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52・続・バクスの災難
しおりを挟む「この通信魔道具も弟に無理言って貸して貰った物だけど、余計にサイラス坊ちゃんの我儘を聞かなきゃならなくなったのは失敗だったなぁ…」
かなり高価な魔道具らしいが、こんな苦労が増えるだけの魔道具の何処が良いのかバクスにはサッパリ理解出来ない。
以前は顔さえ合わせなければ無理難題を言われる事も無かったのに、この魔道具の所為で四六時中サイラス坊ちゃんに呼ばれる羽目になった…それもこちらの都合を一切無視してくるのだから堪ったものではない。回数制限が有る事だけが救いである。
(こんな恐ろしい魔道具が世の中に普及しだしたらどうなるのだろう…ぶるる、考えたくもないな)
今回の訓練でもサイラスの我儘により、万年最下位のジョルク分隊の監視を命じられた。なんでも気になる男が居るらしく、後方から見つからぬ様に監視して逐一報告しろとの事だ。
万年最下位の分隊を後方から監視すると言うことは訓練の最終拠点に到着するのが最後になると言う事だ…これは実質訓練で最下位を取れと言われてるに等しい。
(はぁ~、私は兎も角、付いて来てくれる仲間が不憫だよ)
バクス分隊は偶然ではあるが商人家系の者が多く集まっている。各自恐らく不満はあるのだろうが、商人として格上商会の長男であるバクスに面と向かって文句を言ってくる者は居ない。それにここでバクスに取り入れば、実家の商会に仕事を回してくれる可能性があるのでは?との商人らしい下心もある。
実際、バクスにそんな権限は無いのだが…。
◇
『バクス、聞こえるな? もう一仕事してもらうぞ!次の失敗は許さんからな?』
通信魔道具から響くサイラスの声にバクスは顔を背けて大きな溜息を吐いた。わざわざ顔を背けたのはサイラスに溜息を吐いた事がバレ無い様にとの考慮である。
サイラスが言う失敗とは、『ジョルク分隊を後方から監視せよ!』と言われていたのに、何故か突然あっさり見つかり更には戦闘となって負けてしまった事だ。
実際にはとても戦闘と呼べるものでは無く、待ち伏せされ、落とし穴に嵌り、電撃を喰らった一方的なものではあったのだが…。
距離は適度に取って居たのに何故急にバレたのかは腑に落ちないが、負けてしまっては仕方が無い。内心、これでもう監視を続ける事も無くなったとホッとしていた矢先の魔道通信だ。思わず魔道具を地面に叩きつけたくなる衝動を咄嗟に抑えられたのは「高価な魔道具は傷つけるなんて勿体ない」との商人気質によるものかもしれない。
「……バクス、次はどんな指示が?」
サイラスとの通信を終えたバクスの元に所々焦げ跡の付いた仲間達が集まる。先程『監視せよ』との命令を失敗した後に来た指令だ、まだ電撃の痺れが抜けきらない彼らの内心は穏やかでは無い。
「次の指令は…はぁ、ジョルク達を連れて来いと…」
「ーーーー。」
皆はバクスの言葉を咀嚼し、意味を飲み込むまで暫くの時間を要した。それはそうだろう、監視すら出来なかったのに連れてこいとはどう言う事なのか。以前の様に確実な実力差があるのであれば強引に連れて行く事も出来たかもしれない、しかしーー。
「ねぇ、私たちアイツらにあっさり負けてるんだけど…出来ると思う? 無理でしょ…」
ーーー全くもって正論だ。
何故か万年最下位のジョルク分隊が今回は強い!しかも向こうはどういう訳か此方の居場所が分かっている節がある。
先程も手も足も出ない状態で負けたというのに一体どうやって連れて行けば良いと言うのか…。
