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24.ピクニックに行きましょう③

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「うわぁ、青い!」

 視界一面に広がる紺碧の空と濃青色の海。静かな海面に時折寄せては返す波が眩しいほどの純白で、水の色と合わさり絶妙なコントラストを生み出していた。
 海鳥の鳴き声とともに、ソルティーで爽やかな香りが風に流れて、わたしを包みこむ。
 
「これが海……」
 
 書物や魔導映写機では見たことがあるが、実際にその場に立ってみたのでは全然違っていた。初めて見た海は圧倒的で、惚れ惚れするほど美しい。

「ちょうどよかった。シーズンの前だからか、人気ひとけがありませんね」

 わたしを懐に抱く形で手綱を握るグラシアンが呟く。たしかに、こんなにいい天気も関わらず、人っ子一人いない。わたしはずり落ちた眼鏡をもとの位置に戻した。

「貸し切りみたいですね。……夢みたいに綺麗だわ」

 速足で進むイーデンの蹄が白い砂浜に沈み、サクサクと音を立てている。小さな波が蹄を濡らし、この大地にわたしたちしかいないかのような錯覚さえ抱く。グラシアンが手綱を短く持った。

「海風を感じながら走ると、気持ち良いですよ。掴まっていてください」
「はい」

 わたしを包む力強い腕、左の肩に接する厚い胸板。ドキドキするけれど、その一方で心地よくて安心できる。王宮で見る笑顔が嘘くさくて信用が出来なかったけれど、いつの間にかグラシアンに対する感情を一言ではまとめられなくなっていた。
 海岸線を心地よく走っていると、澄んだ空から赤い点のようなものが降ってきた。

「アンバー!」

 小さなグレードサラマンダーが ピィーと鳴いて、わたしの懐に飛び込んでくる。

「今までどこにいたの?」

 しきりに身体を擦り寄せてくるアンバーの代わりに、並歩に落としたグラシアンが答えた。

「グレードサラマンダーの本来の棲み処は、火の精霊が生まれる活火山のなかです。アンバーなりの礼儀でしょうか、日に一度はこうしてわたしの前に姿を現します」
「グラシアン様は、アンバーのお母さんのような存在なんですね」

 お母さんという単語に、彼が苦笑する。小さな妖獣は大きな瞳で小首をかしげ、その顔を見あげていた。

「アンバーは、わたしを餌をくれる主人だと思っているようです。グレードサラマンダーの雌は卵を産んだあとすぐにその場を離れる性質のため、親子間の感情がもともとないと考えられています」
「じゃあ、生まれたときから一人なんですか?」

 グレードサラマンダーは卵から孵ったときに、まずは周囲の卵に向けて火を吐くとグラシアンが言っていた。より強い種を残さんとする自然界の掟とはいえ、初めて聞いたときは驚いたものだ。

「そうです。詳しい生態は解明されていませんが、彼らは血のつながりより主従関係に重きを置いている様子ですね」
「じゃあ、アンバーに懐かれているグラシアン様は責任重大ですね」

 話の内容を理解しているのかどうかはわからないが、アンバーがグラシアンの背中に飛び乗ってきた。まるでおんぶをせがむ子どものようだ。
 グラシアンはわたしの顔を見て、くすりと笑う。何か面白いことを言っただろうか?

「そろそろ休みましょうか」

 彼は馬を止めると、鞍にくくりつけた魔導鞄から日除けのシェードとポールを取り出した。それを砂浜に設置して敷物を敷く。わたしは桶を取り出して、そのなかに魔法で真水を流し込んだ。魔導鞄は文字通り何でも入れられる魔法の鞄で、今やなくてはならない魔法科学の集大成である。

「お疲れ様、イーデン。いっぱい飲んでね」

 桶を持ちあげてやると、彼女は長い顔を突っ込んでチューチューと水を吸い込む。実に可愛らしい姿だった。賢いイーデンは好きなように休ませることにして、わたしは炭酸水の瓶をグラスに開け、グラシアンに渡す。

「ありがとうございます。丁度飲みたかったところです。キャロルもどうですか?」

 そういいながら、彼はもう一つのグラスに瓶を傾けた。

「ありがとうございます」

 冷たい水と共に小さな気泡が喉を通過していく。――おいしい。

 しばらく黙って景色を堪能していたが、飽きたアンバーがわたしたちの周りをぐるぐると飛び始めた。わたしは魔法で海水を小さな水の玉にして、それをアンバーに投げつけてやる。アンバーはキュウっと一声あげると、小さな火を吹いて壁を造り防御した。水の玉はあっという間に蒸発する。

「やるわね」
「ピイ、ピイ」

 かかってこいと、ファイティングポーズをとるアンバー。わたしも立ちあがって、水の玉を作っては投げ続けた。だが、しばらく遊んでいるうちにアンバーは知恵をつけたのか、赤い翼をはためかせてひょいっと避けたのだ。パシャっと水の玉がはじけた。
 
「グラシアン様! すみませんっ!」

 なんと、背後にいたグラシアンの顔に直撃してしまったのだ。
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