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12.魔女アクセリア②

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 アクセリアは、昏々と眠る男のシルバーブロンドを撫でた。

「自分に嫉妬するなんて、可愛い人」

 彼女が愛したグットルム二世と同じ銀髪、浅黒い肌はかつてまみえたときよりも若々しく健康的だ。とはいっても、もう四百年前の話だが。前世のオリヴァと出逢ったのは、彼が亡くなる半年前。長年連れ添った妃を失くし長男に大公位を譲り、病に侵された身体で迎えが来るのを静かに待っていた。
 六百年生きて暇を持て余していたアクセリアは、アルバス大公の城に使用人として雇われていた。魔女が城に潜入するのは、餌になる上質な男を捕まえるためだ。優秀で元気な男の精子ほど、吸収すれば魔力の質も高くなる。若い男を探していた。

 なのに、寝台から庭を見下ろすよぼよぼの老人に、アクセリアの心は一瞬で射抜かれたのだ。アクセリアは様々な手段を使いグットルム二世の世話係の座を射止め、死ぬまでつきっきりで面倒を見た。亡き妃を偲ぶ彼との身体の交流は一切なかったが、毎朝の髭剃りと清拭せいしきは互いにとっては特別な時間だった。

 アクセリアは椅子を壁まで運び、そのうえに登って壁から額縁を外した。厳めしい顔をした老人の肖像画を腕のなかで抱き締めると、当時の思い出が蘇ってくる。

 「『迎えに行く』と言われて、早四百年。遺言状一つで、割に合わない仕事まで押し付けられて、なのにあんたは生まれてから四十年も会いに来なかった。まったく鈍感で薄情な男。――……そこが、またいいんだけど」

 アクセリアは、テーブルの上に額縁を伏せた。片付けるのは明日でいい。オリヴァが好き勝手してくれたおかげで、さすがの大魔女もへとへとに疲れ果てていた。いったん枯渇した魔力が身体に満ちるのには一晩はかかる。回復魔法も使えない今、眠って体力が回復するのを待つしかないのだ。

 遊びの恋は腐るほどしたけれど、本気の相手に抱かれたのは初めてだった。
 身を焦がすような情欲を向けられ激しく突かれ、天にも昇る気持ちにさせられた。首を絞められたときは気持ちよすぎて、もう死んでもいいとすら思えたのだ。

「……痺れた」
 
 思い出して、ほんのりと頬を赤らめる。意外なことに、アクセリアは本命と寝ると、ほかの男とは寝られなくなる性格らしい。彼女はもうオリヴァ以外の男から精力をもらうことはできず、城に囲った従者だんしょうたちに仕事を与えることも出来なくなった。

 魔女は自らの意思により、魔女をやめることができる。しかし、アクセリアはオリヴァが自分なしではいられなくなるまでは、人間になるつもりはなかった。オリヴァと家庭を持ち、同じ時を刻むことができるが、人間はとても無力ですぐに死んでしまう。高い対価を払ったのに、オリヴァに捨てられては元も子もない。一度魔女をやめたら、もう二度と戻れないのだ。

「はやく、わたしに堕ちておくれ。愛しい、愛しいお方」

 ベッドに潜り込んで隣人のぬくみにうとうとしていると、突然背後から抱き締められた。驚いて首を巡らすと、眉間に皺を寄せて何やら呟くオリヴァの寝顔がある。

「お前が……始めたんだ。最後まで……面倒を見るのが筋というものだろ……」

 アクセリアは思いもよらぬ言葉にぱちくりとする。その日は、意外に近くまで来ているかもしれない。千年を生きる魔女は、にっこりと笑った。
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