何をやってもまた電撃を喰らう未来しか浮かばない。正直もうあれは喰らいたくはない。
「ーー取り敢えず、私がジョルクと直接交渉してみようと思う」
ジョルクが戦闘狂なのは周知の事実だ、敵と見れば一人で突っ込んで行き負ける愚行さは見習いの中で知らない者は居ない。しかし彼も同じ商人の息子、全く話の通じ無い相手では無い筈だ。
バクス分隊は休憩もそこそこにジョルク分隊を追う為に出発した。まだ足に力が入らず行軍は儘ならぬが、サイラスの命令を遂行する為に努力しているという事実があれば良いのだ。どうせこのルートを通るならジョルク達がサイラスと会偶するのは時間の問題なのだから。
◇
「はぁはぁ、皆んなちょっと休憩しよう?」
最早やる気の薄れた面々がたどり着いたのは、少し開けた川沿いの広場だ。先程まで誰かが居たらしく焚き火跡の地面がまだ暖かい。
「ーーきっとジョルク達だ、大分追い付いたみたいだね」
「私はそこの川で水を汲んでくるわ」
「じゃあ、俺達は火を起こしておこうかね」
皆テキパキと休憩の準備に入る。商人は仕入れなどで旅する事が多々ある為その子供達もまた、野営に手慣れた者が多い。
焚き火の上に鍋を掛け、汲んだ川の水を張り、塩気の多い干し肉をドポンッと放り込む。その辺りから採ってきた香草と脱穀した乾燥麦を入れると一煮立ちさせアッという間に麦雑炊が出来上がった。
「皆んな先に食べて休んでいてくれ、私は少し先を見てくるよ」
バクスは一人少し先へ進む、あの坂を登れば見通しが良くなる筈だ。もしかしたらジョルク達の背中が見えるかもしれない。
そう思って重たい足を上げ坂を登りきったその時、急に地面が無くなった。
「ーーーはうッ!?」
本日二度目の落とし穴である。
深さはそれ程無いが、兎に角狭い上に脆い!よじ登るにも狭過ぎて上手く力が入らない、それにボロボロと側面が崩れ落ちる為無理をすると生き埋めになる可能性がある。
「はぁー……これ私達を狙って掘ってるなら凄い精度だね」
バクスの頭上にポッカリと空いた穴の入り口からは二つの太陽が覗いている。
ジョルク達の中には預言者でもいるに違いない、こうも自分達の行動を先読みして穴に嵌めるとはーー気味悪さを通り越して感心する。サイラス坊ちゃんが気にしてる男はコイツの事だろう。
さて、どうやって助けを呼ぼうかと思案しているバクスの体が不意に震える。いや、震えているのは地面か?
「な、何?ーー何事?」
次の瞬間、何かが地面の中を蠢く音が響いたかと思うと、ぐらりとした大きな揺れと共に鈍い打撃音と悲鳴が頭上から降り注いだ。
「み、皆んな!? ーーは、早くここから出ないと!」
ーー助けを呼ぶ声は鳴り止まない。
おかしい、分隊同士の戦闘ならばここまで悲痛な声が、悲鳴が響く訳が無い。
ーー絶叫、苦悶、懇願、嗚咽。
何よりおかしいのは、この悲鳴の中、一切攻撃の音が鳴り止まないのはーー絶対におかしいッ!
焦って藻掻けば藻掻く程、壁は崩れ埋もれてゆく。そんな気持ちだけが先走る中、通信魔道具が鳴ったのは僥倖だった。サイラスからの呼び出しが、こんなに嬉しかった事が嘗かつてあっただろうかっ!
『ーーバクス、今何処にいる? 予定が変わった…おいっ聞いているのか?』
「サ、サイラス坊ちゃん! た、助かった…何かに襲撃されてるんです!た、助けて下さーーうわっ!?」
戦闘の影響か、幾度も揺れた壁は遂に崩壊しバクスを飲み込んだ。崩れゆく土砂に埋もれるバクスが必死に伸ばした手の先で、二つの太陽は間も無くその光を完全に閉ざした。
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