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88・モグラ叩き作戦
しおりを挟む土壁は詠唱から発動までにある程度の時間が掛かる。パカレーの魔法士達は俺が見てきたどの魔法士よりも速く土壁を生成してくるが、それでも即時発動とはいかない。
彼等は俺の動きを読むことで予め土壁を出す位置を決めていたのだろう。その為、どこに行こうとも三歩に一回は壁にぶち当たっていたーーが、何時どの方向から俺が出てくるかが分からなければ事前に予測して壁を作る事はできまい!
「名付けて『モグラ叩き作戦』!」
壁を破る音で次の居場所を予測されない様に、時には扉や裏口、窓からの移動を織り交ぜる事によって相手を撹乱させる……全く、俺は天才なんじゃないだろうか!
(モグラ叩きって上手くいかないと結構苛つくんだよなぁーー俺も昔、ゲーセンでいくら使った事か……あ、俺がやってたのモグラじゃ無くてワニワニパニックだったわ)
兎に角、熱くなって魔法の無駄撃ちしてくれれば相手の魔力も直ぐに切れるだろう。
俺は隣の民家の裏口からこっそり中へと入り、閉めた扉の隙間から外の様子を伺う。
「あ、あっちの家だ! 塞げ! 塞げ!」
「待て、こっちだ! こっちを塞げ!!」
相手が右往左往しているのが見て取れる。
「ふふっ、全然見当違いの家を土壁で囲ってやがる」
どうやら完全に俺を見失なったらしい……このまま何件か経由すればナルに追いつけそうだ。
目論見通りの結果に満足し振り返るとーー直ぐ目の前に黒い人影が立っている!?
「うわーーーーっ!!」
「に"ゃぁぁーー!?」
ーーブオンッ!
咄嗟に右手を薙ぎ払うーーが、相手はその場でギュッと身を縮めて腕を躱した! そしてゴロゴロ後転しながら俺との距離を取る。
「ま、待つにゃ!! あたしは敵じゃ無いのにゃ!」
両手を合わせ下に向けながら必死に首を振る黒い影ーー良く見ると……。
ナルと同じくらい小柄な身体に真っ黒な装い、黒いマフラーで隠している為目元しか確認できないが声的には女の子だろう、背中に背負う長く黒い筒は刀か?ーーそして猫耳……成る程、猫耳忍者だ!
「いやいや、敵じゃないってーーパカレー軍だろ?」
「違うにゃ! あんなのと一緒にするにゃ!ーーあとその指……すっごく気になるから止めるのにゃ……」
おっと、猫を見るとついつい人差し指を刺し出してしまう。近所の野良猫はこうすると指の匂いを嗅ぎに来たもんだ……そして隙あらばモフるのだ。
「あー悪い、やっぱり指……気になるんだな…………で、パカレー軍じゃ無いとしたら誰なんだ?」
「馬鹿だにゃ、そんにゃの内緒にゃ!」
ーードッ! ガラガラー!!
タックルしに行ったがあっさり逃げられた、流石猫耳忍者、すばしっこい!
「あっ、あっ、危ないのにゃっ!?」
「お前、絶対パカレー軍だろっ! ホントさっきから邪魔ばっかりしやがって!」
「だから違うにゃ!ーーそれにしたって壁壊す勢いで突っ込んで来るとかイカれてるのにゃ!!」
「猫耳に興味はあるけど今は忙しいんだ! 大丈夫、ちょっと当て身で気絶させるだけだからさ? 俺はモフモフには優しいんだ」
「とても気絶で済むとは思えないのにゃ!? ほら、見るにゃこのポーズ! 無抵抗でか弱い娘に攻撃するのにゃ?」
ポーズ? あぁ、確か両手を合わせて下に向けるのは降伏のポーズだっけ。しかし、どっから見ても怪しさしかないーーが、確かに敵意は感じられない……様な気もする。
「…………信用は出来ないがーー邪魔しないってなら、まぁ見逃してやらんでもない。俺は攫われた仲間を取り返せればそれでいいんだ」
「あたしの目的はこの集落の偵察にゃーー機密文書とかヤバい書類とかが無いか探してるだけにゃ、誓ってお兄さんの邪魔はしないのにゃ!」
「偵察? という事は味方って事か?」
「だからそれは内緒にゃ、言ったら怒られるのにゃ!」
そう言うと猫耳忍者は窓の縁に足を掛け、外をぐるりと見渡した後に振り返ってこう言った。
「お兄さんのおかげで仕事が捗ったのにゃ!」
彼女の目尻が僅かに下がる、そうして猫耳忍者はトンッっと窓縁を蹴り隣の屋根まで飛び上がると闇に溶ける様に消えていった。
◇
「ふ~~~、危なかったにゃ」
今まで、硬い壁に阻まれて遠くから見る事しか出来なかった集落に運良く潜入出来た事に浮かれ、情報捜索に夢中になり過ぎてしまった。
まさか此処であの大きな人族と鉢合わせするとは……周囲にはしっかりと索敵魔法を掛けた筈なのに全く反応が無くて気付くのが遅れてしまった。
「やっぱり、さっき望遠鏡で見たのは見間違いじゃないのにゃ! あのお兄さんには魔力がちっとも無いからきっと索敵魔法もサッパリ機能しないのにゃ……って、そんにゃ事ある?」
魔力はこの世界の生きる生命に無くてはならない生命の源である。だからこそ、この世界のヒエラルキーは魔力の量で決められていた。
ーーより強い者が上に、弱者は下にーー
これは元の世界でも、そしてこの異世界でも同じである。
ほんの数百年前まで、魔力の少ない獣人達は他の種族から奴隷に近い扱いを受け虐げられ続けてきた。
だが、それを変えようと一人の神が自らを筆頭に獣人達を纏め上げると一つの国を立ち上げたーーそれがナルボヌ帝国である。
その時の大戦が元で、オニール大陸は四つの勢力へ別れ一人の神がこの地を去った。
互いに疲弊した神々はこれ以上の戦いは利にならないと古代魔道具を持ち出し国境を定め壁を立てたのだ。
そんな獣人よりも魔力が少ない者が生まれ育つ事も稀にあるのだがーー魔力が全く無いとなると話は別だ。生命の根源たる魔力が無いーー最早それは死人に等しい。
「もしかして……魔力を完璧に隠匿する魔法を使ってるのにゃ? そんにゃの聞いた事にゃいけど……」
もしそんな魔法が有るなら凄い事になる。
魔力感知をベースにしたセキュリティは全て無効になるのだ、今まで他国を偵察する為にあらゆる手段を用いて潜入していた国境の壁すらも簡単に越える事ができてしまうだろう。
「あの大きい体だと隠密に向かないのが残念にゃ。でも使い方次第ではかなり有能な力にゃ!」
登った屋根の上からは、先程の人族が雷魔法士に挑む所が見える。バリバリと駆け巡る紫電に空からの雷ーー通常なら絶対絶命の状況だが……どうやら彼はやる気らしい。
「機密文書よりこっちの方が面白いかもしれないにゃ!」
そう思った彼女は一気に屋根を伝い走る。幸いな事に集落の中は混乱の真っ最中、誰も彼女が駆ける屋根上など見ていない。
ーータタタタッ
彼女は正門に聳える集落の中で一番高い物見櫓に登る。倉庫から距離のあるここならば雷撃に巻き込まれない上に集落全体がよく見えるーー彼女は背中の黒筒を下ろすと懐から先程の望遠鏡を取り出し覗き込むのだった。
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