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42.警ら隊②

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 バートランド卿も面食らっている。
 蹴られた拍子に頭巾の男も目を覚ましたようだ。騎士の一人が男を抑え込んで魔道具の手錠をかける。それはどんな魔法も使えなくなるうえに、ハメられたものはその手錠が何トンの重さにも感じるという代物だった。
 火傷や刃傷を負った男たちも、同じように拘束される。彼らの狙いはグレードサラマンダーのアンバーだ。手慣れた動作から、常習性がうかがえた。

「幻獣の密猟をするなんて、バカげた貴族もいたもんだ。顔を見せてくれ、色男さんよ」
 
 膝をついて頭巾をめくったバードランド卿だが、次の瞬間素っ頓狂な声を上げる。

「エ……エアロン卿!?」
 
 ブラウンの髪に茶色の瞳をした、彫りの深い顔が現れた。歳は三十代ぐらい、今は目の下にクマを作ってやつれ切っているが、もとは美丈夫だったはずだ。わたしも驚きのあまり、開いた口がふさがらなかった。

 エアロンはその名で呼ばれたことを恥とばかりに、歯ぎしりした。エアロン・オブ・ウィントレッド。確か何か不祥事を起こして陛下の怒りを買い、ウィントレッド家の当主の座を弟に譲らされたはず。

 ――そもそも、どうして陛下の怒りを買ったんだっけ?

 わたしの疑問に答えたのは、当のエアロンだった。

「おのれ、グラシアン・オブ・カニア! おまえのせいで、わたしは当主の座を追われたんだ! 決して許さんからな!」
 
 グラシアンは鼻で笑う。道端のゴミでも見るような表情に、わたしを除いた全員がギョッとした。無理もない。『世紀の人格者』はそんなことをしない。

「俺が、おまえに隠し子を作れと言ったか? それを隠したまま、王太女殿下の婿候補にあがれと言ったのか?」
「そんなこと、お前には関係ないだろう!」

 エアロン卿は気色ばんだ。
 
「だったら、俺のせいじゃない。俺は陛下に真実を申し上げただけだ。それとも、王女殿下と結婚後に隠し子の存在がバレても良かったのか? 陛下は手段を選ばない方だ。隠し子を最初からなかったことにするかもしれないぞ。未然に防いで、俺は感謝されてもいいくらいだろ」

 わたしは内心絶叫する。

 ――エアロン卿がわたしの婚約者候補だったって言うの? まさか初めて聞いたわ。てっきり、最初からグラシアンだけかと思っていたのに。

「幻獣殺しは大罪だ。過去にはそれで死刑になった例もある。覚悟するんだな」
「くそ……っ」
「バートランド卿、あとはよろしくお願いします」
「お、おぅ。たしか、まだ休暇中だったな。良い祭りを」

 会釈してその場を離れようとするグラシアンに、一人の騎士が声をかけた。
 
「副団長、その子は誰です? たしか、妹さんはいらっしゃらないはずですよね?」

 当たり前といえば、当たり前だった。わたしはグラシアンに横抱きされたままで、騎士たちの視線が痛い。

「この娘は俺の専属メイドの、キャロルだ。今はな」

 日頃の彼らしからぬ行いに、騎士たちは信じられないとばかりに目を合わせる。
 
 ――ご、誤解を生みそう……!

 だが、それも今晩で終わりだ。明日から王太女アリスに戻るので、今のわたしは幻だと思って忘れてほしい。

「こ、こんばんは。お勤めご苦労様です。……キャ、キャロル・フォックスです」
 
 当然ながら、わたしの挨拶に応える人間はいなかった。

「え? 王太女殿下がいらっしゃるのに、堂々と別の女?」

 騎士の一人の軽蔑すら籠った言葉をわたしは聞き逃さなかった。すると、グラシアンの圧を感じたバートランド卿が発言した者の口を塞いだのだ。

「こら、おまえ! すまん、グラシアン卿! こいつは、王太女殿下のファンなんだ。俺から叱っておくんで、今回は見逃してくれっ!」

 騎士は、自分の口を覆う手を何とか離す。
 
「隊長! 俺は、正直に……っ」
「シィ、黙っとけよ」

 グラシアンは警ら隊のやりとりにすぐに興味を無くして、広場に背を向けた。

「いくぞ」
「はっ……はい」

 わたしはグラシアンの肩越しに会釈をする。皆一様にあっけにとられた顔をしていた。
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