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聖母と輝夜とベテルギウス

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  からんからん。ドアを開くと吊る下げられたベルが鳴った。ゴシック様式。その喫茶店のおしゃれで古風な様相を吾妻川京子はそう表現していた。もちろん彼女がその言葉の意味を理解していたわけではない。しかしその言葉は意外にも喫茶店の一面を捉えていた。
「京子。」
 入ってきたのが彼女だと気がつくとアキおばさんがカウンターの奥から声をかけた。彼女は京子の叔母にあたる。おばさんと言ってもまだ20代。京子にとってはお姉さんのようなものだ。とはいえこの喫茶店を経営から営業までを一人でこなす一国一城の主である。喫茶店は彼女目当てに来る客も少なくない。ほとんどが男性だが、女性も多数いた。何より京子もその一人である。彼女にとってコーヒーやケーキの味などはおまけであり彼女に会いに来るのが主なる目的であった。彼女のどんな時も凛としたしなやかな様子や、彼女の豊富な経験のエピソードが京子は大好きだったのだ。
「よく来たわね。」いつもは気丈で凛としているアキも京子の顔をみて少し動揺しているようであった。何かをしてあげたいが、どうしてあげればいいのかわからない。そんな様子だ。京子は店内を見渡した。火曜日のお昼すぎ。店内は閑古鳥が鳴いている。もっともそれは京子の狙い通りであった。いつもは繁盛して騒がしい店内もどういうわけか火曜日のこの時間だけは極端にお客が減る。この時間だけは彼女はアキおばさんを独占できるのであった。そのため彼女は時には学校を抜け出してこの店に来ていた。そんな彼女をアキは叱らず黙って話を聞いたり、面白い話を聞かせてくれたりするのだ。「正解は一つじゃない」それがアキの口癖であった。「人生の無限の選択肢にはいくつもの正解がある。もちろん不正解だってたくさん。そこから先は運だよ。だから正解かどうかなんてのは大した問題じゃないの。むしろどんな選択をしても正解にしていくのが人生なんだよ。」いつしかアキが京子に語った言葉だった。「だから苦い思いは苦いコーヒーと一緒に飲み込んじゃいな」そう言って彼女はいつものキラキラした笑顔でブレンドのコーヒーを注ぐのだ。

「いつものでいい?」京子がカウンターに座るとアキが言った。奥から三番目がいつもの京子の指定席だった。
「うん。」京子は頷いた。そうするといつも決まってアキはうんと甘くしたカフェオレを出してくれる。
「ううん。やっぱり今日は違うのにして。」
「あら。」アキが手に持っていた牛乳パックを置いた。
「やっぱりブレンドのコーヒー。砂糖とミルクはつけないで。あと、できたらでいいけどなるべく大きなカップでもらってもいい?」
「わかったわ。」アキは少し意外そうにしながらもコーヒーミルから豆を取り出し別の豆をつめた。
数分後なのか数十秒後なのかいつの間にか湯気を立てたコーヒーが京子の前に置かれていた。
「ありがとう。」京子はうやうやしくお礼を言いカップを手に取った。ひと口目。熱い。苦い。それ以外は何も感じない。ついつい顔をしかめそうになるがアキさんの手前それも憚られた。アキがいまにも泣きそうな雰囲気であったからだ。
「キョーコちゃん。」アキが言葉に詰まった。何をいえばいいのかわからないというよりは適切な言葉を探しているように見えた。
「大丈夫?」
「そう。」京子はカップをソーサラーにおきながら言った。
「そのことなの。アキさん。」泣くのを必死に堪えてるアキを見つめながら京子は何から話していいのか必死に考えていた。ここに来るまでにほとんどの話を組み立てたはずなのに普段のアキさんのイメージと程遠い姿を見せられてこちらまで動揺してしまっていた。
「アキさん。ちょっとまって。」
「キョーコちゃん。」
「アキさん。ちょっと、話を聞いて。」
「うん。うん。」
「私が今日来たのはそういうことじゃないの。」
「うん。なに。」
「あのね。信じてほしいんだけどね。」
「うん。信じる。」
「一応確認しとくけどさ、アキさん宇宙人には会ったことないよね。」
「へ?」アキさんが一瞬固まる。一瞬不安に駆られて思わず聞いてしまったが愚問であったようだ。流石のアキさんも宇宙人には会ったことがなかったと安心する半面ちょっぴり残念にも思う。ある時はどこかでまぐろの漁船に乗り、ある時はヨーロッパでサーカス団員となり、またある時はエジプトでミイラの発掘をしたというバラエティに富んだ人生を歩んで来たアキさんも宇宙人には会ったことがなかった。
「あのね。これから話すこと、信じられないほど突拍子もなくて奇想天外だけど、私は全部本気で話すから。」
京子はアキの目を見た。幾分かいつものアキさんの目に戻ったと京子は思った。
「話すから。信じなくてもいいから聞いててね。」京子は目を瞑った。話すと言ったものの何から話せば良いのか全く分からなかったのだ。やはり彼女も混乱しているのだ。シンプルに言おう。彼女はそう思った。正解は一つじゃない。
「彼女ね。宇宙人だったみたいなの。」

