87 / 286
87・工兵の矜持
しおりを挟む~騒ぎがまだ大きくなる少し前~
ーートントン ギィッ
「ーー飯の最中か? 悪いが入るぞ」
ノックが鳴ると同時に扉が開くーーどうやらノックの主は室内に居る相手の返事など求めてはいないようだ。
集落にある民家の一室、そこで四人の工兵達が具の少ないスープを啜りながら無遠慮な訪問者に目線だけを向ける。
「あぁ? あの倉庫での絶叫や大きな騒音は今に始まった事じゃない。いつもよりちょっと激しいくらいであんな場所にわざわざ行きたくないね!」
一人の工兵が硬い黒パンをちぎりながら不機嫌そうに言う。その横柄な態度からは傭兵であるネビロスへの蔑みと自分達が手掛けた壁への絶対な自信が見て取れた。
正門からは激しい攻撃音が鳴ってはいるが破られてはいないーーいや、破られる筈が無い! そして、破られてないのならば……集落の中に敵は居ないのだ。
彼らは、まさか敵が既に侵入しているなどとは少しも考えてはいなかったのである。
それにだーーネビロスが作った不気味な何かが暴れ喚くのは一度や二度では無い。当然、今回の倉庫での騒ぎもまた、ネビロスの人形が騒いでるのだろうと工兵達は考えていたのだ。
「ーー分かるさ、だが隊長からの命令でな。西の壁が崩落したーーなんて話もあってな、俺もこれから其方を見に行かなきゃならないんだ……人手不足なんだよ、悪いが頼むぞ」
ネルビスからの命令を四人に告げに来た工兵はそう言うとさっさと行ってしまったーーきっと西の壁を見に行ったのだろう。
「俺たちゃ非番だっつーの!」
「どうせ大した事じゃない、隊長は真面目過ぎるよな?」
しかし、命令と言われれば仕方無いーー軍属である俺達には上官の命令は絶対だ、勝手な事ばかりする傭兵風情とは違う。
溜息を吐きながら残りのスープを飲み干すと工兵達は渋々立ち上がる。
ブーツの靴紐をゆっくり時間を掛けて結ぶーーが、いくら時間を掛けても命令が覆る訳では無い。
「あの人形野郎ーーマジ迷惑だぜ」
「でも、今の奴の格好見たか? 中々可愛らしいよな?」
「曹長! ロリコン野郎発見でありますっ!」
「ーーいいから準備しろ。さっさと終わらせてさっきのカードの続きでもしようぜ」
◇
倉庫で暴れる不審者の対処を命じられた俺達は、向かう途中、必死の形相で走るネビロスに出会う。
「あっ、お前達! 丁度良かった、僕達が魔法を使う時間を稼いでよ!」
「アイツヲ! トメロ! ジカンヲカセゲ!」
正直ムッとしたーーが、ネビロスの背後で崩れた倉庫の壁の隙間をガラガラと素手で広げ出てきた大男を見てそれどころでは無いと判断する。
「おいおい、何だアレはーーまた変な物作りやがって!」
「違うよ! あんな不恰好な人形、この僕が作る訳無いじゃん!」
「ソウダ! バカカ! シンニュウシャダ!」
「~~ッこの野郎!!」
「ーー構うな! 直ぐに土壁を展開! ーーおい、傭兵野郎、時間は稼いでやるからささっと仕事しろッ!」
「五月蝿いなっ! 雷魔法は準備に時間が掛かるんだよ!」
「オマエハ! ダマッテ! カベツクレ!」
そう言って逃げてゆくネビロスの背中を軽蔑の目で睨み付けながら、倉庫から出てきた男に向かって魔法を放つ。
「土壁」
すぐに男の行く手を遮る様に地面より土壁が迫り上がる。残りの三面を塞いでやればーーそこはもう土壁で出来た簡易な牢獄となる。
「ーー邪魔だ、オラァ!!」
ーードッ! ザザァーー
しかし、何故か男の掛け声と共に土壁はその形を崩してしまった。
「……はっ? いくらあいつが嫌いだからってお前ーー手を抜き過ぎだろっ!」
「手なんて抜いてねーし!」
「はっはっ、飯の途中だったから魔力が乗らねぇんだよな?」
「お前達っ、ふざけるな! 任務はしっかりこなせ! 土壁!」
