筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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70・ノブレス・オブリージュ

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「僕がナルを助けに行く!」
「待てヨイチョ!」

 早る心を抑えきれず助けに駆け出したヨイチョの後ろ襟を俺は片手でヒョイと掴んで止める。

「止めないでくれ! 早く行かなきゃーー」
「いやいや、止めてる訳じゃない! 助けに行くのは俺も賛成だ。だが先ずはナルの居場所を調べなきゃ、だろ?」
「そうだぜ、兄貴の言う通りだ! ここは俺に任せろ、なぁ!」

「あ……うんーーありがとう!」

 ジョルクは索敵を開始する、先程大量の燻製を食べたおかげで魔力は有り余ってるみたいだ。

「ーー居たかい? どうだい? 近い?」
「ヨイチョ焦るなって…ジョルクの気が散るだろ? こういう時は平常心を持ってドッシリ構えてなきゃ駄目だ……で、ジョルクーーどうだ? 居たか? 近い? ねぇ聞いてる?」
「…………あぁ兄貴、この川を渡った先で三人が移動しているなぁ、多分これだと思うぜ」

 ……三人? 聞いてる人数とは合わないな。まぁ、取り敢えずジョルクの索敵に引っかかったと言う事は距離はそれ程遠くは無いって事だ。しかも相手は手負らしい、急いで追いかければナルを奪還する事が出来るかもしれない。




「チッ、俺は反対だ。アレは腕輪をした状態で勝てる相手じゃない」

 サイラスが自分の腕をチラリと見ながら言った。手首は無事接合出来た様だが完全に付くにはまだまだ時間が掛かりそうだ。

「そ、そうだ、いくら手負いと言ってもアイツは強いんだ。そ、それに人質がいるならーー余計に手が出せないじゃないか!」
「……平民、気持ちは分かるが正騎士を待った方がいい。被害者が増えるだけだ」

「わ、分かってるさ! 僕だってアイツにやられてるんだ。アイツの強さも危険な奴だって事も分かってる! だから尚更なんだよ、直ぐに助けなきゃナルが危ない! ヘルムもそう思うだろ?」
「ーージョルクの索敵で常にナルの居場所を把握、正騎士到着後に速やかにナルの救助を行って貰うのが確実だと……私も思いますよ」

 実際に戦闘した者達は実力差が分かるのかヨイチョに賛同する者はいない。それはヘルムも同じだった。

「そ、そんな……ヘルムまで……そうか、ナルが、僕達が平民だから…もういい、僕だけで助けにーー」

ーーパァン!

 不意に乾いた音が鳴り響く。
 ヘルムに詰め寄るヨイチョの頬をギュスタンが叩いたのだ!

「ーー落ち着け、お前が行ってどうなる? 聞けばお前は生活魔法特化というではないか…そんなお前が行って相手を刺激すればナルとやらはどうなるか考えてみろっ!」
「……で、でも、それでもッ!」

「ーーふんっ、何も助けに行かぬとは言っていない。サイラス、敵はそんなにも強いのか?」
「……あぁ、少なくとも腕輪をしてる状態では勝ち目は無い」

「成る程な…… ならば腕輪を外した俺の敵では無いと言う事だ。……おいお前、風魔法士だったな?ーー今すぐ俺の手を切断しろ!」
「ーーおぉ、分かったぜ! 風刃エアカッター!」
「ちょ、ちょ、馬鹿っ!?」 

 俺は既の所すんでのところでジョルクが放った風刃エアカッターを右手で握りつぶす。

「短絡過ぎだろ貴族様! ジョルクも躊躇無く他人の腕切り落とそうとすんなっ!?」

 びっくりするわ! それにしても、まさかギュスタンがナルを奪還する気満々だとは…。
 他分隊で平民、しかもさっきまで決闘してた相手だ、「ふんっ、平民なんぞ捨ておけ!」とか言うかと思ったのに意外だ。
 ほらっ、皆んなもビックリした顔で俺を見てるじゃないか………………えっ、なんで俺?

「ーーみ、見たかミード? あの男、風刃エアカッターを……に、握りつぶしたぞ!?」
「それもおかしいが……風魔法より速く動くとか、どうなってる??」
「クックッ、一体どういう理屈だか分からんが魔法無効レジストは本物らしいーー規格外ではあるが」
「ーーチッ、化け物が……」

 待て、最後のは悪口だよね? まぁ今はそれどころじゃない。

「ど、どうして?……」
「ふんっ、民を守るのは貴族の役目だ、当然であろう。だが、お前の同行は許さん! ここで俺の帰りを待て」

「い、嫌だ!…僕だって何か出来る筈だ! そうだ、いざとなれば囮にだってーー」
「常々言っているが、お前達平民は戦場に出るべきでは無い! 例えお前に力があったとしても、何世代も受け継がれた我ら貴族の血には到底及ばないのだーーわきまえよ!」

ーーノブレス・オブリージュ「高貴なる義務」

 ギュスタンが言っている貴族の血とは、恐らく覚悟の事だ。今では腐敗し堕落した貴族も多いが、本来は王国の財産である民を守る為に戦場に出る事は貴族に取って義務であり誉れなのだ。

 全ての貴族には代々幼い頃から「高貴なる義務」を叩き込まれ、有事には弱き民の為に自らが死地に赴く覚悟があった。
 戦争と統治ーーこれが貴族の本分だ、そうやって彼等は領地を広げ名声を上げてきたのだ。

「見ろ……少々魔法の素質があるからとお前達平民が騎士の真似事をした結果があれだ…」

 ギュスタンが指差す方向には、未だ悲しみに打ちひしがれるバクスが居る。

「何故わざわざ血を流そうとする? 農民に生まれたならば田畑を耕せ、商人に生まれたなら商いをせよ、恥じる事では無い、それは貴族の俺には出来ぬ事だ」

 ギュスタンの演説は身振り手振りが大きく多少大袈裟ではあるがーー流石貴族……ジョルクの劇団員みたいな大袈裟な詠唱とは比べ物にならない程の華がある。

「人には皆、生まれながら役割があるのだ。民を助け出すのは我々貴族の役目よ、お前達はただ俺の帰りを待つだけで良いーー分かったならさっさとこの腕を切り落とすがよい」

「クックック、安心しろ。切り落とした腕はこのマルベルドが直ぐに治してやる! そこの回復魔法士よりも完璧にな!」

 コイツら、俺の思ってた貴族とはちょっと違うな? 平民に対して意地悪なのかと思えば領民の為に身体を張る良い統治者じゃないか。
 要は「血生臭い戦いに平民が出る事は無いよ、貴族が守るから」って事だよな。

 もしかして、「貴族主義」って素晴らしい事なのだろうか?
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