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83・アトリエ
しおりを挟む雑然とした周辺とは一線を超えた様に、作業台の上だけは整然と道具が並んでいた。その傍にポツンと転がる白く小さな手首ーー。
頭に血が昇るのが分かる、元の世界では感じた事の無い感情の昂ぶりが俺の心を揺さぶり、身体がーー震える。
俺は自分が潜入している事も忘れ大声で怒鳴りながら作業台を思い切り蹴飛ばした。
「ーーふざけんなッ!!」
ーードガッ ガラシャッン!
机上に並んだ数々の道具は彼方へと散らばり、机は真っ二つに折れて木屑と化した。
怒りの収まらない俺は、その後も目に付く棚やら箱やらを片っ端から引き倒してはぶん投げる。
ーー許せねぇ! 絶対ぶっ飛ばしてやるッ!!
椅子を投げて窓を割る、素手で殴って壁を砕く。箱に詰められた趣味の悪い人形を蹴り飛ばし薬品が入った瓶は床に叩きつけた。
倉庫の中で竜巻でも発生したんじゃないかと思う程に一通り暴れ回った後、ふと、何故こんなにも腹が立つのか俺は不思議に思った。
元の世界での俺は……暴力とは無縁の性格だった……筈だ。例え理不尽な目に遭ったとしても決して今みたいに物に当たったりなんて事はしていない。
ヘラヘラ笑って「世の中こんなもんだ、一晩寝れば全て過去の笑い話さ」と自分を誤魔化し、感情を押し殺して生きてきた気がする。
「異世界へ来て、感情を抑えられなくなったのか?」
でもさっき、騎士団見習い達の死体を見た時も、サイラスの手首の傷を見た時もーー俺はここまでの怒りは感じなかった……。
(まさかーー俺って実はナルが好き……とか?)
いや無いな、俺にナルへの恋愛感情は無いーーもしあったとしても、ヨイチョとナルのあの関係の中へ割って入るのはーーまぁ無理だな……。
(ーー単純に知り合いだから?)
しかし、実際ナルと、分隊の仲間と知り合ってから一週間も経ってない。それなのにこんなに情が湧いているのは何故だろう? 同じ釜の飯を食った仲だからとか?
「いや、そうか……この世界での知り合いがーーアイツらくらいしか居ないからーーか?……」
元の世界では家族、学校、会社、そしてインターネット、何千人規模の繋がりを持っていた俺が、ーーこの異世界に来てからは数える程しか知り合いが居ない。
考えてみて欲しい、誰一人俺を知らない世界……誰にも認知されてない人間なんて、果たしてこの世に存在していると言えるだろうか?
(ーー難しい事は分からないけど、多分……俺は俺と繋がっている人が居なくなるのが物凄く嫌なんだ。何か……自分の存在が薄くなる気がする……)
承認欲求を拗らせた様な感情ではあるが、心の感覚的な部分で恐怖というか、警告みたいな物が警鐘を鳴らしている気がする。
今後、人との繋がりが増えればこの感情は薄くなっていくんだろうか……。
「はーー、それにしても、腕輪を外すくらいで腕を切り落とすって発想は流石殺人鬼だな……頭おかしいわ」
いや待てよ、そういえば……ギュスタンも腕輪を外そうとした時、即座に自分の腕の切断をする事を選択したな。この世界では魔法があるから自損に躊躇いが無いんだろうか?
「……そ、そうかっ! 魔法だ!」
そうだ、ここは魔法が使える異世界だ! 急いでナルを連れ帰ればサイラスみたいに手を治して貰う事が出来るかも知れない!
俺は支給品の革で出来た水筒の中身をドバドバと床に捨てると、近くにあった鋏で水筒の上部を切り口を広げる。そして濡らした布に真っ白になったナルの左手首を包み、空になった水筒に詰めた。
この水筒は魔法瓶の様に水の温度を保つ事が出来る魔道具だ。本当は氷などで冷やしておくのが良いのだろうが何もしないよりはマシだろう。
ーーその時、突如倉庫の扉がバタンッと開かれた。
「誰! そこで何してるッ!!」
(ヤバい、暴れすぎた所為で誰か来た!)
「ッーーお、お前ッ!! 僕の神聖なアトリエに何してくれてんの!?」
「ナニコノ! ヒドイ! アリサマ!」
そこには辺りを見渡して唖然とする人形創作者が居た。
◇
(なんだ、ナルは正門へは行って無かったのかーー探す手間が省けた!)
ナルの右手には兎の人形が填められ、切断された左手は……異様に長い!?
(あれは……義手か? そういや人形創作者は義手や義足なんかも作るって言ってたな)
回復魔法が使えない代わりに義手を取り付けたって事か……他に変わった所は無さそうだーー良かった、これ以上は水筒に入らないからな。
「はッ、アトリエだって? 拷問部屋の間違いだろ! お前は絶対ぶっ飛ばしてやるから覚悟しろッ!」
「あんな芸術の欠けらも無い部屋と一緒にするな! これだから凡人は……」
「マッタク! ゲイジュツヲ! ワカッテナイ!」
「阿呆か! ここの何処に芸術があんだよ? どっからどう見てもホラー要素しか無ぇよ!!」
全く、これのどこにアトリエ要素が散りばめられているのか教えて欲しい。
「いいから僕のアトリエ出て行けよ! 僕は僕の時間を邪魔されるのが一番嫌いだ!」
「ソウダ! オマエ! デテイケ!」
「あぁ? 勿論出て行くさ、こんな生臭くて汚ったない上にぐっちゃぐちゃの汚部屋!」
「ーー??? きったなくしたのはお前だろッ!?」
「ソウダ! オマエガ! ヤッタンジャナイカ!」
「・・・・・・・・」
わ、悪いが汚部屋にしたのが誰かを討論している時間は無い! 時間が経てばナルの腕がくっつかなくなる可能性があるからな。
俺は側にあった布切れをナルへ向かって投げつけ視界を奪うと低い体制でナルの元へと駆ける!
狙いはナルのバックを取っての手刀一閃!
(首の後ろに、トンッーーだっ!)
ーーゴシャッ!!
ナルはフワリと俺を飛び越しあっさりと躱されてしまった。振り下ろした手刀はナルの背後にあった木製の帽子掛けを木っ端微塵に破壊する。
「目眩しのつもりだった? 残念、丸見えーーって……えぇっ!? ぼ、帽子掛けが粉々にっ!? お、おまっーーこの体はお前の仲間なんだろうっ!」
「…………おっかしいな、加減したんだけどなぁ」
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