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79・シャウト効果
しおりを挟む「ーーあぁっ!!」
「ば、馬鹿者っ、大声を出すな!」
ギュスタンに言われハッと辺りを伺うが……大丈夫動きはない、どうやら気づかれ無かったようだ。ーー危ない危ない、あまりの衝撃につい我を忘れて叫んでしまった。
「分かってねぇなぁギュスタン! 筋トレしてる時に急に大声出すのが兄貴なんだよ、なぁ兄貴?」
ーーそう聞くとただの変人だな俺…… しかし、大声出すと筋力が上がるんだから仕方無いだろう?
皆は、砲丸投げの選手が砲丸を投げた瞬間「うぉおおぁっ!」って叫んでるのを見た事あるだろう? あれは別に測定する人を脅して記録を伸ばそうとしてる訳じゃないんだ。
「発声」ってのは、力を使う身体活動やスポーツを有利に遂 行するための手段の一つであると考えられているんだ、これは「シャウト効果」って言ってちゃんとした科学的データーが……って今はそんな事どうでもいいわッ!
「そうじゃ……無くはないけれども! さっきナルと一緒に居た男がチラチラ見せてた紅い紋章の事だよ! どうして気づかなかったんだ……あれはパカレー軍の紋章だ!」
「パカレー軍? それは確かなのか?」
「あぁ、間違い無い」
どうして人形創作者とパカレー軍が一緒に居るのかは分からないが……俺の考えてた状況の100倍は面倒になってきたぞコレ。
「なぁ兄貴、何でパカレー軍が俺達を襲うんだよ?」
「分からないけど……ただ、前にパカレー軍と森の中で会った時もアイツら問答無用で攻撃してきたからな。そういう奴らなんじゃないか?」
こう、戦闘民族的な?
「ふん、お前を害獣と見間違えた可能性もありそうだがな……」
そんな訳無いし! 失礼だな。
あの時、ウルトやクリミアみたいな少女相手でも一切の加減無く魔法をぶっ放してきたヤツらだ! こりゃあ、操られてるナルも絶対安全とは言えなくなってきた……一刻も早く助けないとヤバそうだな。
「相手が相手だ、騎士団の応援を悠長に待ってる訳には行かなくなったーー厳しいがやるしかない!」
「なぁ、元から俺はそのつもりだったぜ?」
「ふん、ならどうするのだ? 集落の中に居るのがパカレー軍ならーー闇雲に突っ込む訳にもいくまい」
そうなんだよな……集落に居るアイツら二人(三人?)以外の人が只の村人ならば最悪強行突破でも行けると思ってた、けどそれが訓練された兵士なら話は変わってくる。
頑丈な塀、中には恐らくパカレー軍、応援を待っている暇は無いーーどうする?
「…………そうだな、いっそ派手に爆破しちまうか!」
「お、やる気だな兄貴っ!」
「何? 正気か?」
「あぁーーしかも正々堂々、真っ正面からだっ!」
◇
ジョルク達がパカレー軍の駐在するこの集落を見つけた数日前から、密かにここを監視する目があった。
中途半端に開拓が中断された集落を囲うのは深い森の木々達だ。その内の一つ、小高い木の上に彼女は居たーー全身を覆う漆黒の装いに黒いマフラーで顔を隠し、森の影に同化する完璧なる擬態。例え誰かが下から見上げる事があっても、彼女を視認する事は容易では無かっただろう。
体を木の幹に黒いロープで固定し、しなる枝の僅かな足場を器用に使い数日にも及ぶ監視を行う彼女の仕事はパカレー軍の動向を偵察しその動きを帝国へと報告する事である。
ナルボヌ帝国はパカレー共和国から宣戦布告され黙って待っている様な受け身な国では無い。開戦前より多数の偵察兵を最前線へと送り出し情報を集め始めていたーー彼女も、その内の一人である。
サーシゥ王国とパカレー共和国そしてナルボヌ帝国、三国の境界が集う場所へと派遣された彼女は早々にパカレー軍が駐在する怪しげな集落を発見、静かに動向を探っていた。しかし、時折数人のパカレー軍が外へと偵察に行くくらいで今までは特に目立った動きは無く退屈な任務に辟易していた。
ーーそう、今日までは。
「……変なのが来たのにゃ?」
頭上をぴょこぴょこ忙しそうに揺れるピンと立った耳と爛々と光る両眼は、先程から集落の塀を手でなぞりながらコソコソ歩く人族を不思議そうに眺めていた。
(大きいにゃ! 大きい……人族かにゃっ?)
帝国にも人族は居るが、あんなにゴツゴツとした大きな人族を彼女は見た事が無かった。
ナルボヌ帝国は比較的、獣人や亜人が多く住む国である。彼等の多くは魔力が少ない、と言っても生活魔法程度は皆普通に使える程度には魔力を持っている。
そんな低魔力の彼らを長年に渡って蔑み迫害してきたのがエルフや一部の人族である。
ナルボヌ帝国は魔力の少なさを補う為に長い年月を魔道具や魔法陣の開発に力を注いできた。そして遂にそれは実を結んだーー数年前に帝国に出現した一人の天才によって。
今ではエルフと呼ばれ高度な魔法を使う事ができるパカレー共和国や人族が多く住むサーシゥ王国にも引けを取らぬ程には魔法も発展している。
それに加え、獣人持ち前の身体能力で帝国軍の戦闘能力は高い。
ーーパカレー共和国と同じく低魔力種族を好しとしないサーシゥ王国が、今回の戦争でパカレー側との共闘では無く中立を宣言したのは帝国の圧倒的な戦闘力に臆したところが大きいのでは? とも噂される程に。
猫系獣人である彼女もまた、その柔軟で身軽な種族特性を買われ偵察兵へと抜擢されたエリートである。
(敵の増援……じゃ無さそうだにゃ?)
コソコソした様子から彼がパカレー兵で無いのは一目瞭然だ、だとすれば同胞なのだろうか? しかしこの辺りを偵察しているのは自分以外居ない筈だ。
先程から集落の中も何やら慌ただしい、この謎の大きな人族と関係があるに違いないと判断した彼女はカチリと落下防止に繋いである腰のロープを外した。
「あの変なのは一体何をするつもりにゃ? もう少し近くに行ってみるのにゃ!」
かなりの高さがある筈の木の枝から躊躇なく飛び降りた彼女は、いくつかの枝を経由してガサガサッと僅かな音だけを残す見事な着地を決める。
そしてぐるりと周りを見渡し尻尾をユラユラ揺らすと、集落の方へと静かに駆けて行った。
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