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21・ヘルムの作戦
しおりを挟む腰の高さ程に生い茂る草を右手に持つシールドで押し潰し道を作りながら進む。手間はかかるが手でかき分けながら進むよりは全体の進軍のスピードは速い。
ナルの様な小柄な子は気を抜けば直ぐにはぐれてしまう可能性がある。だが、こうやって一旦道を作って仕舞えば迷う事なく着いて来れる上に体力も温存できる。
まぁ…その分、先頭を行く俺の疲労が半端無いんだけど。俺は魔法が使え無い分を体力でカバーしなきゃならない。
「あはは…噂には聞いてたけど、まさか本当に魔法を使えないとは思わなかったよ」
(噂ってそっちだったか!ツルツルの方じゃなくて良かった~)
俺のすぐ後ろを歩くヨイチョは雑談しながらも捜索魔法で辺りを探っている。ヘルムは普段から人付き合いが無いらしく、俺の噂は全く知らなかった。あんなに盛り上がってた酒場の賭けの話ですら知らないのだから相当付き合いが無いのだろう。
俺なんてウービンさんから「オメェ誰にも負けんじゃねぇぞ!そうしたら俺の一人勝ちだからよぉ!負けたら承知しねぇからな?」って脅されてんだけど…。
「ねぇヨイチョ、ナルはお婆ちゃんに聞いた事あるんだよ?悪い子は神様に魔法を封印されて…そんで、そんで…魔力が体に溜まってバーン!って破裂して死んじゃうんだもん!…カワイソウ」
「お前、魔力量が団長より多いってマジか?その体、魔力溜まってデカくなったのか?いつバーン!ってなるんだ、なぁ?」
「いやいや、これ筋肉だからっ!バーンってならないからっ!…そんなに離れないで?」
その時、突如パンッ!と空に乾いた音が鳴り響いた。と、同時に全員の目線を感じる・・・・別に俺の体が弾けたわけじゃないからこっち見んなっ!
今回の戦闘訓練を指揮する騎士団の一人、火炎魔法士マフティスが空に放ったファイヤーボールが炸裂した音だ。これを合図に一週間の戦闘訓練が始まった。
通常、各分隊は其々の計画したルートを使い早急に拠点への到達を目指す。何故なら「攻者三倍の原則」というものがあり、拠点を攻める場合は敵の三倍の兵力が必要だとされている。それくらい防衛戦は圧倒的に有利だからだ。それに速く拠点に着けばそれだけ拠点の強化や罠を準備する時間が増える。
そんな訳で、装備品を厳選し軽量化、そして最短ルートを考慮しどの分隊よりも速く拠点を占拠するのがこの『名取り』の攻略法であった。
だが、今回の訓練はいつもと違った。
各分隊が取ったルートは、拠点への最短距離では無く索敵を視野に入れた諜報寄りのルートだったのだ。しかも、幾つかの分隊は裏で共闘契約を結ぶ様子も見られる。
別段これは禁止されてる事では無い。計略も戦争においては重要な戦略だからだ。
この現状は彼をダシに『賭け』を始めたウービンの所為である。だが皮肉な事にこの『賭け』のおかげで実践により近い訓練になったのは確かだ。
(明らかにウチ狙いだよね、コレ)
相手の気配を遠くに感じながらヨイチョは静かに魔法を展開する。ヨイチョを中心に小規模の竜巻が発生し周りの草を薙ぎ倒す。そしてそれは半径3mのミステリーサークルを作り出す。
「おぉ!ヨイチョ凄いな、風魔法が得意なんだな」
「あはは、僕が得意なのは掃除魔法さ」
実はヨイチョ、俗に言う『生活魔法』しか使えない。温厚な彼は相手を傷付けるイメージがどうしても出来ず攻撃魔法が上手く使えないのだ。この竜巻を起こす魔法も本来は床の埃を外へと掃き出す掃除魔法である。ちなみに捜索魔法はすぐにはぐれるナルを探す為に覚えたらしい。
ジョルクと俺は出来た円の真ん中の土を長方形に掘り進み簡易的な塹壕を造る。土は柔らかくサクサク掘れる、本来の使い方では無いがシールド大活躍だ!
(ん?これってもしかして…)
うん、思った通りだ。このシールドの両端を持って地面を掘る動作は、お尻と脚を鍛えるケトベルスイングと似ている!ケトベルとは球体の重りに取ってが着いたヤカンっぽい筋トレ器具だ。
日頃の動きに筋トレを組み込む事によってナチュラルに筋肉を鍛える事が出来る。本当はビエル団長みたいに土魔法でグワッって壁を作れたら良いのだけど…こうして仕事に付加価値を与えてやるとキツい雑用も楽しくできるから不思議だ。
最後に塹壕の周りには、草を立てて中が見え辛い様にした。
「ふぅ良い汗かいたっ、風呂入りたい!」
「うーん…風呂は無理だけど、その塹壕に水溜めるくらいは出来るよ?」
プールみたいで気持ち良さそうだな!だけど何時間この中で待機しなきゃならないか分からないから遠慮しておこう。
前の世界の第一次世界大戦時には、湿潤、不潔な環境に足が長時間さらされることで引き起こされる『塹壕足』って病気が流行ったらしいからな。こんなんで足が壊死したとか怖すぎる。
塹壕が出来上がると同時に、捜索魔法で周りを探るヨイチョが敵分隊を感知したみたいだ。
「ん?…これは…ヘルム、君の予想通りだ!早速来たみたいだよっ」
「当然です。ですが予定通りとはいえ最悪ですね…はぁ、貴方達は私の立てた作戦通りに動けば良いのですから気楽なもんですよねぇ」
普段から読書や一人で戦略模擬板ゲームをするのが好きなヘルムは作戦を考えるのが得意な頭脳派である。ただ、その作戦は相性の悪い者同士をペアにするなど、感情を一切考慮しない物が多く成功率は低い。
他者の気持ちが分からないヘルムにとって、それは失敗自分の作戦通りに動かない者の所為であった。計算された最適な作戦を理解出来ない馬鹿な奴等とヘルム自身は鼻で笑っていたが、そんな辛辣な態度を取るヘルムの周りからは人は離れていった。
ヘルムは「人付き合いをする経験が無い為、人の心が分からない」「人の心が分からないから、人付き合いをしない」という悪循環に陥っていた。
そんな若干人間不審のヘルムが立てた作戦は、此方に彼が居る事で他の分隊に狙われる事を想定して考えられたものだ。バランスの悪いこの分隊ではまともに戦っても負けるだけだ。ヘルムはシールドを使いワザと痕跡を強く残す事で敵を即席で作ったこの拠点に誘導、防衛戦に持ち込むつもりだ。
「防衛戦であれば我々にもまだ勝算はありますからね!」
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