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80・陽動作戦
しおりを挟むーーガザガサッ ガサッ
「見張りはーーよし、居ないみたいだな」
俺は身体を出来るだけ縮こませ、コッソリと集落に近づく。あぁこんな時、このはみ出る立派な筋肉が恨めしい……目立っちゃうよね? かーっ、やっぱり目立っちゃうかー!
塀の中からはガチャガチャと鎧が擦れる音や人が駆ける音、それに話し声…… 何やらバタバタ慌ただしい気配がする。塀の外まで気遣う余裕が無いのか、思ったより簡単にここまで来れたのは僥倖だ。
ギュスタンが言うには、集落を囲う塀には多重の防御魔法が付与されていてちょっとやそっとの攻撃魔法ではびくともしないらしいが……。
コンコンと塀を軽くノックして板の厚みを確かめる。
「見た感じは……大した事無さそうなんだけどなぁ……」
板一枚で覆われた只の塀……良く見れば隙間もあるし何だか頼りない……小学校にあった兎小屋の方がまだ頑丈そうに見える。
だが、見た目とは違いあの大猪の突進でも破れないだろうとの事。
本当、魔法って便利だなー。家建てる時だって耐震性だの強度だの気にせずに魔法で強化しちゃえばいいんだもん、大袈裟に言えば小枝集めて作った家だって防御魔法掛けちまえば住めるんだから。
「でも、俺がこうやって塀を触って歩けばーーほら只の板壁に早変わり! ってか元通り? ーーよっと」
俺はベキリッと板を引き剥がす、どんなに頑丈な防御魔法だろうが俺の魔法無効に掛かればこんなもんよ。魔法士殺しは伊達じゃないぜ!(まだ誰にも呼ばれた事は無い)
流石に見張りが居る正門付近は触る事が出来なかったが、こっち側の塀半分くらいの防御魔法は解除してやった。これでジョルク達の魔法でも簡単に……いや、魔法なんて使わなくても塀を破る事が出来る筈だ。
「そろそろ向こうも始める頃だな、早く行かないとナルの居場所も変わっちまう!」
今回の潜入作戦において、どうしたって騒がしいギュスタンとジョルクには正門付近で陽動してもらう事にした。
たった二人ではあるが、連撃出来るギュスタンの爆破魔法とジョルクの無駄にデカイ大声での詠唱ーーひょっとすると、相手にこちらが複数人居ると思わせる事が出来るかも知れない。
二人が正門へと中の兵士を引き付けてる間に俺が静かに集落へ潜入、ジョルクから事前に聞いているナルが居る場所へ向かい連れてくるって作戦だ。
操られているナルは勿論抵抗するだろうけど……気絶させて担いでくれば良いよね? 首の後にトンッて手刀を落とせば良いんだろ? 簡単、簡単!
俺は引き剥がした板切れを背後の森中へ無造作にポイっと放ると、出来た隙間から集落の中へと入る。
「に"ぃゃっ!?」
うん? 今何か聞こえたような……腰を落とし耳を澄ますーー今ここで見つかるのは不味い。
「…………大丈夫? みたいだな」
再び動き出す俺の耳に、怒号と爆発音、そして芝居がかった詠唱が聞こえてきた。
「ヤベ、始まった! 急がないと!」
剥ぎ取った狭い隙間をベキベキと無理矢理広げ潜り抜けた俺は、そっと周囲を確認し人影が居ないのを確認すると腰を落としてなるべく集落の端を駆ける。上半身が上下にぶれ無い様にして極力足音を消しながら……そう忍者が良く使う走り方だ。
「待ってろよナル、すぐに行くからな!」
目指すは集落の奥にある倉庫ーーそこにナルが居る!
◇
(……あの塀を抜けようとしてるのにゃ?)
不審な人族が良く見える場所まで来た彼女は木陰からじっくりと彼を観察する。大きな背中と盛り上がる肩、彼女の太腿以上ありそうな太い腕! しかし、いくら熊みたいな体であっても力であの塀が壊せぬ事は確認済みである。
(残念だけど無理にゃ、何の魔法士か知らなにゃいけど半端な魔法じゃその多重防御魔法はビクともしないのにゃ)
ネルビス率いる第六工兵部隊に掛かれば、簡素な集落の塀もたちまち戦場で通用する強固な防壁となる。土木、建築技術に特化した工兵達は板切れに強化魔法を付与し、土魔法で補強する。見た目は只の集落でもそこは既に要塞と化していた……筈だった。
ーーベキリッ
そんな何者も寄せ付けぬ強固な防壁を、彼は無造作に毟り取った。
(はにゃっ!? あれを壊したのにゃ!)
彼女は慌てて懐から望遠鏡の様な魔道具を取り出す。
魔力が比較的少ない種族が多く住む帝国、代わりに発展した魔道具には少ない魔力でも最大のパフォーマンスを発揮出来る工夫が施されている。それを可能にしたのは僅か三年という短い期間で帝国の魔導技術部門最高位まで上り詰めた若き天才の発想と、その発想を具現化させたドワーフと呼ばれる種族の技術力だ。
彼等はずんぐりと小柄な見た目に反して非常に指先が器用であり、帝国の魔道具開発にはほぼ彼等が携わっていると言っても過言では無い。
彼女が取り出した望遠鏡も勿論ドワーフ達が手掛けた物で、覗いた先の魔力量を測る事が出来る魔道具だ。これを使って見れば対象がどれ程の魔力を保有しているのかが一目で判る様になっている。
つまり相手にちょっかいをかけて、その反撃から戦力を探る威力偵察などしなくとも、相手の凡その戦力を知る事が出来る画期的魔道具なのだ。少数で動く偵察兵には実に有難い魔道具なのである。
(あの一帯の塀に掛かってた防御魔法が解除されてるにゃ! どういう事にゃ??)
望遠鏡で覗いた彼女は驚いた、あの堅牢な防壁の防御魔法が一部とはいえ完全に無くなっていたのだ。
思い当たるのは、あの人族が塀をなぞりながら彷徨いていた事くらいだ。だからと言って、何か魔法を行使している様には見えなかったが……。
(でも、絶対あの人族が何かしたのにゃ! もしかしてすっごい魔法士なのにゃ?」
敵の拠点を無力化してくれるのはありがたいーーが、得体の知れない人族である。彼女は望遠鏡の照準を彼に合わせーー絶句した。
ーーっ!?
息を忘れ、目一杯瞳孔が開く、心臓ですら鼓動を忘れたかの様に……彼女の全ての動きが止まったーー。
(ーーき、きっとコレが壊れたのにゃ……)
震える手で望遠鏡を上下に乱暴に振り、レンズを袖で拭いてもう一度覗くが結果は変わらない。
暫し放心している彼女に向かってひゅるひゅると板切れが飛んできた。
ーーゴチンっ
「に"ぃゃっ!?」
本来の彼女ならば擦りもしない板切れが当たったのは、望遠鏡を覗いていて距離感が分から無かったからではない。
あまりに常識外の出来事を目の当たりにした彼女の脳が運動神経にまで手が回らなかったのだ。
「あ、あの人族……魔力が無いのにゃ!?」
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