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7.執事ベレンガー②

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 その夜は珍しく夢を見た。
 まだ日の昇りきらぬ早朝、よれた服を着た若く美しい女性が、木の陰に隠れて教会の扉の方を凝視している。そこには、白い布に包まれた何かが置かれていた。まもなく修道士たちの祈りの時間になり、茶色い修道服を着た男性たちが眠い目をこすりながら出てくる。一人が足元のお包みに気が付き、両手で抱き上げる。それをみたほかの男性たちは何度も辺りを見回し、それが故意に置かれたものであると確信して、慌てて扉の向こうに消えていった。
 その間、若い女性は石のように固まって微動だにしない。扉が閉まりやがて祈りの声が聞こえてきたころ、名残惜し気にその場を離れる。

『幸せになってね、わたしの赤ちゃん』

 彼女は声を殺して泣きながら、いつまでも呟いていた。

 夢は再びオリヴァを別の場面へと誘う。
 老いた自分の身体は急激に怠く脆くなり、今では一日の大半を寝台の上で過ごしている。妻は亡くなり、大公の位は息子に譲った。悔いのない人生を送ったと思っていた。つい、最近までは。

 元気のよいノックのあと、両扉が開かれる。

『おはよう、旦那様。今日はいい天気だよ』

 軽やかな声を聞くと、自分にも力が湧いてくるような気がする。彼女が部屋のカーテンを順に開いていく。満面の笑顔。優しいまなざし。そこには朝日に照らされた、金髪の妖艶な美女が立っていた。

『さあ、髭をそって顔を洗おうか。もっとハンサムになるよ』

 ああ。出来ることならこの笑顔を一日でも長く見ていたい。

 ――私が死んだら、あなたには悲しんでほしくない。あなたにはずっと幸せでいてほしい。そして、いつか生まれ変わったら、私は今度こそ長くあなたと共にありたい。
 
 *

 触手による快楽調教は、突然終わりを告げた。その朝、オリヴァを起こしに来たのは、執事のベレンガーだった。

「アクセリア様は昨晩から魔女集会に出かけて、しばらく戻ってこないんだ。その間、あんたは自由に過ごせるが、この部屋からは出られない。――すまないな」

 そう言って手渡されたのは、カミソリと湯気のあがる洗面器だった。オリヴァは無言で受け取って、約三週間ぶりに自分の髭を自分で剃ることとなった。

「食べられるか?」

 洗面所で用を足して出てくると、ベレンガーがテーブルの上に二人用の朝食を並べていた。焼き立てのパンの香りに、食欲を刺激される。オリヴァが椅子に座ろうとすると、隻眼の執事が頭を抱えた。
 
「ちょっと待て、ちょっと待て。頼むから、俺一人の前では服を着てくれ。お前の大きいのがゆさゆさ揺れると気が散ってしょうがないんだ」
「ああ……」

 服を着ていないことに、いつの間にか慣れてしまった。長年のコンプレックスだったペニスの大きさどころか、ドライオーガズムの瞬間を他人に見られ尽くして、オリヴァの羞恥心は遠く彼方へと消えてしまったのだ。

 ――別に死ぬわけではない。

 いくら悩んでも過去は変わらない。オリヴァは心身ともにタフであった。
 久しぶりに下着を身に着けて窮屈さえ感じていると、ベレンガーが茶色い貫頭衣を持ってきた。

「修道服着るか? 着慣れているから、こっちのほうが落ち着くだろう」
「いや、……別の服をくれ」

 アクセリアによって破戒した今となっては、オリヴァにはこのまま修道士であり続ける選択肢はない。世間が許しても、自分自身の価値観がそれを許さなかった。

 身支度を整えた彼は、ベレンガーと向かい合って食事をとる。こうして食卓に着いて人間らしい姿で食事をとるのも、考えてみれば久しぶりだ。いつもはベッドに裸のまま、手づかみで食べられるものを用意されていた。
 干したタラやエビをトマトソースで煮込んだバカラオに、パンを浸して食べる。口のなかに魚介類特有のうまみと癖のある香草の香りが広がって、得も言われぬ幸せな気持ちになった。一口が大きくなったオリヴァに、ベレンガーがビールを注いでくれる。

「久しぶりだろう、たんと飲めよ」
「悪いな、ベレンガー」
「なんてことない。アクセリア様に頼まれたからな。……あんただって、たまには人間に戻りたいだろ」
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