77 / 286
77・言い訳
しおりを挟む「ーーで、命令無視して遠出した挙句、勝手に戦闘、しかもボロボロにやられて女一人攫い連れ帰って来たと……そういう事か?」
集落で一番大きな村長宅ーーと言っても平屋で質素な邸宅の一番奥の部屋。元々あったであろう家具は全て取り払われ、今は無骨で大きな机が一つと数脚の椅子しか無い執務室。
そこでパカレー軍第六工兵部隊長のネルビスは見慣れぬ女性を引き連れた見慣れた男の報告……もとい言い訳を聞いていた。
「まぁ、街の方ばっかり偵察するのも飽きたーーじゃなくて、偶には背後に気を遣った方が良いかと思ってよぉ?」
「そうそう! そしたらビンゴっ! 敵兵が居たんだよね、凄いでしょ! 凄いよね?」
「デキルオトコ! スゴイ! オトコ?」
「…………ふざけるなっ! お前達の任務は拠点の護衛だろうがっ! 勝手に遠出などして、もしその間に帝国の襲撃があったらどうするつもりだったんだ? ーーいいか、今回の事は傭兵ギルドにきっちり報告しておくぞ……それなりの金は渡してるんだ、仕事はしっかりやって欲しいものだな!」
ゾレイとネビロスーー彼らはパカレー軍の正規兵では無い、傭兵ギルドから派遣された傭兵達だ。ネルビス率いる工兵部隊は、本隊に先行して足掛かりとなる拠点を作る事が任務である。土木作業が主である工兵部隊には攻撃魔法士が少ない為、護衛として傭兵を雇っているのだ。
「捨て駒に近い最前線に派遣するのは、金でどうとでもなる傭兵で良かろう」との上層部の決定に文句は無いが、せめて人選は厳選して欲しいものだとネルビスは内心溜息を吐く。
「待てよ、そりゃないぜ! そりゃ、ちーっとは命令よりも遠くにいっちまったけどよぉ? ほら、ちゃんと仕事はしてきただろう?」
「そうだよ! 僕らが見つけなきゃいずれここがコイツらにバレちゃってたかもしれなかったんだよ、これって護衛任務の内に入るんじゃない?」
「テキ! ソウキ! ハッケン!」
傭兵は腕がある分一般犯罪者からなる囚人部隊よりはマシなのだが、なにせ人格に癖がある者が多すぎる。特に今回傭兵ギルドから派遣されたこのゾレイとネビロスは戦闘狂でその残忍さには軍人であるネルビスも引く程だ。この村を制圧する時に四十人近い村人を殺害したのもほぼこの二人である。
「それに気になる情報だってちゃーんと持って来たんだぜ?」
「……情報だとーー何だ? 言ってみろ」
「連中、自分達の事を貴族だって言ってやがったんだ。おかしいだろう? 帝国の野郎が貴族なんてよ!」
「……そうだな、お前達が意気揚々と攫って来たその女は確かに帝国の人間では無さそうだ。ーー気付かなかったのか? その女の着ている軽鎧の刻印……それはサーシゥ王国の紋章だ」
「あ? マジかよーーサーシゥ王国の鎧は青で統一されてた筈だろ? こいつらは黒だぜ?」
「そうだよ、それにここは帝国領でしょっ? 王国の兵が国境をどうやって越えたっての?」
「オカシイ! フシギ! ドウヤッテ!」
ゾレイ達が知らなかったのも無理は無い、実践に駆り出される事の無い騎士団見習いが着用する黒い軽鎧の事など他国の兵が知る訳も無いのだから。
「ーーそんな事は知らん、だが間違いなくその女は王国の兵だーー」
実はネルビスには思い当たる事があったーー個人の保有魔力が比較的少ない獣人や亜人達が多く暮らすナルボヌ帝国では魔法の代わりに魔道具が発達している。
彼らは様々な魔道具の力を借りなければ生きていけない貧弱で穢れた者達なのだが、この村を制圧する時に最後まで抵抗していた村長らしき隻腕の男が使う魔法は見事なものだったし、魔道具らしき物も使っていなかった。
更に、村人の中には獣人や亜人は一人も居らずネルビスは自軍が本当に帝国領へと進軍しているのか困惑したものだ。
だが、生粋の軍人であるネルビスには上層部へ意を唱える事は出来ない、只粛々と任務を全うする事がネルビスの使命なのだから。
「じゃぁ、僕達が殺ったのはサーシゥ王国のやつらだって事? うける!」
「ーー大した魔力も無ぇし、魔道具みたいな腕輪してたから当たりだと思ったんだけどなぁ」
「ーーその腕輪の事か? デザインは我が共和国と異なる様だが魔力抑制の魔道具みたいだな……兎に角、お前達が面白半分に殺してくれたのは帝国じゃなく王国の兵士だったってわけだ……全く、やってくれたなっ!」
「だけどよぉーー」
ーーダァンッ!!
