あやめ祭り~再び逢うことが叶うなら~

柿崎まつる

文字の大きさ
上 下
19 / 86
第二章

19.山クルミ(1)

しおりを挟む
 果たして、少年皇帝は二日後にやって来た。

「昨日来たかったのだが、急な執務があって抜けだせなかったのだ。これを」
「まぁ、ありがとうございます。千花チェンファ、おねがいね」
「がとかったんやけん」

 宮女がお菓子の包みをもって、備えつけの厨房に消えていく。差しいれなど初めてで、そのうえ次の訪問まで一ヶ月はかかると思っていた溪蓀シースンは正直驚きをかくせなかった。
 賢宝シアンバオの本日の行動は少々不自然といえた。庭のながめがよく見える椅子にも座らずそわそわして、何度も龍袍の脇に両手をこすりつけている。一国の主も手汗が気になるようだ。

――陛下が緊張していらっしゃるの?

 真相はすぐに判明した。何故なら、賢宝シアンバオの目はずっと厨房に向けられていたのだ。彼は側室の無言の問いにさらに居心地を悪くして、聞かれもしないのに包みの中身を白状する。

「山クルミだ」

 山クルミは宮女の生まれ故郷の特産品。やがて、ナッツを皿に盛りつけた千花チェンファ卓子テーブルに近づいてくる。賢宝シアンバオは結局椅子に座ることなく、彼女に話しかけた。

千花チェンファ、庭へ出て花を観ないか?」

 当然ながら、宮女はすぐに混乱の極みに到達する。
 
「え!? うちやか? なして、うちの?」
「ご一緒して、千花チェンファ。せっかくのお誘いよ。わたしがここから見ているから大丈夫」
「わたしも見ております。お二人でいってらっしゃい」

 少年のように高く澄んだ声に振り返ると、ディン内侍だった。溪蓀シースンは、彼のことばを初めて聞いたかもしれない。彼は見返した主君にうなずくと、再び口をとざす。

「足もとに気をつけて。ここのアヤメはことのほか綺麗に咲くらしい。母上は毎年楽しみにしていた」
「こ……皇太后さまはこん宮にお住まいやったと?」
「そうだ」

 溪蓀シースンは龍袍の少年と襖裙の少女の会話をほほえましく聞きながら、剣柄に右手をそえ仁王立ちする宦官に声をかける。護衛官というだけあって、背は高く姿勢がいい。  

「お座りになりませんか?」
「いいえ。仕事中ですから」
「一人よりふたりで呑むお茶のほうが、おいしいのですよ」
「……では、一杯だけ」

 ディン内侍は日頃皇帝に影のように従っているのでわかりにくいが、一部では性別を超越した美しさをもつとうわさになっている。うるわしい少年皇帝とふたりそろうと神仙の世界を切りとった絵画にしか見えない、龍とおおとりの演武のよう、と後宮では熱い視線と歓声でもってむかえられていた。

 彼はまえを向いたまま、菊花きっか茶を口にふくむ。『おいしい』と素朴な感想が聞こえてきて、溪蓀シースンはほほえんだ。護衛官は空になった湯呑を彼女に返すと、ぼそりと胸中を吐露し始める。

ホワン恵嬪様にだけお話しますが、陛下にはいささかお悩みがありまして」
「お元気がありませんわね。昨日からわたしもずっと気になっておりました」

 深いため息をこぼす護衛官は、我がことのように主君を案じていた。切れ長の美しい瞳が閉じられる。

「実はこの一カ月、お妃さま方へのお渡りの時間が極端に短くなっています。早い時では五分もかからず部屋をおでになります。幼い頃に浄身した拙には分かりかねますが、陛下曰く……『勃たない』と」
「まあ。……それはわたしにも分かりませんわね」

 生真面目な相手のことばに、つい笑みがこぼれる。賢宝シアンバオの愚痴は内侍相手にこぼす類のものではないが、ディン内侍は一緒になって気をもんでいるようだ。宦官の年齢は一見して分かりにくいが、自分より二、三は下なのかな、と今更思う溪蓀シースンであった。

「では、お話相手のホワン恵嬪様はどうかという話がもちあがりましたが、陛下は『余が息をつく場も奪うのか』とそれはもう激怒されました。それゆえ、内侍省からまた余計な声があがらぬようにと、しばらくこちらへの訪問をひかえていらっしゃったのです」
「そんなことがあったのですね」

 先週、幾人かの妃たちとお茶を飲んだが、そんな話題は出なかった。せっかくお渡りがあったのに、当の皇帝がすぐに帰ってしまったとはなかなか口にはだしにくいのだろう。溪蓀シースンはことばを選びながら、ゆっくりと核心に触れる。

「わたしの宮女が陛下の憂いを晴らすのなら、こんなに喜ばしいことはありません。……ただ千花チェンファにそれを受けいれる意思があるか聞いてみませんと」

 皇帝の寵愛を受けいれることは、一般の男女関係と同じではない。他の妃たちと肩をならべ、夫を共有し一生後宮から離れることができないのだ。しかし、宮女には年季明けがあり、もし千花チェンファの故郷に将来を約束した相手がいたならば、いくら相手が皇帝でも無理強いはよくない。

千花チェンファ殿の意思ですか?」

 ディン内侍には意外な台詞だったとみえ、頭をひねっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...