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35・雷魔法

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 空が闇に染まり雷雲が立ち込め始める。漆黒の雲の中ではバリバリと紫電が不気味に蠢くのが見える。

「わ、罠やッ!バルト逃げるで!」
「雷魔法だとっ!?」

 使い手が稀有な『雷魔法』、その威力は一撃で戦局を覆す事すら可能だと言われている。

 だが、無から雷を生み出す事は難しく、一般的には雷雲を呼び出し雷を生成しなくてはならない。その為、魔法の発動時間が長い上に細かい照準は出来ない。主に大規模戦闘に用いられ、小規模な戦闘ではあまり見られる事の無い魔法でもある。

「大丈夫っスよ! 雷は高い所に落ちるって聞いた事があるっス。ここは穴の中だし、伏せてれば直撃は無い筈っス!」
「アホっ!!」

 そう、照準範囲が絞れないならば雷撃の有効範囲を広げてやれば良い。電撃は水を走る!この穴の何処かに一発でも雷撃を落とすだけで…


ーーー全滅やッ!!


「そんな馬鹿なっ!この中にはアイツ筋肉だって居るんだぞ!?」
「チッ、時間が無いっ!おいロッシ、この水を凍らせろっ、足場を固めて穴の外まで走る!」
「そ、それっス!流石バルトっ」

 事態の深刻さに慌てて池から出ようとするバルト達の耳元で不意に低い声が告げる。



「残念…逃がさねぇよ?」



 突如引き摺り倒され水中で腰をガッチリと足でロックされるバルト、その太い両手にはしっかりとロッシの襟首とユーシスの手首が握られていた。

「て、テメェ起きてやがったのか!離せっ!」
「お、お前も逃げないと巻き込まれるっスよ!ここは一先ず協力して…苦っ、苦しいっス!」
「なんだこれっ!ぜんっぜん取れねぇ!?」

「巻き込まれる?…そうかもしれないな。だけどそれはお前達を離してやる理由にはならないわ」

ーーー逃がす訳が無い。

 ここまでが俺とヘルムが練った策だ、最後まで堪能してくれないと困る。

ギリギリと二人を握る手に力が入る。

 空に浮かぶ雷雲の中では、幾つもの紫電が暴れ、交わり、その度に強く太く育ってゆく。まるでそれは狭い暗闇から逃れようともがく龍の様だ。

「アルマァ、何とかしろっ!」
「む、無理や、ゴメンっ」

 焦るバルトを横目に、急いで水から出ようとするアルマの足に何かが絡みつく。アルマはその場に転倒し水浸しになってしまった。

ーーーバシャンッ!

「ウップ、何やこれ! ーーー草っ?」

 見ると水中のあちこちに生えている草の中に輪っか状に縛られている物が混じっている。アルマの足はこの草に引っかかったのだ。


(……これも……罠! いつの間にっ!?)



 『雷電ライトニングボルト!』



ーーー瞬間、全ての景色の色が弾けた。



 一切の影が存在しない純白の世界。バルトも水も木々も空もアルマ自身も、そこに存在した全ての輪郭は閃光によって消し飛んだ。

 結果、ーー「無」ーー 光のみが存在を赦された神の世界。そして一変、即座に続く地獄の咆哮!体がバラバラになったかと思う程の轟音と衝撃!



「かっ……ハッ……」

 アルマの意識はそこで途絶えた。





 ナルは魔法が怖い、人を傷付ける魔法が怖い。あの眩い光も、全ての音を掻き消す轟音も…。
 そう、ナルは自分の雷魔法が一番怖い。

 入団試験で分かった雷系の素質、その報告に家族は凄く喜んだ。貴重な才能、騎士としての入団、これで将来は安泰だと…。
 だけどナルには不安しかなかった。急に貴重な雷魔法が使えると判明した所で、そんな大層な魔法を使いこなせる自信は全く無い。

ーーーそもそもヨイチョと同じハウスキーパー志望で来たのに騎士に? と、とととんでもないもんっ!

