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72・使者選考
しおりを挟む「むぅ……パカレーへの使者選考が、これ程面倒かつ複雑になるとはな……」
ドライゼ城の一室、宰相のイーサムはここ最近の激務に疲労困憊だった。
その疲労具合は、机の上に置かれた無数のマジックポーション(仮)の空き瓶を見れば一目瞭然だ。
因みにこのマジックポーション(仮)は魔法学園の奇才トレイン先生が魔力再生薬を作る実験の際に偶然生まれた物で眠気を飛ばす効果がある。(魔力は少しも回復しない)
『貴方の軍がウチとの国境線を越えて軍事展開していますよ、早期軍の撤退と『国境の壁』を維持してる魔道具の確認及び再始動を!』
たったこれだけの言葉をパカレー共和国に伝えに行くだけの使者選びが難航しているのは何故か?
ーー事の発端はサーシゥ王のあの言葉だ。
「余もこの歳、今更山登りはとても無理じゃ。アーティファクトの確認と再設定は代理の者に行かせるが良かろう」
今回異変があったとされる北部のアーティファクト。
そのアーティファクトがある場所を守る厳重な結界魔法を解除する為には各国トップ、つまりサーシゥ王とパカレー側の元首が揃って赴く必要がある。
その重役にサーシゥ王は代理を立てると言いだしたのだ。
王の代理ーーそれは即ち『次期国王』と周りが捉えるのは当然である。
この事で、パカレー共和国へ送る使者は『次期国王』の派閥関係者が担当するのでは? との噂が王城内を駆け巡った。
そうして動き出したのが、
ルクフェン・サーシゥ第一王子を筆頭とする派閥。
アドモス・サーシゥ第二王子を推す派閥。
レオルス・サーシゥ第三王子の派閥。
ルーディアス皇女の派閥まで参戦して来たのは驚きだ。
イーサムが全く予定してなかった次期国王の選抜が勝手に開戦されてしまったのである。
とはいえ、代理には結界の中に入る事が出来る「王の証」である指輪を持たせるのだから実質次期国王で間違い無いのではあるが…。
この予期せぬ王選のおかげで、パカレー共和国へ使者を送る事が大幅に遅れているのだ。お陰ででイーサムのもとには連日の様に膨大な数の使者推薦の書類が各派閥から送られてくる羽目となった。
未だ王国への被害は報告されてはいないが、パカレー共和国は絶賛戦争中である。国境の壁無き今、いつ王国に被害が出てもおかしくは無い。
それに、こちらはパカレー側の分隊を既に一つ潰している。勿論、王国としては不当な侵入者を討伐したにすぎず、不幸な事故ではあるのだがパカレー側としては面白い話では無い筈だ。
現在、王国はパカレー共和国とナルボヌ帝国の争いには中立との宣言をしてはいるが、パカレー側が今回の事を理由に共闘を求めてくる事は充分考えられた。
つまり、使者の仕事が只の伝言から複雑な外交交渉に変わってしまったのだ。人選は更に慎重にならざる得なくなった。
「《壊滅のビエル》か……せめて生かして捉えてくれたのなら良かったんだがな、全く昔からアイツは融通が効かんーー」
イーサムとて完全武装のパカレー軍相手に、全員を生かして捉える事など不可能だという事は分かっている。しかしこの状況、イーサムが愚痴の一つも溢したくなるのは仕方ない。
「せめて、これ以上の面倒は起こらんで欲しいものだ……」
連日の机仕事で長時間曲がった背筋をグッと伸ばし、今日何本目かも分からないマジックポーション(仮)を飲み干したイーサムは、また書類の渦に飲み込まれていった。
◇
川を越え、道無き山道を走る。
薮を掻き分け、谷を降り小川を飛び越える。なるべく速く! 音は極力立てない様にーー。
「……なぁ、アイツら変な動きで進んでるぜ? 行ったり来たり戻ったりーー」
「ふんっ、追跡を撒く為だろう。基本だぞ?」
どうやらナルを攫った襲撃者は自分の足跡を逆に遡って戻ったり、後ろ向きで移動したりと巧妙に痕跡を消しながら逃げている様だ。
賢い熊が同じ様な事をすると前にクリミアが教えてくれたな。以前の俺なら騙されていたかも知れない、と言うか今だって俺は、この痕跡ってやつを見分ける事が出来ないんだよね。
ーーほら、ここに足跡があるだろう?
そんな事言われても全くピンと来ないーー勿論、俺だって砂浜にはっきりと着いた足跡とかなら分かるよ?
だけど、どう見たってこれは只の地面だ……窪みなのか足跡なのかーーこれはモグラの巣? ダメだ、全く区別すらつかない。草原や山道の痕跡を探るのは一朝一夕では難しい、これは知識より経験値が物を言うのだと思う。
だから、どんなに完璧に相手が痕跡を消して逃げてるとしても、元々分からない俺には全く関係無いのだ!
ーーハッハッハ、無駄な努力ご苦労様!
更に、今の俺達には索敵の天才ジョルクさんが居る!
「兄貴っ、そこの大きな岩を右だなぁ!」
彼の索敵に痕跡などは関係無い! 何せ鳥瞰視点によって全てを空から見る事が出来るのだーー全く凄い能力だ、正直羨ましい……。
ジョルクの奴、実は転生者とかじゃないだろうな? 今は記憶を封印されているけど、何かの弾みで思い出す的な……俺は横を走るジョルクの顔をジッと見つめる。
「ーーなぁ、どうしたんだ兄貴? 燻製なら本当に持って無いぜ?」
「要らねぇわっ!? 何でも無いから気にするな」
「???」
……まぁ、ジョルクが転生者だとしても、特に問題なさそうだけどな。
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