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67・ゾレイとネビロス

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 ヨイチョ達が川辺に降りて行くと、まず目に入ったのは椅子に座り治療を受けるサイラスだった。次いでその治療をしているヘルム、その脇には何処かで見た事がある女性が座っている。

「ヘルム! 良かった、無事だったんだね!」
「ヨイチョ丁度良かった、少し手を貸して下さいーーって貴方もですか…傷口ちゃんと洗いました?」

「サ、サイラス!? お、お前その手! だ、大丈夫なのか?」
「チッ 大袈裟な、こんな傷大した事無い。それよりお前達ーー随分と小汚いな?  何があった?」
「あぁ、こっちも大変だったんだーー」

 互いの無事を確認し、喜ぶ一同を一歩後から眺めるナルの心は安堵感に益々心が緩んでゆく。初めての実戦が勝利で終わったのだ、ナルだけでは無く此処にいる誰もが一様に気を緩めていた。

(ーーあれは……何だもん?)

 ナルはふと、道端に落ちる人形を見つけ駆け寄った。それはとても可愛らしい一角兎アルミラージを模した人形マペットだ。

 一角兎アルミラージは額に一本の角が生えた兎の様な小型の魔獣である。
 その可愛らしい外見に反して性格は非常に荒いが、角を切ると大人しくなる性質がある。一部の貴族達の愛玩動物として捕獲依頼が絶えない魔獣の一つでもある。

「わぁ、可愛いい!…でも何でこんな所にあるんだもん?」

 裕福な貴族に取っては馴染み深い人形も、平民であるナルにとっては手が出ない憧れのアイテムである。思わず手に取ってしまったのは仕方ないのかもしれない。
 
 そして、人形創作者パペットクリエイターとサイラスの戦いを知らないナルは碌な警戒もせずに自分の右手に人形マペットを填めてしまう。

「やぁ、僕は一角兎アルミラージのアルだよ! ナルちゃん宜しくね!ーーえへへ」


ーーードクンッとナルの心臓が跳ねた!


「ーーう…あ"ぁ?……」


 力が抜ける……瞳孔が開き、半開きの口からは涎が落ちる。急速に不自由になってゆく自分の身体にナルは恐怖を感じた。

 身体の中に別の何かが無理矢理侵入してくる様な不快感が全身を駆け巡る。痺れ麻痺した体を他人に無理矢理動かされる様な、自分が自分じゃなくなる感覚ーー。

 ナルは苦悶の表情を浮かべヨイチョに向かって手を伸ばすがーーその距離は遠すぎた…。

「あ、あぁっ…ヨ、ヨイチョ……助け…て…」

 不意にナルの表情が消えた。それはまるで先程までサイラスが戦っていた長身の男の様に…。




 暫く放心していたナルはスッと立ち上がり、周りを見渡すと誰にも気付かれない様そっとその場を離れた。

 そして先程、長身の男が土魔法で作った細い橋で川を渡り対岸へと進む。そこでナルを待っていたのは磁力マグネティズム魔法士ウィザードだった。

「おいおいどうした? 随分と可愛らしい姿になったもんだな、中々似合ってるぜぇネビロス」

 ネビロスと呼ばれたナルの表情は変わらない、まるで喜怒哀楽が抜け落ちた顔付きはまさに人形そのものだ。そして無表情なまま陽気に喋りだす。

「愛らしい姿に作り変えたら直ぐにコイツが拾ってくれたんだ! 凄いだろ、何せ僕は人形創作者パペットクリエイターだからね!」
「コンカイ! ホント! ヤバカッタ!」

 サイラスは気づけなかった…いや、サイラスで無くとも初見で気付く事が出来る者がどれ程居るだろうか? 人形マペットの方が長身の男を操っていたという事実をーー。

「はっはっ、どうせ遊び過ぎたんだろ?全く持って同情に値しねぇな」
「ゾレイだってやられてるじゃないか! お互い様さ!」
「ソウソウ! ゾレイ! ヤラレタ!」

 二人は川から離れると森の中を迷い無くドンドン進んでゆく。

「まぁ確かにな…今は逃げるのが精一杯って所だな。その姉ちゃん雷魔法使うぞーー俺はそれにやられたんだ。……そういや前のヤツ人形はどうした、置いてきたのか?」
「あれ壊れちゃったんだ…気に入ってたのに…」
「ザンネン、シュウリ、フカノウ」

「そっかい、前の人形ダニスだっけ? そろそろ限界っぽかったしなぁ。丁度良かったじゃねぇか」
「そうなんだよ! 前の人形パペットは何ども修理して使ってたんだけどね! 実はそろそろ替え時かなーっとは思ってた!」
「アシモ、ウデモ、ナオシタ!」

「はっ、直したってーー壊したのもお前さんだろうに…。あーでも元々片腕は無かったんだっけな」

 ゾレイ達に取って今回の襲撃は計画的なものでは無い。偵察でいつもと逆方向に遠出したら敵と出くわした、只それだけにすぎない。
 軍に所属する身としては、異変を発見したならば上司に報告してから行動するのが正しいのだろうが、元々傭兵であるゾレイ達にはその意識は薄い。

 戦争をしに来たのに、戦闘の無い退屈な日々を拠点で悶々と過ごしてきた彼等だ。偶然見つけた獲物に思わず噛み付いてしまったのも仕方がないと言うものだ。

 とは言え、勝手な行動は軍規則違反だ。いくら理解のある隊長殿とはいえ、何らかの処罰が二人に与えられるだろう。しかし収穫もあったーー情報と捕虜だ。

 ーー自分を「貴族」だという男達、ゾレイの記憶が正しければナルボヌ帝国に貴族は居ない。あそこは徹底した軍国主義だ、階級によるカーストはあるが貴族制度は無い筈だ。そしてネビロスが人形として操る少女……。

(まぁ現物捕虜持ってきゃ隊長殿の怒りも半減するだろーー)

 ゾレイの破れたコートの穴からチラリと覗いた紋章が、沈み始めた太陽の光を浴びて赤い光を放つ。

ーー残虐で獰猛な紅きライオンの紋章が…。
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