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8.イケメン好きな女王陛下

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「アリス・フィリッパ・オブ・ルワンド」
「はい、陛下」
「これまで人一倍厳しく教育してきたが、その甲斐あってそなたはわらわの後継者にふさわしく成長した。立太子の儀も無事に終わり、残るは来月の婚姻の儀のみ。──そなたは実によくやっている」

 オーク材の執務机からわたしを見あげる陛下には、心なしかホッとした表情があった。高く結い上げたブロンドの髪は艶やかで、琥珀色の瞳は切れ長で凛々しい。十年前に亡くした夫を想って喪服を着続け、国のために身を粉にして働く母はわたしの憧れの人だ。

「ありがとうございます」
「で、わらわからの贈り物をどう活用するか、決めたのか?」
「もちろんです。まずは、人払いをお願いします」

 陛下は、目線だけで侍従たちを下がらせる。二人っきりになると、女王の執務室はやけに広く感じた。わたしがこの部屋を引き継ぐ日のことを考えると、肝が冷える。国家の主として責任を果たすには、わたしはまだまだ足らないことばかりなのだ。

「是非は問わぬが、火急のときにすぐに戻れる場所にしておくれ。精霊の加護にあふれた我が国とはいえ、どこも安全とは限らぬからな。王太女のそなたに何かあったら一大事じゃ」
「わかっております。ご心配をおかけするようなことはないと存じます」
「ほぅ? どこへ行くつもりだ?」

 陛下は立てた両肘のうえにあごを載せて、柳眉を寄せた。

「カニア侯爵の屋敷に潜入して、グラシアン卿の本当の人となりを探りに行きます」

 女王陛下はまじまじとわたしを見る。それこそ、穴が開くほどに。

「あのような完璧な男に、何の不満があるのだ? 騎士団の副団長として能力も高く、火の使い手には珍しい温厚な性格、なにより見目が抜きんでて良いではないか」

 精霊のマナは宿り主の気性に多少なりとも影響を及ぼすと言われている。火は激情家、水は感傷屋、風は気分屋、地は頑固者だと互いを揶揄することもしばしあった。

「……陛下の趣味一辺倒で選ばれたんですね」
「無論だ。娘婿と言えば、これから先、向かい合って食事する相手だろう? 美しければ美しいほど、わらわの食が進むのは必至。豊かな食生活は長生きの素だ。そなたも親の治世が長く続くことを望むなら、協力しろ」

 陛下は胸を張った。亡くなった父フィリップも当時、王都で有名な美男で通っており、女王陛下はとびっきりの面食いなのだ。わたしは心のなかで苦笑いしてから、かねてから準備してきた言葉を吐いた。

「グラシアン卿の笑顔が気持ち悪くて、直視できないんです」

 言われたことが呑み込めなかった陛下の顔の周りにクエッションマークが飛び交っているのが、目に見えるようだ。

「アリス、そなた。目は確かか?」
「もちろんです」

 陛下は身を乗り出して、わたしを覗き込む。

「もしやそなた、不細工が好みだったのか? いったい誰に似たのだ? わらわの娘なのに、美醜も解さぬとは見損なったぞ」
「まさか。おっしゃる通り、わたしは陛下似です。グラシアン卿の顔だけなら一日中眺めていられますよ。顔だけなら」

 しれっと答えるわたしに対して、陛下の顔には鬼気迫るものがあった。

「だったら、何故だ?」
「グラシアン卿は、何を言われてもされてもニコニコして、考えていることがさっぱり分かりません。女王陛下、わたしは結婚前に、グラシアン卿の本性を探りたいのです。この国の共同統治者として、わたしの背後を任せる相手として本当に相応しいかどうか、自分の目で確かめたいのです」
「……ふむ。わらわはそなたの父に一目ぼれだったからそういう考えはなかったが、そなたの話も理解できる。出来すぎた人間は、かえって信用がならないからな。よい、後顧の憂いを断つがよい! しかし、結果がどうであろうと、グラシアン卿が婿になるのは決定しているからな」

 わたしはぐっと怯んだ。陛下はどうにも、あの顔が気に入っているらしい。

「ものすごい本性だったら、陛下も考えを変えてくださいますか?」
「ものすごい本性? そなたなら、知り合って一週間の人間にほいほい本心を打ち明けるような、愚かな真似をするか?」
「……おっしゃることはわかります。ですが、何もやらないよりはましです」

  目指せ、婚約破棄! と心の中で唱える。陛下はわたしの突飛な考えを気に入ったとみえ、ニヤニヤとした。

「よい。カニア侯爵家には話をつけているのか?」
「当主代理のコリン補佐官には、事前に依頼を済ませています」

 コリン補佐官は、グラシアンの兄でカニア侯爵家の跡取りだ。現在のカニア侯爵は一日も早い隠居を望んでおり、今年三十歳の嫡男に王都での業務のすべてを任せている。現在、侯爵は愛妻と自領に引きこもっており、王都の屋敷にわたしが潜入するにはちょうど良かった。

「それで、どうやって潜入するのだ?」
「カニア侯爵邸のメイドになります」

 陛下は珍しくもぽかんと口を開けた。しかし、すぐに闊達と笑う。

「さすが、わたしの娘よ。そうでなくてはな」

 目の端に溜まった涙を拭って、わたしをいとおしそうに見つめたが、すぐに机の上で両手を重ねて女王の顔を作った。

「グラシアン卿のことは、自分で決めよ。――それはともかく。おまえに伝えておくことがある」
「なんでしょう、陛下」

 わたしも王太女の顔で、背筋を正す。

「ここ数か月、グレードサラマンダー目当てに我が国に密猟者が流れてきているのだ。国境の検問を強化しているが、背後に大物がいるのか密猟者たちは巧妙に身分をこしらえてくる。由々しき事態だ」
「グレードサラマンダーというと、グラシアン卿がアジトに乗り込んだ件と同じ幻獣ですか?」
「そうだ。グレードサラマンダーは、北の保護区の一角に隠れ棲んでおる。本来人間はその棲み処に不可侵のはずだが、何らかの方法で親を巣から離し卵を盗んだようだ」

 グレードサラマンダーをペットのように慣らす? 生態は知らないが、希少種を飼いたがるコレクターがいるかもしれない。

「彼らの目的は、何なのですか?」
「それは今は言えん」

 つまり、陛下はそれを把握しているけれど、わたしが知れば、わたしかほかの人間に危険が及ぶということだ。陛下はこめかみにあてた親指をぐりぐりと回す。

「ただ、いやな予感がする。……ある日突然森が枯れ原因を探ってみれば、数年前に自分が何気なく捨てた小枝に森を枯らす害虫が入り込んでいたと知らされるような、気持ちの悪さがある」

 珍しいことに、陛下の言葉がいつもより精彩を欠いていた。その琥珀色の瞳は複雑な光を帯びていたものの、わたしにはまだそれを言葉で表現することができないのだ。
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