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59・空間魔法
しおりを挟むーーヘルム達の周囲を囲む地面が跳ね上がる!土槍の牙を持った巨大な鰐がその残酷な口を閉じる瞬間ーー。
「チッ、もっと俺に寄れッ!」
サイラスが二人を背に庇い、迫る顎に向かって剣を振り抜くかの様に右手を大きく薙いだ!
◇
ーー酷く寒く、身体は重い…、
ユニスは微睡みの中にいた。
やらなくてはならない事がある筈なのに…思い出そうとする度、頭の中が重くなり記憶の輪郭は白く薄れてしまう…。
(大事な…凄く大事な事だった…ような…)
そのうちユニスは半ば眠る様に夢を見た。
・・・幼い頃、お母さんに貰った首飾り…翡翠の中に、羽が生えた杖に二匹の蛇が絡み合う姿が象られたネックレスーー「いつか貴女にも……縁をもた……筈よ?」
ーー暗転ーー
・・・「あがががぎぃ…」地面に腹まで挟まれたジブリスは、膨らんだ風船を足で踏んだ様に急激に顔が膨れ上がり眼球が飛び出した。そしてコブッと口から内臓を吐き出し絶命した…。
ーー暗転ーー
・・・『傷を見ます、……ますよ?少し痛むかもしれ…ん』
ーー暗転ーー
・・・焚き火を挟んで向かい合わせに座って居たダッチとメルル。背後の地面からズンッと壁が迫り上がり、飛び出した土槍は足を貫く。壁は止まらず二人を挟み、下半身をゆっくりと潰して行った。
上半身だけ見れば重なる二人はまるで抱き合って居る様だ。しかし、その足は徐々に潰れ、燻った焚き火の熱がジワジワとを二人の下半身を焼いていく。
「た、助けて!」「どうして?ねぇ何でぇ?」
「もう…許して…」
ーー暗転ーー
・・・『ーーおい女、話せるか?……か詳し……せ』
『無理ですよ、まだ骨を……な位置に戻…だけです……話せば……可能性が…』
夢と現実の狭間でユニスの意識は混濁していた、それは精神的なショックと顎が砕かれた激痛を脳が強制的に排除しようとしたからだ。
過去の想い出と現実からの呼び掛け、そして悪夢の様な出来事。これらが脈絡も無くただ脳裏を流れてゆく…しかし、外界の異変に反応したのか夢は悪夢の比率が多くなる。
ーーーいや、これは悪夢だったんだろうか?
ーー暗転ーー
・・・痛みと熱さに何度も泣き叫び助けを乞う二人をぼーっと呆けた様に見ている土魔法士。
そしてその悲痛な声が掠れ、途切れてくると今度は手足を一本づつ切断し、最終的には二人の首を躊躇なく切り飛ばした二人目の男。
ーーーそう…だ、私はーー。
水汲みから帰る途中だったユニスは、その地獄の様な光景を只々震えながら見ている事しか出来なかった。
「はっ、はっ…に、逃げなきゃ!」
ダッチとメルルの頭がゴロゴロ転がるのを見てユニスは次は自分の番だと焦った。そっとその場から逃げ出そうとするユニス…しかし、極度の緊張からか、上手く動かす事が出来ない身体は思った以上の音を立ててしまう!
ガサガサッ ガサガサッ
ーーそして、ユニスは二人の首を跳ね飛ばした男と目が合った、合ってしまった…。
「ぎゃあうっ!」
途端に感じる左足への激痛に片膝が折れる!
見れば脹脛に小指程の黒い棘が刺さっている。それだけで終わらない、棘は見る間に長く太く成長してゆく。体の内部から肉を引き裂くような痛みに逃げ出そうとしていたユニスの足は完全に止まってしまった。
「痛いっ!この棘…大きくなってく!」
ユニスは咄嗟に植物の様に成長する棘を脹脛ごと魔法で凍らせた。棘はそれ以上大きくなる事は無くなったが、凍り付いた足のせいで余計に走る事は困難になった。それでもユニスは片足で器用に飛びながら川沿いを目指す。
「か、川にさえ飛び込めれば!」
川はそれ程大きくなく流れも緩やかだが、今のユニスが歩いて逃げるよりは川に身を任せ流される方が速い。
(川まで後少しーーお願いっ!)
しかし次の瞬間、突如地面から立ち上がった一本の柱に顎を撃ち砕かれ、ユニスの意識はそこで途切れた。
◇
ーーあの後…どうしたんだっけ?
次第に覚醒してゆく思考と痛み、それによってユニスは悪夢の内容をよりリアルに思い出す。
耳に残る悲鳴、砕ける骨の軋む音、鼻の奥にへばり付く血の臭い。
ーーーあれは…現実だった?
ユニスは恐る恐る目を開ける、そこは自分の目がちゃんと開いているのかどうかも怪しく感じでしまう程の闇だった。
(嫌っ…こ、怖い…)
ユニスは思わず手で辺りを探る…と、背に触れる体温、そしてやや乱れた呼吸、闇の中に自分以外の存在を感じるーーそれに、話声も…。
「ーーこれは…まさか収納…魔法ですか?」
「……チッ、その呼び方は好きじゃない。空間魔法と呼べ…」
囲まれた瓦礫の暗闇でヘルム声が耳元で、サイラスの声は頭一つ上の方で聞こえた。
(…この声は、夢の中で聞いた声…と、サイラス…様?ーー良かった!アイツらじゃない)
完全に目が覚めたユニスは、まだ自分が生きている事にホッと胸を撫で下ろす。
三人を飲み込んだ土槍だらけの地面は、サイラスの魔法によってその一部を収納された。その結果、瓦礫の山には空洞ができ、ヘルム達三人は恐るべき土槍の顎に噛み砕かれる事を回避したのだ。
ーーーつまり、彼らはの鰐の口中に居る。
「…収納魔法にこんな使い方があるとは知りませんでした…」
「おいっ…空間魔法だ! チッ、まぁ良い。質量的にこれ以上の収納は無理だ…次、お前は助けんぞ…」
「……今、収納って言いましたね?ーーやっぱり収納魔法じゃないですか」
何も見えない暗闇の中で、サイラスが顔を盛大に顰めるのが確かに見えた気がした。
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