 だが、周りの喜び様と半端強引に騎士へと勧誘する試験官の圧に内気なナルが抵抗出来る訳が無く、気付けば流されるまま入団する事になっていた。
 不安に怯えるナルを見兼ねた幼馴染のヨイチョが一緒に入団し、色々と世話を焼く事により雷魔法士として前向きに取り組む様になってきたのは最近の話だ。

 それでも、ヨイチョが居ないとすぐに不安になるし、魔法に関してはまとも発動すら出来ない状態ではある。
 そんな中始まった戦闘訓練、ヨイチョと離れての作戦は今回が初めてだった。ナルの不安通り一人では魔法を発動させる事すら出来ず、その結果ヨイチョはピンチに陥ってしまった。

 早々に作戦が失敗し、ヘルムが怒っているのは自分の所為だと高まる不安と焦燥感にパニくる寸前のナルにあの人は言った。

「ナル!聞けっ、俺はヨイチョ達を助けに行く!ナルにはやってもらいたい事があるんだ!」

 何も出来ないナルに向かって、何かをなどと頼む人は、今ではもう騎士団の中には居ない。

「む、むむむ無理だよぉ、ナルには出来ないもん…」


 大丈夫と肩を叩かれ、ナルがあの人から頼まれた事は二つだけ。

 「足元の草と草を結んで輪っかにする事」
 「ヘルムの合図で塹壕に向かって雷魔法を撃つ事」

「そ、それなら…出来そう…かな? で、でもナルはヨイチョが居ないと魔法が…」

 閃光も轟音も怖いナルが雷魔法を放つ為にはヨイチョのサポートが不可欠なのだ。

「大丈夫、それまでにヨイチョを連れて来るから!」

 その後、無事に合流したジョルクと何やら相談し場所の変更を決めたヘルム。ヨイチョは乾燥ドライを地面に向かって使いジョルクがその場所を竜巻トルネードで掘ってゆく。みるみるうちに大きな楕円の穴が出来あがった。

「この辺りの土は乾燥させると脆くなるんだって、そんな事に気づくなんて凄いよね!」
「そりゃ兄貴だからなっ!」
「ジョルク、穴の底は風撃エアハンマーで固めて下さい。ヨイチョは水をお願いします、膝位迄で良いですよ。あぁ全く時間が足りない、最悪だ…」

 ヨイチョもジョルクもあの人をかなり信用している様に見える、この短時間に一体何があったのだろう?

 ナルも穴の底にある脛すねくらいの高さの草をあの人が言う様に結んで輪っかにする。

(成る程、これで足を引っ掛けるんだ!)

 罠だと理解出来たのは何度も自分か引っ掛かったからだ。ナルは隣り合う2本の草同士を結んで輪っかを作って行った。

 全ての準備が整うと近くの草場に隠れて戦況を見守る。暫くするとあの人がボロボロになりながら必死で走って来るのが見えた。そして後ろから迫る竜巻に巻き込まれながら先程作った池に落ちていった。

「落ちちゃったよっ!? だ、だだだ大丈夫かな?」
「予定通りですよ、それに彼は私に言いました。とね。池に全員が入ったら合図しますからね。タイミングが命なんですから頼みますよ!」


(そうだ、約束通り…あの人はヨイチョを連れて来てくれた!)

「……次は、ナルの番なんだもん!」
「そうだね、彼ならきっと…あっ!?・・・・あ~いや、多分?大丈夫。……思いっきりやろうっ!」
「??」
「さぁ、今ですっ!ほらっ、早くっ!」

 ヘルムの合図を聞き、魔法を落とす池を再度確認する。ナルはギュっと目を瞑り詠唱を始める。そして複雑な詠唱を終えたナルの耳をヨイチョが背後からそっと塞いで魔法を掛ける。

「遮音サイレント」

 ーー何も見えず何も聞こえないーー 

 だがこれで雷が放つ光も轟音もナルを怖がらせる事は無い。そして何より背後で耳を塞ぐヨイチョの温もりがナルに安心感をもたらしてくれる。

 『雷電ライトニングボルト!』

 雷を池に向かって撃つのは、人を狙って撃つよりもほんの少しだけ…気が楽だった。
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