「ーーいいか、これは国際問題だぞ……」
「……………」
「……………」
ネルビスが拳を思い切り机に叩き付けるのを見たゾレイは両手を上げ、言い掛けた言葉を飲み込む。赤くなった拳を摩りながらネルビスは椅子をクルリと回転させ、背後の壁に掲げた紅きライオンの紋章旗をジッと見つめ考える。
今回の戦争、何も相手の領地を奪う事が目的では無い。魔力が少ない穢れた者達を大陸から駆逐する思想、信仰からくる所謂「聖戦」である。
ナルボヌ帝国との開戦前に、同じ思想を持つサーシゥ王国に共闘を打診した事は軍事関係者なら周知の事実だ。その時は中立の立場を示した王国ではあるが、交渉は今も水面下で行われていると聞いている。
つまりこのタイミングでサーシゥ王国とのトラブルは絶対に避けなければならない!
「……逃げ帰って来たと言う事は他にもお前達二人の存在を知っている者が居ると言う事か……」
「あ? あぁ……あの場に居たのは確か6人だな」
「ーーならば仕方ない、今王国側とのトラブルは不味い……そのサーシゥ王国の兵士達の所へ行く、お前達も腹を決めろっ」
「ーーえっまさか謝るの!? ってかさ、……この人形も返さなきゃ……駄目って事?」
「イヤダヨー! コレハ! カエサナイヨ!」
(あ~こりゃ不味いかも知れねぇな)
このネルビスと言う男、国の為であれば如何なる犠牲も問わない愛国者である。ましてやゾレイ達は自軍の兵では無く所詮雇われの身だ、例え居なくなっても共和国的には痛くも痒くもない。
恐らくネルビスは「傭兵が命令無視して勝手にやった」と、自分達を向こうへ引き渡すつもりだろう……。
ーーまぁ、その通りではあるんだが……。
「……しくじったのは俺達だからな、仕方無ぇ。けどよ、あっちに引き渡された後逃げちまうのは良いんだろう? ならせめて逃げ易い様に縄は緩めで頼むわ」
ゾレイ達の言葉を聞いたネルビスは怪訝そうに振り返る。
「ーー謝る? 一体何を言っている? 我々が向かうのは全てを無かった事にする為だ、その為には一人の目撃者も残す訳にはいかんだろう?」
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説

異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!
アルテミス
ファンタジー
第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。
->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました!
ーーーー
ヤンキーが勇者として召喚された。
社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。
巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。
そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。
ほのぼのライフを目指してます。
設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。
6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした
高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!?
これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。
日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

W職業持ちの異世界スローライフ
Nowel
ファンタジー
仕事の帰り道、トラックに轢かれた鈴木健一。
目が覚めるとそこは魂の世界だった。
橋の神様に異世界に転生か転移することを選ばせてもらい、転移することに。
転移先は森の中、神様に貰った力を使いこの森の中でスローライフを目指す。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる