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17.お友達②

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「まあまあ!」
「ここに来て、そんなことってある?」
「わかんない! グラシアン様に何が起きてるの?」
「どうしたんですか?」

 わたしには彼女たちの驚きが理解できなくて、小首をかしげる。やはり、結婚を控えた男性が専属メイドを置くのはおかしなことに違いない。
 だが、真実はわたしの予想をはるかに超えていた。彼女たちは声をそろえて言ったのだ。

「グラシアン様は王太女様への愛を誓って、使用人でも女性は傍に置かないのに!」

 ――その話、初めて聞くんだけど!

 叫びそうになったわたしは、とっさに外したエプロンで口を押さえる。そして、おっかなびっくり尋ねた。

「……それは、いつからですか?」
「半年前にいきなり宣言されたんだよ。そもそもその前から、グラシアン様の部屋に入れるのは、ご家族か幼い頃から仕えている従僕さんだけなんだけど」

 なんだかやたら顔が熱くなってきた。『わたしへの愛を誓って』? 何考えてるの? わたしたちは女王陛下の命令で結婚するのよ! そんなことして、恥ずかしくないのかしら?
 混乱するわたしに気づくことなく、でもさーと、そのうちの一人が中空に視点を向けた。

「グラシアン様の美貌にくらくら来て、やらかしちゃう先輩がたまに出るの」
「そうそう」
「やらかしちゃう、って何ですか?」

 何のことか見当もつかないわたしを前に、みんなはひそひそと内緒話をする。なによ、なによ。

「キャロル、メイドがそんなことも知らないなんて大問題よ」
「そんな顔して、よく今まで無事でいられたよね」

 ブレンダが忍び寄って、わたしの耳元で囁いた。

「よ・ば・い・よ」

 ――ひゃああああっ! 

「そもそも、使用人がそんな気を起こすなんてとんでもない話なんだけどね。部屋には一歩も入れてもらえないうえに、翌朝には解雇なのよ。でも、グラシアン様は誰にでも優しくて礼儀正しいから、つい勘違いさせちゃうのよ」

 わかるわー、うんうん、と彼女たちはうなずき合った。

「コリン様は、気さくにメイドを連れ込むけれど」

 一人が、クッキーを口に運びながら何でもないことのように言う。

「そうそう。コリン様のほうが断然肉食だって、先輩たちが話してたよ。あの肉感にはまると病みつきになるんだって」

 コリンの何がすごいか、わたしにはわからなかったがきっとよからぬことに違いない。コリンめ、あんないかにも人畜無害な体型をして、わたしやみんなを騙していたんだ。
 しかし、このままでは確実にわたしに苦手な、ヘビーな猥談を続けることになる。とにかく話題を変えようと、口を開いた。

「でも……、グラシアン様は休暇とはいえ、お忙しいのではないでしょうか? 騎士団の副団長は実質騎士団長みたいなもので、次の方への引継ぎもたくさんあるでしょうから。結婚式の用意もまだ済んでないし……」
「キャロル、やけに詳しいわね」
「そ、そうですか。お世話になっているお屋敷の息子さんが騎士で、よくグラシアン様のお話を聞くんですよ」

 少女たちの疑惑の目が地味に痛い。わたしはまた話題を変える必要性を感じた。

「グラシアン様のお世話するにあたって、何か注意することはありますか?」
「うーん」

 みんなは一斉に、トランプを集める作業を止めて腕を組み始める。
 
「グラシアン様って、好き嫌いはないよね」
「そうね。コリン様は野菜が嫌いでほとんど残されるけれど、グラシアン様は全部召し上がるわね」
「いつも温和でいらして、機嫌が悪い時なんてあったかしら?」
「覚えがないわ」
「コリン様はよく眠れなかった日の翌朝は、たいてい不機嫌になるけれど」
「わたしたちにはわからないわね。昔から仕えている侍女長や執事さんならわかるんじゃないのかしら?」
「そうそう。グラシアン様は手のかからない、そして手の届かないご主人だよ。――さあ、みんな、風呂の時間だよ」

 集団の長らしいエイミーが話をまとめる。メイドたちに聞けばグラシアンの本性がわかると思ったけれど、甘かった。コリンの意外な話は聞けたけれど、もともと彼には興味がない。心の中で溜息を漏らすわたしに、エイミーが話しかけてきた。

「キャロル。あんた、いくつ?」
「十八歳です」
「あたしたちと同じ年じゃないか。敬語は使わなくてもいいよ」

 カラっとした笑顔が優しい。

「……ありがとう」

 何だか変な感じだった。ごく一部の人間としか気の抜けた会話ができないわたしにとって、初対面の人からため口でいいと言われるのは、とても新鮮で驚くべきことだった。

「さあ、キャロルもお風呂行こうよ!」
「うん」

 まだまだ不安はあったけれど、今日は寝れそうな気がしてきた。
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