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33.メイドの片思い(エイミー視点)①

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 エイミー・ラザロスは気づいたことを記録するのがとにかく好きで、昆虫や花の観察に始まり学校の先生の口癖やクラスメイトの 習慣をいつもノートに書きこんでいた。観察と記録、エイミーの九十パーセントはこれで出来ている。
 彼女が初等教育を終えると、親のお得意様のつてでカニア侯爵邸にメイドとして就職することとなった。彼女の生家は金物屋を営んでおり貧しくはないが、エイミーには兄三人姉二人、そして弟二人と妹一人となにしろ兄弟が多かった。

「もしかして、お嬢さんは今日から我が家で働くエイミー・ラザロスさんですか?」
 
 大きな屋敷の門の前で一人ウロウロするエイミーに、その人は馬上から優しく声をかけた。凛としたテノール。紅い瞳が冴える凛々しい顔立ち、貴族の特有の優雅な雰囲気。上背のある強靭な肉体。人を選ばない誠実な態度。
 
 ――ひゃおっ! 生身の『白馬の王子様』だ!

 エイミーは地球の裏側を覗く勢いで、頭を下げる。
 
「そ、そうです! ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
「元気でいいですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
 
 その笑顔は見たことがないくらい美しく、エイミーは秒で恋に落ちた。言うまでもない、当時二十二歳のグラシアンにだ。
 それからというもの、彼女はメモ魔の特技を発揮してお屋敷の次男坊様を観察しまくることとなる。嗜好品、本人も意識していない癖、無意識に目で追ってしまうもの。いつしか、集めた情報を記した手帳を眺めるのがエイミーの日課になっていた。もう立派に、一人前のストーカーである。
 
『ニンジンを前にすると三秒かたまる。豚肉は単品で行けるが、鶏肉は付け合わせと一緒に食べないと無理。セロリは好き。紅茶とコーヒーなら断然コーヒー派。ハーブティーは苦手、でも出された手前一口は飲む』
 
 屋敷の者たちはグラシアンに好き嫌いはないというけれど、エイミーは知っている。付け合わせのニンジンを減らしたり、セロリのサラダを多く盛ったりと彼女はこっそりグラシアンのために奮起して、それで満足している。特に何かを期待しているわけではなかった。自分のことを知ってほしいわけではない。ただ、グラシアンを見ているだけで幸せになれるのだ。

 手帳には、驚くほどグラシアンの女性関係の記述が少ない。言い寄られることは多々あれど、誰かとお付き合いしている様子はなかった。異例の出世を遂げた騎士団の副団長として職務に邁進し、忙しい合間をぬってカニア侯爵家の執務を手伝う日々。それが、グラシアンをより禁欲的に見せていた。

 だが、彼女がメイドになって三年目、思わぬ現場に出くわすこととなる。秋風の吹く薔薇園から聞こえてきた声に、思わず柱の陰に隠れてしまった。

「とっとと吐けよ、コリン。王宮で何か始まってるだろ? 今回は騎士団まで情報が来ないんだよ」
「あ、こら、離せ……っ! まったく、兄を何だと思って……っ」
「うるさい、俺をイラつかせるな」

 ――誰!? あのドスの効いた声はっ!?

 エイミーは開いた口がふさがらなかった。それもそのはず、伸びる蔦と葉の間から見えたのは、グラシアンが小柄なコリンの襟首を乱暴に掴みあげる光景だったからだ。

 ――信じられない! あの『国民の恋人』グラシアン様が!

 いつもは上品で凛とした美貌も、視界に入るものすべてを厭うように眉間に皺が寄っている。眼光鋭く、口元は苛立ちも露わに唇を噛んでいた。同じ顔でも表情一つで与える印象が百八十度違うと知った瞬間である。
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