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85・昨日の友は今日の仇
しおりを挟む魔導ランプが時折チカチカと明滅する倉庫で、半日振りに再会するナルはすっかり俺の敵だった。
言葉遣いも、態度も、いつものナルとは全然違う! でもナルが操られているのは想定内だ! そして今の攻撃が躱される事もーー勿論、想定内だ……うん。
さっきは「ぶっ飛ばすッ!」と息巻いてはみたもののーー身体はナル本人の物だ。本当にぶっ飛ばしたら後で皆んなに何を言われるか分かったもんじゃ無い。特にヨイチョには未来永劫恨まれそうだ。
それに多分ナルを殴っても、操ってる人形創作者にダメージは入らないだろう……って事に気付いた俺は、当初の予定通りナルを気絶させて持ち帰る事にしたのだが……。
ーー手刀の力加減だけが想定外だった。
俺は潰れた帽子掛けの残骸を拾い上げ、その強度を確かめるべく両手に力を入れる。
ーーべキンッ
「あ~はいはい、これくらいの強度ね? 次は多分イケるわ!」
「う、嘘だッ! 次とか無いからっ!? お前、仲間を何だと思ってんの! ーーもっと、こうっ! 手も足も出ない感を出してよ!」
「ヒトジチ! モット! ダイジニ!」
異世界の製品は魔法で硬化コーティングしている事が多いーーそのおかげで軽くて丈夫な家具が大量に普及しているようだ。異世界人の筋肉が少なくても不便を感じ無いのはこの重い物を持たなくとも良いという理由もあるんだろう。
しかし、この硬化コーティングーー俺の様な偉大な魔法士殺しには、その魔法を意図せず魔法無効してしまうみたいだ。
さっき暴れた時に分かったがーー壁なんてちょっと厚い発泡スチロールみたいだったからな……。
「大丈夫だナル! 俺を信じろッ!」
物が散乱した倉庫に逃げ場はそう多くない、俺はブルトーザーの様に目の前のガラクタを蹴散らしながら最短距離でナルへと詰める!
「い、いやあぁぁぁ!!」
「ニ、ニゲロ! トベ! コロガレ!」
ーードゴシャッ!!
転がりながら必死に手刀を躱すナルの背後で今度はレンガを組んだ外壁が破壊される。
「ーーッ!? な、何が『俺を信じろ!』なの! 全然ッ信じられないじゃん!!」
「ナンダ! コイツ! キケンダ!」
ナルは背後でガラガラと崩れてゆく壁を見て肝を冷やす。こんなの一撃でも貰えばーー壊わされてしまう!!
「…………いや、だって、逃げるからーー」
「逃げなきゃ真っ二つだったよ!? 馬鹿なの??」
「ヤバイ! コイツ! ヤバイ!」
「な、馬鹿!? 逃げると余計な力が入っちゃうんだよ! 良いから大人しく立ってろって!」
『ーー嫌だよッ!?』
全く信用の無い事に少し心が痛む、確かに多少の失敗はあったけどさーー俺、ちゃんと学習してるから! こういうの何だっけ? そう、「トライ アンド エラー」ってやつよ!
(ーーそうは言ってもやっぱり難しいな……)
まず逃げ回る人の首の後を「トンッ」って叩くってのが意外と難易度高い。いや待てよーーそういえばこの方法って相手に気付かれて無いのが前提だったような……成る程、道理で出来ない訳だ!
ーー気絶させる方法、他に何かあったっけ……鳩尾にドスンと一撃とか、頸動脈を締めるとか?
「よしっ、当身で行くか……」
俺は両拳を身体の前でゴンゴンと打ち付け強度を確かめる。ちょっと下から抉る様に拳を叩き付ければ軽鎧越しでも多分大丈夫だよね?
「……ふんッ」
ーードゴッ!
