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第九話 「お久しぶりです、閣下」
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ラウリが余計な心配をしているうちに、目的の部屋に辿り着いたようだ。
「失礼します、閣下。パヤソン補佐官とその奥方をお連れしました」
執事が大きな両扉をノックすると、中から「どうぞ」と若く闊達な声が響く。
「よく来てくれました。パヤソン補佐官。長旅お疲れ様です」
自分たちより一月前についたばかりのエサイアスが、はるか昔からの城主のように悠然と迎えた。
「こちらこそ、お待たせして申し訳ありません。お久しぶりです、閣下」
最後にみたのはエサイアスが六歳の時だから、十四年ぶりだ。すっかり大人の顔をしている。髪と目の色はともかく、ジュリアンやウーノとはあまり似ていなかった。
――どちらかというと。
ラウリは自分の中に浮かんできた考えに、奥歯を噛みしめる。
「あっ、あのときの……」
そのとき、隣にいたアンニーナが何故か声をあげた。エサイアスは貴族然とした表情を崩して、二十歳の青年らしい面映ゆい笑みを浮かべる。
「また、お会いしましたね。ご夫人」
「はい。その節はありがとうございました」
馬車の旅で疲れ切っていたはずのアンニーナの声も、一オクターブ高くなった。互いに面識があったとは知らず、ラウリは首を傾げる。
「閣下と知り合いなのか?」
「一度、公園で助けていただいたんです」
瞳を輝かせ、顔を上気させた妻。いつも陰気な顔をしているので、変化が分かりやすい。ラウリには見せたことがない顔だが、今は別のことが気になった。
「助けた? なにからだ?」
「あの、その……」
今度は蒼白になり言葉を詰まらせる彼女を引き継いで、エサイアスがことの詳細を明らかにする。
「王都のハーバラ地区の公園で夫人が暴漢たちに絡まれていたので、僕が片付けたんです。見た目ばかりで大したことなくて助かりましたよ」
ラウリのなかでウーノの言葉が蘇る。
『最近あのあたりで起きていた連続強姦殺人の犯人だったんだ。捕まってよかったよ』
――なんだと!
強姦殺人鬼どもに誘拐されかけた女は、自分の妻だった。ウーノがアンニーナも連れて行けと言った理由をようやく理解したラウリだった。ラウリとアンニーナが普通の夫婦関係にあったなら、その晩のうちにラウリの耳に入っただろう。アンニーナは自分が殺されかけたことを、マルヤにすら話していなかったのだ。
エサイアスがいなかったら、今頃妻の命はなかったかもしれない。ラウリの喉奥から不快感がこみあげてきた。それを押し殺して、ポーカーフェイスを保った。
「それはお世話を掛けました」
「どういたしまして。僕もご夫人を屋敷まで送る栄誉を頂きました。貸し借りなしですよ」
八歳年下の主の笑顔がはじける。ウーノの弟だけあって、表情の作り方が似ていた。中身まで似ているのかはまだわからない。ラウリは失礼のないよう、口角をあげてみせた。
「妻の恩人なら、ことさら誠意をもってお仕えしなくてはなりませんね」
「心強い言葉ですね。何しろ僕は俗世に還って来たばかりの雛も同然、これからはパヤソン補佐官が頼りです。女王陛下からお話を頂いたときは不安でいっぱいでしたが、これでどうにか務めを果たせそうです」
悠然とした態度でどこが不安でいっぱいなのかと突っ込みたいが、相手は高位貴族。先方の出方が分かるまで、慎重に接しなければならない。ラウリは行儀良く、新しい主君に礼をとった。最初の腹の探り合いは終わった。
――それにしても、この女は。
「失礼します、閣下。パヤソン補佐官とその奥方をお連れしました」
執事が大きな両扉をノックすると、中から「どうぞ」と若く闊達な声が響く。
「よく来てくれました。パヤソン補佐官。長旅お疲れ様です」
自分たちより一月前についたばかりのエサイアスが、はるか昔からの城主のように悠然と迎えた。
「こちらこそ、お待たせして申し訳ありません。お久しぶりです、閣下」
最後にみたのはエサイアスが六歳の時だから、十四年ぶりだ。すっかり大人の顔をしている。髪と目の色はともかく、ジュリアンやウーノとはあまり似ていなかった。
――どちらかというと。
ラウリは自分の中に浮かんできた考えに、奥歯を噛みしめる。
「あっ、あのときの……」
そのとき、隣にいたアンニーナが何故か声をあげた。エサイアスは貴族然とした表情を崩して、二十歳の青年らしい面映ゆい笑みを浮かべる。
「また、お会いしましたね。ご夫人」
「はい。その節はありがとうございました」
馬車の旅で疲れ切っていたはずのアンニーナの声も、一オクターブ高くなった。互いに面識があったとは知らず、ラウリは首を傾げる。
「閣下と知り合いなのか?」
「一度、公園で助けていただいたんです」
瞳を輝かせ、顔を上気させた妻。いつも陰気な顔をしているので、変化が分かりやすい。ラウリには見せたことがない顔だが、今は別のことが気になった。
「助けた? なにからだ?」
「あの、その……」
今度は蒼白になり言葉を詰まらせる彼女を引き継いで、エサイアスがことの詳細を明らかにする。
「王都のハーバラ地区の公園で夫人が暴漢たちに絡まれていたので、僕が片付けたんです。見た目ばかりで大したことなくて助かりましたよ」
ラウリのなかでウーノの言葉が蘇る。
『最近あのあたりで起きていた連続強姦殺人の犯人だったんだ。捕まってよかったよ』
――なんだと!
強姦殺人鬼どもに誘拐されかけた女は、自分の妻だった。ウーノがアンニーナも連れて行けと言った理由をようやく理解したラウリだった。ラウリとアンニーナが普通の夫婦関係にあったなら、その晩のうちにラウリの耳に入っただろう。アンニーナは自分が殺されかけたことを、マルヤにすら話していなかったのだ。
エサイアスがいなかったら、今頃妻の命はなかったかもしれない。ラウリの喉奥から不快感がこみあげてきた。それを押し殺して、ポーカーフェイスを保った。
「それはお世話を掛けました」
「どういたしまして。僕もご夫人を屋敷まで送る栄誉を頂きました。貸し借りなしですよ」
八歳年下の主の笑顔がはじける。ウーノの弟だけあって、表情の作り方が似ていた。中身まで似ているのかはまだわからない。ラウリは失礼のないよう、口角をあげてみせた。
「妻の恩人なら、ことさら誠意をもってお仕えしなくてはなりませんね」
「心強い言葉ですね。何しろ僕は俗世に還って来たばかりの雛も同然、これからはパヤソン補佐官が頼りです。女王陛下からお話を頂いたときは不安でいっぱいでしたが、これでどうにか務めを果たせそうです」
悠然とした態度でどこが不安でいっぱいなのかと突っ込みたいが、相手は高位貴族。先方の出方が分かるまで、慎重に接しなければならない。ラウリは行儀良く、新しい主君に礼をとった。最初の腹の探り合いは終わった。
――それにしても、この女は。
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