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第二十一話 「あんたはラウリの前から消えな」

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 翌々日は珍しくラウリが休暇をとって、どこへも出かけず家で寛いでいる。アンニーナは彼と一緒にいられるのが嬉しかった。結婚記念日こそ一緒に祝えなかったものの、最近妻として気を使われているのは錯覚ではなかったのだ。夜の営みはここに越してからぱったりと途絶えたが、その分ラウリはお互いの寒さをしのぐように毎晩抱きしめて寝てくれるので、心は満たされている。
 アンニーナは夕飯も腕によりをかけて作ろうと意気込んでいた。昨日買い忘れたハーブを買いに行ったその帰りのことだった。

「あら、ラウリの奥様じゃないですか?」

 いきなり飛び込んできた女性の声に、まさかと振り返る。ここにいるはずのない王都の果物屋のリーアだった。以前よりやつれた感はあるものの、アンニーナを見る視線には嘲笑と敵対心が込められていた。

「どうして、あなたがここに?」

 挨拶の前に、疑問を口にしていた。ある可能性を感じて、急に怖くなってきた。

「お久しぶりですね。奥様の印象が変わったので、一瞬わからなかったです」
「お久しぶり、です」

 リーアに渡された腐った葡萄と蛆虫の入った紙袋がフラッシュバックして、心臓がバクバクする。アンニーナは抱えていたカバンをぎゅっと抱きしめた。その怯えこそが相手の加虐心をよりあおっているとは、気が付かない彼女である。

「その程度で、ラウリを自分のものにしたつもりでいるんですか?」
「え……?」

 リーアは鼻で笑った。
 
「知ってます? ラウリは、おとといの晩わたしと食事したんですよ? とーっても楽しかったです」
「嘘……そんなはずないです、あの人仕事だって……」

 恐れていたことを口にされ、動揺が止まらない。背の高いリーアに一歩迫られ、見下ろされる。アンニーナはじりじりと後ろに下がった。

「へえ! あなたには仕事だって言ったの? 誤魔化すなんて、ちょっとはあなたのこと意識してるのかしら? でもね、わたしたち居酒屋で向かい合ってお酒を飲んだわよ。彼タバコを吸って……ああ、あなたの前では吸えないって前ぼやいていたわね。可哀そう」
「信じられない。だって……一昨日は結婚記念日だったのに……」

 すると、リーアは大きな声で笑いだした。それから勢いづいたように語りだす。
 
「結婚記念日に違う女と食事したの? なんだ、やっぱり、あなた愛されてないじゃない。彼ね、あなたといるのが退屈だって、早く王都に帰りたいって。わたしとの食事をすごく喜んでくれたの」

 震えるアンニーナにはもはや何も言えなかった。

「ラウリ、本当に可哀そう。彼、あなたとは結婚したくなかったのに」

 そして何を思ったか、アンニーナの襟元をぐいっと掴むと、血走った目で口元を醜く歪める。
 
「あんたは、ラウリの前から消えな。目障りなんだよ」

 放り捨てるように手を離すと、舌打ちしながら去って行った。アンニーナはショックで、その場に座り込んでしまった。

「アンニーナちゃん、大丈夫?」
「どうしたんだい? あのお姉ちゃんに何か言われたのかい?」

 近くの出店の売り子たちがアンニーナのところにやってきて、立ちあがらせてくれる。しかし、アンニーナはろくにお礼も言えなかった。何故なら、思いもよらぬ感情が沸き上がってきたから。彼女は日々をつつがなく暮らすため、強い感情は自らの水底に深く沈めてきた。だが、リーアが投げ込んだ石はその水底に溜まったものを掻きまわし、一気に水面まで押し出してしまう。

「ひどい、こんなの、許せない……っ」

 アンニーナがこの時抱いた感情は、ラウリへの憎しみに他ならなかった。
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