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第二章

49.むしろ(2)

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言われたとおり『しばし休んだ』ら、もう昼近くなっていた。最近は、乾清チェンチン宮の主である賢宝シアンバオより、滞在時間の長い千花チェンファだった。

「陛下はとっくに怒っていらっしゃらなかったのに、どうして、みなさんになかなか、お声をかけなかったのかしら?」

 千花チェンファの話を聞きながら、チャオ女官は主人の裙子スカートの帯を調節する。膨らみかけている腹を締めつけることなく美しく着つけるのは、ベテラン女官の腕の見せ所だ。実の所、乾清チェンチン宮から永華ヨンファ宮まで帰るためだけの装いだが、人の目に留まる以上寵姫の貫禄を見せねばならない。嬬裙は紅味を帯びた深い赤色の生地に、ザクロの実の刺繍が施された贅沢な作りだ。

「それは、安嬪様のためでございますよ」
「わたしのためですか?」
「はい。陛下のお怒りが長ければ長いほど、側室さま方はそれをなだめた安嬪様に恩を感じます。そうなれば、安嬪様がいずれ皇后さまになられたときに、後宮が治めやすくなるはずです。陛下は、そこまで考えていらっしゃるのですよ」

 千花チェンファは驚きに眼を見ひらく。彼女自身は入内、妊娠と一つずつ受け入れるのがやっとだったが、後宮の事情は相変わらず目まぐるしかった。髪型を整えると椅子に座らされ、白粉おしろいをはたかれる。眉を描いたり、紅を塗ったりと手際よく仕上がっていく。
 彼女はとんでもない、と鏡の向こうのチャオ女官に小さく手を振ってみせた。

「わたしに、皇后さまのような大任を果たせるわけがありません。それに、シエ皇后さまが既にいらっしゃるではないですか?」

 あとは千花チェンファ本人が真珠の耳飾りを付ければ、後宮で一番の権勢を誇る寵妃・ヨン安嬪の出来上がりだ。

「お妃さま方の地位は、暫定的なものです。安嬪あんぴん様がいらっしゃるまでは、正室さまも側室さまもほとんど全員横並びでしたよ。御子をお産みになられた方が皇后の椅子に座られるのは、みなさま最初からご承知です」
「では、シエ皇后さまはどうなるのですか?」

 チャオ女官は、眉根を寄せた。事情通の女官にも分からぬことがあるようだ。

「そこまでは、わたしにも……。しかし、今回の件でワン貴妃様が退かれれば、一つくり下がってシエ皇貴妃さまになられるのではないでしょうか?」 

 千花チェンファが口を開こうとしたとき、繋ぎの侍女が口上をあげる。

「皇太后さまが、ヨン安嬪様を昼餉ひるげにお誘いです。折り入って大事なお話があると、伝言をたまわっております」

 突然の誘いに、千花チェンファチャオ女官が顔を見合わせた。
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