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60・責任
しおりを挟む瓦礫の中に潜むサイラス達は、これからの行動を決めあぐねていた。
「このえげつない土魔法…さっきの焚き火跡にあった魔法と同じ…だな」
「えぇ、間違いないでしょう。土槍の変異型、見ない型ですからオリジナル魔法かも知れませんね。ーー何処から発動したか分かりましたか?」
サイラスは地面が揺れた時の事を思い出すーーが、付近に人の気配は無かった筈だ。
「いや、分からん…ただこの付近はミードが探知魔法で調べていたのを見たな」
「成る程、という事は対岸ですかね…」
氷魔法を使う探知は動く川は越えられない事から、これをやった魔法士が川の向こう側に居る可能性は極めて高い。
攻撃魔法を発動する時には威力、形状、範囲の他に発動場所や時間などを細かく計算する必要がある。詠唱はそれらの計算を容易くする為の言わば「公式」だ。
詠唱をする事で複雑な計算が簡単な四則演算並みに置き換わるのだ、これらを全て暗算で行わなければならない無詠唱がどれだけ難しいか分かるだろう。
詠唱の他にもう一つ「魔法陣」を描く方法もある。これは魔法を発動する場所に威力や形状といった情報を事前に描き込む事で、後から魔力を込めただけで発動させる事が出来る。
魔力を込めるタイミング、魔法陣に傷が入らない事など制約は多々あるが、上手く配置出来れば一度に複数の相手を嵌める事も可能だ。
恐らく今回の土魔法は「魔法陣」を使った罠だ。事前に仕掛けた場所に人が集まった所を見計らい発動させたのだろう。
単に魔力を込めるだけならばタイミングだけ気を付ければ良いのだ。それが例えば此方を視認し辛い対岸であろうとも成功率は高い。
一方、視認し辛いと言う事は相手が生死を確認しに来ると言う事だ、いつまでも此処に隠れている訳にはいかない。
しかし距離がある分ーーまだ時間は有る。
「川と反対側を崩して脱出、抜け出して他の人を呼びましょう」
「いや待て、相手が一人とは限らない。迂闊に行動するのは危険度が高い…」
ヘルムとサイラスが今後の行動指針を話合っていると、二人に挟まれたユニスが遠慮がちに声を上げた。
「あ…あの…」
「ーー女? 話せる様になったのか!」
身じろぐ事もままならない暗闇の中、サイラスの熱い息がユニスの前髪を揺らす程に近い。
「お、女って…私、ユニスです。サイラス…様、えぇと…助けてくれてありがとう…ございます…」
ーー『サイラス坊ちゃんは、我儘で、人使いが荒くて、無茶振りも酷いけど…あれで中々優しい所もあるんだ』ーー
サイラスの事はそんな風にバクスから聞いてはいた。助けてくれたのは物凄くありがたいし、大変心強いのだが…本を正せばこんな目に遭っているのはサイラスがバクスに『新入りの男を監視しろ』なんて下らない任務を与えた所為なのだ。
そんな複雑な気持ちが顔に出ているユニスは、此処が暗闇で良かったと心からそう思った。
「礼はいい、何があったのか話せ!」
「相手は何人でしたか?」
ヘルムの少し低めな声がユニスの背後から耳元をくすぐる。
(ひえぇ、近いっ近いっ!?)
暗闇の中、男子二人に挟まれ迫られる事態に思わずこの場から逃げ出したくなり辺りを見渡すが、闇ばかりで何処にも逃げ場など無かった。
跳ねる心臓の音が二人に聞こえやしまいかと、ユニスは咄嗟に両手で胸を押さえた。
(だ、ダメダメ!こんなドキドキしてる場合じゃないわ。ーーそう、まだ助かった訳じゃないんだから…)
◇
「おおよその事は分かりました…」
ユニスには、日常からはあまりにもかけ離れたあの光景が白昼夢の様にどこか現実感が希薄に感じていた。
ーー他人事の様な、違う世界線で起こっているような…。
しかし今、ヘルムに説明しているうちに曖昧な記憶は鮮明に蘇り、ズキズキと痛む傷がそれを裏付ける。
ーーあれは夢じゃ…なかっ…た?
顎の痛みを堪えながら一通り見た事を伝えたユニスは、改めて自分達が置かれた状況に愕然とする。
「おいっ、今の話だとバクスはそこに居なかったんだな?」
「は、はい…少し先を見て来ると言ってましたが…それからは見てませーー眩しっ!?」
その言葉を聞くや否や、サイラスは川と反対の瓦礫を消し去った。
「待って下さい! バクスが出て行った時間と襲撃のタイミングを考えれば、最初の犠牲者が彼だった可能性も…」
「ーーッ黙れっ!…それ以上は…言うな…」
引き留めるヘルムの言葉を切り捨てるとサイラスは重い声でボソリと呟いた。
「………可能性がゼロではない以上…俺は探さなければならないーーそれが俺の責任だ…」
溢れる外光の眩しさに、暗闇に慣れた目がまだ対応できないユニスはそう言って出て行ったサイラスの顔を見る事は出来なかった。
◇
ーーー全ては俺の責任だ…。
ギリリと奥歯を噛み締める。
サイラスは自責の念で心が押し潰されそうになっていた。自分の指示がバクス分隊を動かしたのだ、そしてこれがその結果だ。
自覚はあった、自分の指示によりバクス分隊の順位が下がる事も、彼らの成績が下がる事も。
元々平民が騎士団に参加する事を良しとしない『貴族主義』のサイラスにはバスク達の成績が下がる事はどうでも良かった。
寧ろその結果、彼らが団を抜ける事を決断する機会になれば良いと考えていたくらいだ。勿論、彼らが騎士団を抜けた後は、自分やアルバなどの実家に雇い入れて貰えるくらいの口は聞いてやろうと思っていた。
しかし、まさかその犠牲が彼らの生命に関わる事になるとはサイラスはその時思っても見なかったのだ。
それはそうだ、一体誰が騎士団を襲ってくるなどと考えるだろうか?
見習いとはいえ完全武装の騎士団を襲うなど、どう考えても自殺願望者か頭のイカれたヤツしかいない。
ーーそして今、そのイカれた男がサイラスの目の前に立っていた。
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