そんなお気楽な工兵達の態度は二度目の土壁が男の掌底一撃で破壊された所を目の当たりにした事でガラリと変わる。
「一撃で曹長の土壁を……」
「ば、化け物だ……」
「ひ、怯むな! 我ら第六工兵部隊の意地を見せてやれっ!」
「作れ! 作れ! 作れ! もっと、もっとだ!」
我ら第六工兵部隊が作る土壁を一撃で突破する男に戦慄を覚える。
強化魔法を付与して無いとはいえ、そう簡単に突破出来る強度では無い筈なのに……。
「ーーだが、壁一枚で駄目なら二枚、三枚! 何重にも設置すれば問題無い! 我ら工兵の生成速度を甘くみるなよ!」
しかし、何度作っても一瞬で崩される土壁は男の歩みを若干遅らせてるに過ぎない。
作れど作れど壊される土壁、余りの脆さに自分達が生成しているのが一体何なのか分からなくなってくる。
「ーー何だってんだ? 俺が……俺達が作ってるのは豆腐か何かなのか……」
「違う! 断じて違うぞ! 心で負けるなーー我らが造るは堅牢な土壁! あらゆる攻撃を凌ぐ鉄壁の土壁だ!」
作る先から壊される土壁、無限に繰り返される作業感、詠唱する喉も掠れ、もう土壁を作る意味を見出せなくなってきたその時ーー遂に根を上げたのか男が近くの民家へ飛び込んだ!
「に、逃げたぞッ」
「見ろっ! 奴も限界だったんだ!」
「よし、あの建物の入り口を塞いでしまえ!」
一気に萎えた気持ちが昂るのを感じるーーやはり我らの作る土壁に意味はあったのだ!
最早、ネルビスの為に時間を稼ぐとかどうでも良かった。これは防壁を作る事に特化した部隊の、我ら第六工兵部隊の誇りを掛けた戦いだ!
家の扉は直ぐに四重の土壁で塞がれる、次は裏口だ……と指示を出そうとしたその時。
ーードゴーンッ!! バゴーンッ!!
「な、何!?」
厳重に塞いだ正面の扉でもなく、裏口でも無い! 民家の壁を突き抜けて男が飛び出してきた! と思ったら、男は直ぐ隣の民家の壁を破って家へと入ってゆく。
「あ、あっちの家だ! 塞げ! 塞げ!」
ーードゴーーンッ!! ドゴーンッ!
「待て、こっちだ! こっちを塞げ!!」
「居ない! この家じゃないぞ?」
信じられない事に、男は民家の壁を破りながら進んでゆく! 厄介なのは、家の中の男が何処から出てくるのかが分からない事だ。
あっちの家かと思えばこっちの裏口から向こうの家へと走り、かと思えば突然壁を破って次の家に進んでしまう。
「ーー破茶滅茶だっ!?」
「俺は、も、もう無理だ……限界だ……」
「あれは……いくら何でもーー出鱈目過ぎるだろう」
「こ、こんなの対処のしようが無いじゃないか……」
魔力も気力も尽き果て、その場に膝を着く様に崩れ落ちるーー工兵四人の心は完全に折れた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

【完結】投げる男〜異世界転移して石を投げ続けたら最強になってた話〜
心太
ファンタジー
【何故、石を投げてたら賢さと魅力も上がるんだ?!】
(大分前に書いたモノ。どこかのサイトの、何かのコンテストで最終選考まで残ったが、その後、日の目を見る事のなかった話)
雷に打たれた俺は異世界に転移した。
目の前に現れたステータスウインドウ。そこは古風なRPGの世界。その辺に転がっていた石を投げてモンスターを倒すと経験値とお金が貰えました。こんな楽しい世界はない。モンスターを倒しまくってレベル上げ&お金持ち目指します。
──あれ? 自分のステータスが見えるのは俺だけ?
──ステータスの魅力が上がり過ぎて、神話級のイケメンになってます。
細かい事は気にしない、勇者や魔王にも興味なし。自分の育成ゲームを楽しみます。
俺は今日も伝説の武器、石を投げる!

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる