35 / 276
35・雷魔法
しおりを挟む空が闇に染まり雷雲が立ち込め始める。漆黒の雲の中ではバリバリと紫電が不気味に蠢くのが見える。
「わ、罠やッ!バルト逃げるで!」
「雷魔法だとっ!?」
使い手が稀有な『雷魔法』、その威力は一撃で戦局を覆す事すら可能だと言われている。
だが、無から雷を生み出す事は難しく、一般的には雷雲を呼び出し雷を生成しなくてはならない。その為、魔法の発動時間が長い上に細かい照準は出来ない。主に大規模戦闘に用いられ、小規模な戦闘ではあまり見られる事の無い魔法でもある。
「大丈夫っスよ! 雷は高い所に落ちるって聞いた事があるっス。ここは穴の中だし、伏せてれば直撃は無い筈っス!」
「アホっ!だから水が張ってあるんや!」
そう、照準範囲が絞れないならば雷撃の有効範囲を広げてやれば良い。電撃は水を走る!この穴の何処かに一発でも雷撃を落とすだけで…
ーーー全滅やッ!!
「そんな馬鹿なっ!この中にはアイツ筋肉だって居るんだぞ!?」
「チッ、時間が無いっ!おいロッシ、この水を凍らせろっ、足場を固めて穴の外まで走る!」
「そ、それっス!流石バルトっ」
事態の深刻さに慌てて池から出ようとするバルト達の耳元で不意に低い声が告げる。
「残念…逃がさねぇよ?」
突如引き摺り倒され水中で腰をガッチリと足でロックされるバルト、その太い両手にはしっかりとロッシの襟首とユーシスの手首が握られていた。
「て、テメェ起きてやがったのか!離せっ!」
「お、お前も逃げないと巻き込まれるっスよ!ここは一先ず協力して…苦っ、苦しいっス!」
「なんだこれっ!ぜんっぜん取れねぇ!?」
「巻き込まれる?…そうかもしれないな。だけどそれはお前達を離してやる理由にはならないわ」
ーーー逃がす訳が無い。
ここまでが俺とヘルムが練った策だ、最後まで堪能してくれないと困る。
ギリギリと二人を握る手に力が入る。
空に浮かぶ雷雲の中では、幾つもの紫電が暴れ、交わり、その度に強く太く育ってゆく。まるでそれは狭い暗闇から逃れようともがく龍の様だ。
「アルマァ、何とかしろっ!」
「む、無理や、ゴメンっ」
焦るバルトを横目に、急いで水から出ようとするアルマの足に何かが絡みつく。アルマはその場に転倒し水浸しになってしまった。
ーーーバシャンッ!
「ウップ、何やこれ! ーーー草っ?」
見ると水中のあちこちに生えている草の中に輪っか状に縛られている物が混じっている。アルマの足はこの草に引っかかったのだ。
(……これも……罠! いつの間にっ!?)
『雷電ライトニングボルト!』
ーーー瞬間、全ての景色の色が弾けた。
一切の影が存在しない純白の世界。バルトも水も木々も空もアルマ自身も、そこに存在した全ての輪郭は閃光によって消し飛んだ。
結果、ーー「無」ーー 光のみが存在を赦された神の世界。そして一変、即座に続く地獄の咆哮!体がバラバラになったかと思う程の轟音と衝撃!
「かっ……ハッ……」
アルマの意識はそこで途絶えた。
◇
ナルは魔法が怖い、人を傷付ける魔法が怖い。あの眩い光も、全ての音を掻き消す轟音も…。
そう、ナルは自分の雷魔法が一番怖い。
入団試験で分かった雷系の素質、その報告に家族は凄く喜んだ。貴重な才能、騎士としての入団、これで将来は安泰だと…。
だけどナルには不安しかなかった。急に貴重な雷魔法が使えると判明した所で、そんな大層な魔法を使いこなせる自信は全く無い。
ーーーそもそもヨイチョと同じハウスキーパー志望で来たのに騎士に? と、とととんでもないもんっ!
