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27.夜の薔薇園②

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 今までのグラシアンはわたしをからかって遊ぶものの、身の危険を感じさせることはなかった。紳士だったのだ。だが、本当は使用人に手をあげるような乱暴な男だったら? 背筋がぞわっとした。

 わたしを映す瞳の奥に得体のしれない感情が宿っていて、それが何より危険だと本能が告げている。ナイフの先が頬をかすめるような、ひやりとした感覚。逃げなさい、と本能が警告する。

「離してっ! 離しなさい!」
「冗談、離すわけないだろ。ここまで近づくのに何年かかったと思ってるんだ」
「何言ってるのよ……っ、……んん……っ!」

 あろうことか、グラシアンはキスをしてきた。わたしの唇を全体に舐めてから上唇をんで、舌を咥内にもぐりこませる。驚きに固まるわたしをいいことに、我が物顔で口の中を侵してきた。

「ふ……ぅ! あ……っ」

 上顎の粘膜をぬるりと舐められ、我知らず身体が震えた。怯える舌を絡みとられ、 吸い上げられる。キスの角度を途中で変えられ喉奥まで占領された。わたしはグラシアン に一方的にいいようにされてしまう。
 終わりの見えない接吻に息苦しくなり、拘束された両腕ごと振りまわした。状況に気が付いたグラシアンにやっと解放されて、プハッと息を吐く。
 
「はっ、苦し……ぃ」
「鼻で息をしろ」
「んん……っ、む、り……っ」

 ようやく呼吸を取り戻したわたしの唇を再び塞いでくる。せめてもの抵抗に首を振ると、頭を固定して深く咥内を侵してきた。グラシアンが火の使い手のせいか、身体が密接しているところが熱い。くちゅっくちゅっと唇を合わさる音が執拗で、二人の唾液がすべて混じり合いそうなほど濃密だった。

「はぁ……っ」

 体が熱くて力がでない。両腕を解放されたが抗う元気もなく、柄にもなく涙が出た。グラシアンは目元をぬぐおうとするわたしの手を取り上げ、自らの舌でそれを拭きとる。猫に舐められるような生温かい感触、どうしてか関係のないお腹のあたりがきゅうっと締めつけられた。おかしい。わたしは無理やり、この男にキスされたのに。
 恥じらいと怒りをかき集めて、相手をねめつける。

「わ、わたしに無体を働くの?」

 グラシアンは、心底不思議そうな表情を浮かべた。

「先に手を出したのは、キャロルだろ?」
「メイド相手に、いつもこんなことをするの?」
「するわけない。おまえにしかしない」

 言葉遣いが全然違う。グラシアンは、無造作に前髪をかきあげた。セットが乱れるから、普段の彼なら絶対しないはずの仕草だ。

「どうして……」

 本性を隠していたのか。聞きたいのに言葉が出てこない。

「いつもは外向きの顔だ。好きな女がキスしてきたのに、いつまでもすましていられるか」
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