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84・見えない相手
しおりを挟む「ヨイチョ、私はそっちを探して見るから、君は反対側を頼む」
ヨイチョは戦死した分隊メンバーの名札を探しにバクスと共に道沿いの焚き火跡に来ていた。
辺りには肉や髪が焦げた様な臭いと血溜まりがまだ生々しく残っているーーそう、此処は先程までアルバやミード達が戦っていた場所でもある。
「うん、分かったよ、見つかってない名札は後何枚だい?」
「……ダッチとメリルの名札は見つけたからーー後はジブリスだね……」
「……そう、早く見つけてあげなきゃね」
「あぁ、ありがとう。ジブリスは……ああ見えて寂しがりだったからーー頼むよ」
戦死した仲間の名前を語る時、バクスの顔が苦しげに歪むのを見たヨイチョは同情すると同時に、「もしこれが自分だったなら」と心がどんどん暗い沼に引き摺り込まれるような感覚に陥ったーーこれは何も出来ない自分への焦りだ。
(こんな事してる間もナルは……もしかしたら彼等と同じ様に!)
ソワソワと辺りを見回すヨイチョの足先にチャリンと鉄鎖が触れた。焦げ付いた草の間から名札を拾い上げ、乾いた血がこびり付くプレートに掘られたジブリスの名前を見たヨイチョはもう我慢出来なかった。
(力になれないとしても……それでも、やっぱり僕もーーいや、僕が行かなきゃ!)
「ーー駄目だ、こっちには見当たらない。そっちは……ヨイチョ?」
岩の上にそっと置かれた銀のプレートがバクスに応えるようにーーチャリッーーと音を立てた。
◇
「なぁ、ギュスタン……大丈夫だよな?」
「チッ、何言ってる、ギュスタンだぞ? 負ける訳なかろうが!」
ギュスタン達が平民の救助に向かってから一時間は経っただろうか……未だに帰らない事を不安に思ったアルバは心配を口にする。
(……俺達がしっかりトドメを刺していれば、こんな事には……)
戦闘において、「相手の生死を確認する」と言う基本中の基本を怠った事が悪いのだが、まさかあの状況で男が生きているとは思わなかった。
勿論アルバも、ギュスタンがそう簡単に負ける筈は無いと思っているーーが、逃げた男と実際に戦った感想として、男の強さ……と言うか、大人の狡さ的な物に真面目なギュスタンが翻弄されないかを危惧していた。
「ーーだけど、ちょっと遅くないか?」
「ククッ、衰退の腕輪を外したギュスタンが負けるイメージなど少しも湧かないがな。……それにあの筋肉が居るーー心配ないだろう」
「あ、あのサイラス様……確か、もう一人居ましたよね?」
「あぁ、万年最下位が居たな。だがユニス、あれは数に含めなくて良いんだ……」
薄暗くなってきた川辺で、焚き火を囲む様に集まった見習い達は皆襲撃者を追って行ったギュスタン達を気にかけていた。
クリミアは負傷者の治療を終えた回復魔法士達に『魔力の丸薬』を配りながらそんな見習い達の話に耳を傾ける。
(あれから団長から連絡来ないし……応援も来ない! ん~~~、暗くなっちゃうと痕跡を辿れなくなっちゃうのにぃ!!)
内心焦れるクリミアの元に、亡くなった分隊メンバーの「名札」の回収を命じられたバクスが焚き火の周りを確認する様に見回しながら近付いて来た。
「クリミアさん、名札回収して来ましたーー」
「あ、ありがとっ! これは分隊長であるキミがぎゅーッと無くさない様に大切に持っていて! 帰ってから遺族に返さなきゃいけないからね?」
「はい……私が責任持って持って帰ります!」
騎士団では殉職者に名札と共に幾ばくかの金貨が遺族に払われる。殆どの場合、遺体を持って帰る事が出来ないからだ。
「あの……ヨイチョまだ戻ってませんか? 向こうで逸れたのでーーてっきり先に戻ってると思ったんですが……」
「えぇっ!? ヨイチョって子が居ないの? 誰か! ヨイチョって子見た人居る~~?」
(もしかして、その子も攫われちゃった!?)
クリミアの頭に不吉な予感が駆け巡る。見習いとはいえ騎士団員だ、只の迷子と言う事は無いだろう。
ーーこれは一大事!
夜の闇が全てを隠してしまう前に居なくなったヨイチョを捜索する、ついでに彼を探しに行く事を決めたクリミアは見習い達にこの場を動かない様指示を出す。
「いい? 多分もう直ぐジャーンって正騎士の誰かが登場する筈だから! それまでここから動いちゃ駄目だよ? 私はちょっと、その居なくなったヨイショって子を探してくるから!」
薄暗くなってきた森の中へとあっという間に走り去るクリミアの背中を見ながら、ヘルムは戦術模擬板に並べられた駒のうち、二つを動かして呟く。
「ヨイチョーーやはりナルを探しに行きましたか……」
その声に振り向いたアルバは、傍に置かれた戦術模擬板を見つけてヘルムに声を掛けた。
「何だフリード、良い暇つぶしを持ってるではないか。どうだ、この俺が相手をしてやろうか?」
「……残念ですがゲームの真っ最中です、貴方の相手はーー暫く無理ですね」
ーー敵陣地に三つ、中間に二つーー
確かに盤面には駒が並んでおり、ゲームの最中ではある様だが……勿論、辺りにヘルムとゲームをしている者など誰も居ない。
不思議に思ったアルバだが、きっと自分とやる事を断る為の口実だろうと口角を上げる。
「はははーーフリード、お前一体誰とやってるって言うのだ? 安心しろ、ちゃんと手加減はしてやる、俺は駒ひとつ抜いたって構わぬのだぞ?」
「誰とやってる?……さぁ、私にも分かりませんーーただ、今は貴方の相手は出来ませんし、貴方の駒が例え二つ増えたとしても貴方は私に勝てないでしょうけどね」
「???……そ、そうか? よ、よく分からんが相手が欲しくなったら呼ぶがいい」
一向に取り合わないヘルムとの対戦を諦めたアルバは、肩をすくめるとミードが座る方へと戻って行った。
(本当、相手が誰だか分かれば良かったんですがね……)
見上げた空には薄白の黄昏月が二つ、迫る夜の闇に逆らう様、徐々にその光を増していった。
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