試しに横の壁に向かって拳を打ち抜く。念の為、勢いが付かない様にゼロ距離でやったのだが腕が壁を貫通してしまった……。
「…………よ、よしっ、今度はいけそうな気がする!」
「ーーじょ、冗談じゃ無い!」
「ニゲロ! デロ! ソトニ!」
「ちょっ、待てって! 次こそはーー」
ナルは距離の取れない室内は分が悪いと思ったのか、崩れた壁の穴から外へと飛び出して行った。
◇
「何だって!? じゃあクリミアも行っちまったってか!……団長、どうします?」
クリミアから通信を受けたビエルが、数人の正騎士を引き連れやって川辺にやって来たのはクリミアが森へ入って直ぐの事だった。
「お、おい! 見ろよっ、あれって火炎魔法士のマフティスだ! アレスも居る!」
「チッ、このミーハーが! それよりビエル団長だろ! あの貫禄……やはり間近で見ると迫力が違うっ」
見習い騎士団にとって正騎士は憧れの象徴でもある。中でも団長であるビエルは当然ながら、第三騎士団の中でも腕利きと呼ばれるマフティスや攻撃も出来る回復魔法士アレスは人気がある。
特にマフティスの使う火炎魔法は派手で華があるせいか、副団長のカイルよりも男子受けは良い。
そんな羨望の眼差しを受ける正騎士達の表情はいつもの自身に溢れた様子とは打って変わり暗く見える。
それもその筈、訓練中の見習い達の事故は全て正騎士を統括する団長の管理責任である。王国直属の組織の人員は須くサーシゥ王の持ち物であり、今回の件はビエルにもそれなりの処罰が与えられる事になるだろう。
「ーーフレイレルに魂を還さん事を……」
ビエルを先頭に皆で戦死した団員の亡骸に向かい手を合わせる。
ビエルに取って自分の処罰云々は大した問題では無い。騎士団の仲間を家族の様に思っているビエルの心には、単純に仲間が殺された事への憤りだけが渦巻いていた。
「団長、クリミアと連絡が着いたーー思ったより悪い状況だ……攫ったのはどうやらパカレー軍らしい」
通信魔道具を持ったマフティスの顔が緊張に強張る。
「ま、またパカレー軍? 一体どうなってるんだよーー」
「どうやら森の奥にパカレー軍が駐在している集落があるみたいだーー今、見習い達と陽動作戦中だとよーーどうする団長?」
「パカレー軍か……理解した。お前達は此処で待機だーーここからは俺一人で行く」
このビエルの言葉に驚いたのは、第二騎士団時代からのビエルを知るアレスだった。
相手はパカレー軍、先日の戦闘で奴等が決して侮れない存在だという事は分かっている。
しかも今回は相手の駐在地ーー見習い達の報告では二人と聞いているが、そんな少数で済む訳が無い! アレスは当然、ここに居る正騎士全員で向かうものと思っていた。
「ビエル団長!? 一人で……ってまさか!? ぼ、僕も行きますっ!」
「…………大丈夫だアレス、あの時とは違うーー心配するな」
「し、しかし……」
「あっちにはクリミアもいる、大丈夫だ」
「おらアレス! こっちにもパカレー軍がまた来ないとはかぎらないんだぞ? 残ったコイツらを守るのも重要だーー分かるよな?」
「…………はい、分かり……ました」
「ーー後は頼んだぞ」
ビエルはアレスの肩を軽く叩くと、一人森の中へと消えていった。
「ーーおいおいアレス、心配し過ぎだって! 団長にクリミアも居るんだ。それにお前達は一度パカレー軍とやり合って勝ってるんだろう? 今回だってきっと勝つさ!」
マフティスに諭され渋々同行を諦めたアレス、彼が心配しているのはビエル達が負ける事では無いーービエルがやり過ぎないかどうかだ。
パッと見、普段と何の変わり無いビエルだが、付き合いの長いアレスには分かっていた。
(ビエル団長、あれ絶対キレてる!……あの時みたいに周りを巻き込まなきゃ良いんだけど……)
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