を利用し、男は砂鉄の混ざった煙草を吸い、その殻を辺りに撒いていたのだーーその方が地中から生成するよりも速く具現化出来るからだ。

 しかし、男の魔法はそこで完全に止まった。
 盛り上がった黒い棘は発射される事無くその場に固まっているーー良く見れば辺り一帯の地面には薄らと氷が貼っていた。

「クソっ! 地面が凍ってやがる!? いつの間にーー」

「ーーそうそう! そこら中に罠張ってる奴の言う事なんて聞いてたら、知らない間に背後からグサーってやられちゃうんだからねっ!」

 ジャリッジャリッっと霜を踏みながらジョルク達を背に男の前に立ちはだかったのは正騎士クリミアだった。
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