だが、周りの喜び様と半端強引に騎士へと勧誘する試験官の圧に内気なナルが抵抗出来る訳が無く、気付けば流されるまま入団する事になっていた。
不安に怯えるナルを見兼ねた幼馴染のヨイチョが一緒に入団し、色々と世話を焼く事により雷魔法士として前向きに取り組む様になってきたのは最近の話だ。
それでも、ヨイチョが居ないとすぐに不安になるし、魔法に関してはまとも発動すら出来ない状態ではある。
そんな中始まった戦闘訓練、ヨイチョと離れての作戦は今回が初めてだった。ナルの不安通り一人では魔法を発動させる事すら出来ず、その結果ヨイチョはピンチに陥ってしまった。
早々に作戦が失敗し、ヘルムが怒っているのは自分の所為だと高まる不安と焦燥感にパニくる寸前のナルにあの人は言った。
「ナル!聞けっ、俺はヨイチョ達を助けに行く!ナルにはやってもらいたい事があるんだ!」
何も出来ないナルに向かって、何かをやって貰いたいなどと頼む人は、今ではもう騎士団の中には居ない。
「む、むむむ無理だよぉ、ナルには出来ないもん…」
大丈夫と肩を叩かれ、ナルがあの人から頼まれた事は二つだけ。
「足元の草と草を結んで輪っかにする事」
「ヘルムの合図で塹壕に向かって雷魔法を撃つ事」
「そ、それなら…出来そう…かな? で、でもナルはヨイチョが居ないと魔法が…」
閃光も轟音も怖いナルが雷魔法を放つ為にはヨイチョのサポートが不可欠なのだ。
「大丈夫、それまでにヨイチョを連れて来るから!」
その後、無事に合流したジョルクと何やら相談し場所の変更を決めたヘルム。ヨイチョは乾燥ドライを地面に向かって使いジョルクがその場所を竜巻トルネードで掘ってゆく。みるみるうちに大きな楕円の穴が出来あがった。
「この辺りの土は乾燥させると脆くなるんだって、そんな事に気づくなんて凄いよね!」
「そりゃ兄貴だからなっ!」
「ジョルク、穴の底は風撃エアハンマーで固めて下さい。ヨイチョは水をお願いします、膝位迄で良いですよ。あぁ全く時間が足りない、最悪だ…」
ヨイチョもジョルクもあの人をかなり信用している様に見える、この短時間に一体何があったのだろう?
ナルも穴の底にある脛すねくらいの高さの草をあの人が言う様に結んで輪っかにする。
(成る程、これで足を引っ掛けるんだ!)
罠だと理解出来たのは何度も自分か引っ掛かったからだ。ナルは隣り合う2本の草同士を結んで輪っかを作って行った。
全ての準備が整うと近くの草場に隠れて戦況を見守る。暫くするとあの人がボロボロになりながら必死で走って来るのが見えた。そして後ろから迫る竜巻に巻き込まれながら先程作った池に落ちていった。
「落ちちゃったよっ!? だ、だだだ大丈夫かな?」
「予定通りですよ、それに彼は私に言いました。魔法の効かない俺を囮にしろとね。池に全員が入ったら合図しますからね。タイミングが命なんですから頼みますよ!」
(そうだ、約束通り…あの人はヨイチョを連れて来てくれた!)
「……次は、ナルの番なんだもん!」
「そうだね、彼ならきっと…あっ!?・・・・あ~いや、多分?大丈夫。……思いっきりやろうっ!」
「??」
「さぁ、今ですっ!ほらっ、早くっ!」
ヘルムの合図を聞き、魔法を落とす池を再度確認する。ナルはギュっと目を瞑り詠唱を始める。そして複雑な詠唱を終えたナルの耳をヨイチョが背後からそっと塞いで魔法を掛ける。
「遮音サイレント」
ーー何も見えず何も聞こえないーー
だがこれで雷が放つ光も轟音もナルを怖がらせる事は無い。そして何より背後で耳を塞ぐヨイチョの温もりがナルに安心感をもたらしてくれる。
『雷電ライトニングボルト!』
雷を池に向かって撃つのは、人を狙って撃つよりもほんの少しだけ…気が楽だった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる