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第四話 童話のなかから抜け出してきた王子様みたい。
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「あ、あの……いえ。大丈夫です。これ以上ご迷惑をおかけできませんし、それに……すぐそばですから」
ここから屋敷まで、歩いて三十分と言ったところか。
――男の人たちに声を掛けられるなんてめったにないことだし、速足で帰れば大丈夫じゃないかしら? でも、さっきの人たちがまた戻ってきたら……?
彼女が一人真剣に思い詰めていると、青年は形の良い下唇を噛んだ。
「やはり送っていきます。あなたの身が安全でないことには僕が安心できませんので。ご自宅はどちらですか?」
「シンナ地区です。……ありがとうございます。その……お願いします」
ここはどう考えても、青年の厚意にあずかった方がいい。アンニーナが立ちあがると、青年は彼女より頭一つ分高かった。
「どうぞ、エスコートさせてください。レディ」
「すみません」
差し出された左腕に、遠慮気味に自分の右手を絡ませる。まるで貴族の令嬢のような扱いに、ドキドキしてしまう。青年の腕は見た目の線の細さに反してジャケットのうえから分かるぐらい硬く張りがあった。そうでなくては、三人の巨漢相手にあんな立ち回りはできないだろう。
公園を出て、賑わしい下町を抜ける。すれ違う人々が青年の美貌に目を見張り、隣のアンニーナをみて微妙な顔をする。おそらく二人の関係を兄妹か親戚か、いぶかしんでいるのだろう。アンニーナはそう理解した。
富裕層が住む閑静な住宅街に入ると、アンニーナの口から安堵のため息がこぼれた。ここは住民以外ほとんど出入りすることがない、みんな顔見知りだ。
黒色の屋根の大きなログハウス。煉瓦積みの煙突が何本か覗いている。ここは王配のウーノが女王に婿入りした際、同行したラウリが警ら隊に入ってから購入した家だ。同居していたラウリの祖母はアンニーナが来てからほどなく温泉地へ静養に出た。
「ここです。送っていただいてありがとうございます」
青年は表札を見てから、アンニーナの顔をまじまじと見下ろした。
「警ら隊のラウリ・パヤソン中隊長の奥方の、アンニーナ夫人でしたか」
「は……はい。あの……」
アンニーナ夫人とは言われたこともなくて、全然それにふさわしくない自分の姿に気後れしてしまう。
――おどおどしちゃだめよ。普通にしてなきゃ。
青年はにっこりと笑った。まるで天使が微笑みかけてくるようである。
「偶然の出来事に驚いただけです」
「あの……」
「なんでしょう?」
どんよりとした天気なのに、その人のまわりだけ輝いて見える。アンニーナはもう少しこの人と一緒にいたかった。
「助けていただいたし、お茶でもいかがでしょう? お時間があればですけれど……」
「ご主人はお留守ですか?」
「主人は仕事に行っていますが」
それで間違いないだろう。今は日勤の筈だし、平日の昼間から愛人宅とは想像したくない。
「ご主人の許可なくお邪魔はできませんね。次の機会にまた誘ってください」
そのとき、アンニーナは彼に似ている人を唐突に思い出した。二年前にラウリとの結婚式に招待され、今でもたまにふらりと屋敷を訪れてマルヤと会話し、アンニーナまで気にかけてくれる。
「王配殿下の御親族の方でしょうか……?」
「どうして、そう思われたのですか?」
「その、……面差しが、殿下によく似ているように感じたので」
青年は、青い瞳を丸くした。不意を突かれた表情が意外にも若く見えて、もしかしたらアンニーナより年下なのではないかとさえ感じる。
「面白い方ですね、アンニーナさんは。またお会いできるのを楽しみにしていますよ。それでは夫人」
「はい、ありがとうございました。また、どこかで……」
アンニーナは青年の優美な後姿を名残惜し気に見つめていた。
――素敵な人。童話のなかから抜け出してきた王子様みたい。
散々な日だったけれど、おかげで最後に良いものが拝めた。心がぬくぬくとして胸の奥がキュンッとする。
――どこかでまた会えるかしら?
ここから屋敷まで、歩いて三十分と言ったところか。
――男の人たちに声を掛けられるなんてめったにないことだし、速足で帰れば大丈夫じゃないかしら? でも、さっきの人たちがまた戻ってきたら……?
彼女が一人真剣に思い詰めていると、青年は形の良い下唇を噛んだ。
「やはり送っていきます。あなたの身が安全でないことには僕が安心できませんので。ご自宅はどちらですか?」
「シンナ地区です。……ありがとうございます。その……お願いします」
ここはどう考えても、青年の厚意にあずかった方がいい。アンニーナが立ちあがると、青年は彼女より頭一つ分高かった。
「どうぞ、エスコートさせてください。レディ」
「すみません」
差し出された左腕に、遠慮気味に自分の右手を絡ませる。まるで貴族の令嬢のような扱いに、ドキドキしてしまう。青年の腕は見た目の線の細さに反してジャケットのうえから分かるぐらい硬く張りがあった。そうでなくては、三人の巨漢相手にあんな立ち回りはできないだろう。
公園を出て、賑わしい下町を抜ける。すれ違う人々が青年の美貌に目を見張り、隣のアンニーナをみて微妙な顔をする。おそらく二人の関係を兄妹か親戚か、いぶかしんでいるのだろう。アンニーナはそう理解した。
富裕層が住む閑静な住宅街に入ると、アンニーナの口から安堵のため息がこぼれた。ここは住民以外ほとんど出入りすることがない、みんな顔見知りだ。
黒色の屋根の大きなログハウス。煉瓦積みの煙突が何本か覗いている。ここは王配のウーノが女王に婿入りした際、同行したラウリが警ら隊に入ってから購入した家だ。同居していたラウリの祖母はアンニーナが来てからほどなく温泉地へ静養に出た。
「ここです。送っていただいてありがとうございます」
青年は表札を見てから、アンニーナの顔をまじまじと見下ろした。
「警ら隊のラウリ・パヤソン中隊長の奥方の、アンニーナ夫人でしたか」
「は……はい。あの……」
アンニーナ夫人とは言われたこともなくて、全然それにふさわしくない自分の姿に気後れしてしまう。
――おどおどしちゃだめよ。普通にしてなきゃ。
青年はにっこりと笑った。まるで天使が微笑みかけてくるようである。
「偶然の出来事に驚いただけです」
「あの……」
「なんでしょう?」
どんよりとした天気なのに、その人のまわりだけ輝いて見える。アンニーナはもう少しこの人と一緒にいたかった。
「助けていただいたし、お茶でもいかがでしょう? お時間があればですけれど……」
「ご主人はお留守ですか?」
「主人は仕事に行っていますが」
それで間違いないだろう。今は日勤の筈だし、平日の昼間から愛人宅とは想像したくない。
「ご主人の許可なくお邪魔はできませんね。次の機会にまた誘ってください」
そのとき、アンニーナは彼に似ている人を唐突に思い出した。二年前にラウリとの結婚式に招待され、今でもたまにふらりと屋敷を訪れてマルヤと会話し、アンニーナまで気にかけてくれる。
「王配殿下の御親族の方でしょうか……?」
「どうして、そう思われたのですか?」
「その、……面差しが、殿下によく似ているように感じたので」
青年は、青い瞳を丸くした。不意を突かれた表情が意外にも若く見えて、もしかしたらアンニーナより年下なのではないかとさえ感じる。
「面白い方ですね、アンニーナさんは。またお会いできるのを楽しみにしていますよ。それでは夫人」
「はい、ありがとうございました。また、どこかで……」
アンニーナは青年の優美な後姿を名残惜し気に見つめていた。
――素敵な人。童話のなかから抜け出してきた王子様みたい。
散々な日だったけれど、おかげで最後に良いものが拝めた。心がぬくぬくとして胸の奥がキュンッとする。
――どこかでまた会えるかしら?
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