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81・愚直
しおりを挟むーードォーンッ!!
不意の揺れにテーブルに置かれた木製グラスは倒れ、溢れた褐色の液体がジワジワと地図が濡らしてゆく。
ゾレイと共に執務室で王国兵襲撃への打ち合わせをしていたネルビスは、慌てて濡れた地図をハンカチで拭く。ナルボヌ帝国の端っこしか載っていない様な雑な物でも敵国の地図は貴重なのだーー勿論替えなど無い。
「おい! 何事だ!?」
「報告します! 正門前に敵兵二名確認! 西側へ移動しながらバラバラに攻撃を仕掛けております」」
ネルビスの怒声を聞きつけた兵士の一人がバタバタと駆け寄り近況を報告する。
ネルビスはジロリとゾレイを睨みつける。
「……つけられたなっ?」
「まぁまぁ、相手から来てくれるなんて良かったじゃねーか、行く手間が省けたぜ」
全く反省の色が無いどころか「良かった」などとほざくゾレイに苛立ちながら、ネルビスは汚れたハンカチを地面へと叩き付け、報告しに来た兵士に半ば八つ当たり的に命令する。
「相手が何処の所属か調べろっ! 確認次第直ぐに報告! それと索敵できる魔法士に付近に伏兵が居ないか探らせろ! 早急にだっ!」
「ーーはっ!」
慌ただしく駆けてゆく兵士の背後を見ながらネルビスは崩れる様に椅子に座ると頭を抱える。
「手間が省けただと? 確かに相手が王国ならそうかもな……だが、ここは外れとはいえ戦場の最前線だ、帝国兵の可能性もありうる!」
頭に過ぎるは数日前の出来事ーー部下から森の中で不審な人影を見たとの報告が上がっていたのだ。
「その場合はーー手間が非常に増える事になるっ!」
時間が経てば王国の兵士どもは逃げてしまうかもしれない……こちらは傭兵が二人ーー残りは工兵だ。防衛と襲撃を同時に展開出来る程の戦力は残念ながら此処には無い。
「ーー大丈夫だって、大方あの姉ちゃんを助けに来たんだろ。こっちにゃ堅牢な砦に人質も居るんだ、どっしり構えてなよ隊長殿」
タイミング的にはゾレイの言う通り王国の兵が仲間を取り戻しに来たのだろうーーが、詳細な報告を聞くまでは安心出来ない。
「……しかし二人? 先程の報告を聞くに、お前は向こうで何人か殺ってきたのだろう?ーー人質を奪還しに来たのならば人数が少なすぎないか? やはり帝国の偵察兵かもしれん……」
もう実力差は分かっているだろうに、たった二人で来るとは馬鹿なのか余程の実力者か……それよりも帝国が少数で威力偵察を行っていると考える方がしっくりくるーーその場合、次に来るのは帝国の本隊だろう。
「あ~、多分こっちは手負の二人組だと思って追跡してたんだろう。可哀想にな、まさかこんな所に軍事拠点があるとは思いもしなかったろうよ!」
「それでもだ! この鉄壁を見て攻撃してくるとは……理解に苦しむーー」
「まぁ、パッと見ただの塀だからな。イケると思ったんじゃねーか? もしくは姉ちゃんがよっぽど大事なのかだな……」
「姉ちゃん……あの女か、そういえばーーネビロスは何処だ?」
騒がしいネビロスがいつの間にか居ない。いつも会議になど参加しない奴なので気にもしてなかったが、今となっては大事な人質になり得る存在だ、常に居場所は把握しておく必要がある。
「いつもの様に奥の倉庫だな、また改造するんだろ?」
「ーーったく! せめて人質として価値がある程度にしろと言っておけ!」
前に使っていた人形の様に、両手両足を切り落とすとかはやめて欲しいものだ。
ーードォン、ドォーンッ!!
二度目の爆発音が執務室を揺らす。
「ーー頑張るねぇ、全くご苦労なこった……」
正門から距離のある執務室の机が揺れる程の爆撃、攻撃魔法に相当な自信があるのだろうがーー第六工兵部隊が補強した壁はそう簡単に壊せまい。
ましてや壊れた箇所は内側にいる工兵達が常に補修して周るのだ、集落を包囲されて一斉に攻撃されるくらいではなければこの防御網は突破出来ない。
「まぁそのうち魔力が尽きて大人しくなるだろ……うおッ!?」
「くっおぉ!?」
ーードオーーンッ!! ガラガラッ!!
一際大きな爆音が響き地面が揺れる、とても少数の攻撃とは思えぬ揺れに思わず椅子から立ち上がり窓から外の様子を窺うネルビス。
ーーその目にはあり得ない風景が飛び込んできた。
「なっ!? あの土煙はーーまさか!」
平屋の窓からは立ち登る大量の土煙しか見えない、しかしネルビスは外から聞こえる兵達の響めきに何か想定外の事が起こったと感覚で理解した。
第六工兵部隊の部隊長であるネルビスは勇猛でも勇敢でも、ましてや統制力がある訳でも無かった。ではどうやって部隊長まで上り詰めたのかーーそれは単に彼の愚直さだ。
言われた事を言われた通りに完遂するーー真っ直ぐ進めと言われたならば、そこに例え壁があろうと突き進む。そんな盲信的な愚直さがネルビスの地位をここまで押し上げた。
時として、個人の能力が高く勝手に状況を判断して動く者よりも、愚直に言われた事だけをこなす者の方が作戦指揮者としては使い易いのだ。例えその歩む道が死への誘いであろうとも、何の疑問も抱かずに進む愚直さが……それが最前線となれば尚更だ。
しかし、その愚直さが故に臨機応変、即時対応が出来ないという欠点もあった。
廊下を走る靴音が響き、執務室の扉が勢いよく開かれる。
「ーーほ、報告しますッ! 正門の西側の塀が……その……ほ、崩壊しました!」
「崩壊だと! やはり帝国の本隊が来たのか!?」
嫌な予感程良く当たる、窓から見える土煙はまだ燻り続け、爆音は未だ鳴り響いている。
「おっと、そりゃあ大事だな! どれ、俺もちょっと行ってくるかねーー」
考えもしなかった防壁崩落の報告に唖然とするネルビスを横目に、ゾレイは軽い調子で執務室から出て行った。
「…………本部に、連絡を……し、指示を仰がねば……」
絶対の自信を持っていた壁の崩壊に混乱するネルビスは、机の中に仕舞ってある通信魔道具に手を伸ばすーーそこで、報告が終わったにもかかわらず未だドアの前に突っ立って居る兵士に気が付いた。
「ーー何だ! さっさと持ち場に戻って壁の修復に全力を注げ! それとも何か? まだこれ以上報告する事でもあるのか!」
怒鳴られた兵士は、実に言いづらそうな表情で言葉を絞り出す。
「はいっ! そ、その……お、奥の倉庫で何者かが暴れている様でして……ど、どうしましょう?」
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