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64.バーソロミューの愛①
しおりを挟む「わたしは、琥珀色が嫌いなの」
彼女は、薬の扱いに長けていた。バロモンテの王宮の一室で、毎朝手製の目薬をバーソロミューの瞳に差して、青く染まった息子の双眸に微笑む。
「これで良し、と。お母様はバルのことが大好きよ」
ぎゅっと抱きしめられて、頭を撫でられた。バーソロミューは幸せな気持ちに満ち溢れて、いい香りのする母親にしがみつく。
国王の二番目の側室になるまえの記憶を全て失くした、出自のわからぬ女性。侍女や侍従がそう話しているのを聞いたけれど、バーソロミューは知っている。母は誰よりも教養豊かで、上品で、誇り高く、美しい。
あるとき、幼いバーソロミューが王宮の庭で遊んでいると、何かが手にまとわりついてくるような感触を覚えた。目に見えぬ生き物が喜びの歌を唄い、彼は全身の細胞という細胞が呼応して踊りだしたい衝動にかられたのだ。
何でも叶いそうな気持ちになって、試しに『石を宙に浮かせてください』とそれにお願いしてみる。
「お母さま! 見て、見て! 僕もアリスみたいなこと、できるようになったよ!」
精霊に愛されるルワンド王国の王女アリスは、水の精霊魔法を使い、バーソロミューに何度も水芸を見せてくれた。宙に大量の水を躍らせ、立体的な動物を形作る。会うのはせいぜい半年に一度だが、行くたびに動物がより生き生きとなるのがわかった。バーソロミューは、それが羨ましくてならないのだ。自分のほうが三歳も年上なのに。
――背はあっちの方が高いけれど、絶対僕の方がお兄ちゃんだ。
年の離れた腹違いの兄たちやその母たちからは、精霊魔法はルワンド王国の貴族だけに許された恩寵だから、バーソロミューには無理だと諭された。
母は難しい本をめくる手を止めて立ちあがり、浮いたままの拳大の石を驚くことなく見つめていた。
「まあ。ルワンドから、連れてきてしまったのかしら? ……きっと、あの女に憑いていた精霊ね。バルのでなければ、消し炭にしてやるのに」
その時浮かべた本気で嫌そうな表情が、今でもバーソロミューの記憶に残っている。母は浮世離れして感情をあらわにせず、王宮でも贅沢や権力、果ては国王の愛情さえも求めず、ただ日々をバルが読めない難しい書物を読むことに費やしていたから。
母は中腰になると、彼の両手を包んだ。澄んだ水色の瞳が、バーソロミューを厳しく見つめている。
「バル。決して、その力を人前で見せてはだめよ」
「どうして? みんな僕には魔法は無理って決めつけてたんだ。お兄様たちにだけは話したいよ。僕、見返してやりたい!」
「どうしてもよ。この国の人は魔法を恐れるし、あなたが魔法を使えるとルワンド王国に知られてしまうと、罪に問われる人がいるの。その人は、わたしにとってとても大切なのよ、迷惑をかけたくないの。わかってちょうだい」
「アリスにも、見せちゃダメなの?」
「それは一番よくないことよ。ルワンド王国でも、絶対に魔法を使ってはいけないわ」
母親の言葉に、バルは頬を膨らませてそっぽを向く。母が何を言っているかよくわからなかったし、母にとって大切な存在が自分以外に存在するのが嫌だった。
母親はなおも、バーソロミューに言い聞かせる。
「聞いて。あなたが精霊魔法を使えるのは、お母様がルワンドの貴族だからよ。お母様はそれを隠したいの。あなたも協力してちょうだい。お願い、分かって?」
「分かったよ、お母さま。……誰にも言わないよ」
母親の追い詰められたような表情に、バルは突然頷かなければいけない圧を感じた。
「そう。ありがとう、バル。愛しているわ」
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