 荒木幹子のことを一言で言い表すことはとても難しい。もしテストに【問一、荒木幹子の性格的特徴を30文字以内で答えよ。ただし句読点は含まないものとする。】などと出題されたら京子はそのテストを丸めて問題を作成した教師に投げつける自信があった。彼女は良い言い方をすればそれほど様々な側面を持っていた。もっともそれは彼女自身もそう思っていたようであった。
「宇宙だよ。」幹子はよくそう言っていた。
「心っていうのはね、みんな宇宙なんだよ。ビックバンが一瞬で宇宙に世界を作ったかのようにみんなも生まれたときに一つの宇宙を生み出すんだよ。そんでその宇宙を作り上げていくの。一つの秩序に、一つの形にね。あるべき姿にって言っても良いのかも。だから定義なんてできないんだよ。宇宙は数学的にとか物理学的に、つまり客観的には解析できるけど主観的には理解できないでしょ。どうして宇宙は世界を創ったのかだとか、なんで地球は生命に溢れているのかだとか。一生わからないよ。人は宇宙に成れないのだもの。みんな好き勝手に、自分の好きなように判断するわ。定義なんてできないし、カテゴライズもそう。したところでそんなの無駄じゃない」
「じゃあ、人の心を言い表すことは不可能ってこと?」京子はあるとき尋ねたことがある。確かアキの喫茶店にきたときであった。二人が二人で来店した時にいつも座っていた二人席は奥まった立地と観葉植物が盾となって様子がわかりづらくなっていた。ここなら何を喋っても、話者の姿がわからないので恥ずかしい話を聞かれようとも恥ずかしめを受けることはない。
「そんなことないよ」幹子はメロンソーダの上に乗ったアイスクリームをスプーンですくい頬張った。その顔はさながらげっ歯類だ、と京子は思う。
「それは決して不可能なことではないよ。例えば、ほら、詩人とかがやってることだよ。でも性格なんていろんな出来事で変わっていくんだから。地球が人間の出現でめまぐるしく変化を遂げたようにね」だから人の性格なんて定義できないんだよ。と幹子は言った。
「でも」幹子はスプーンを置いた。
「でも、もし定義しようとするならできないこともないかもね」
「どうやって」京子は読んでいた本から顔を上げた。幹子が咳払いをする。
「荒木幹子、キョーコの友達。とか」そういうと彼女は悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて小っ恥ずかしいのを誤魔化すかのようにメロンソーダをすすった。京子はというと「そんなの答えになってない」とは思うが言えず、嬉しさを悟られないように無表情を作るのが精一杯であった。

 「ね。星を見に行かない?」
 あの日、二人で映画を観に行った帰り、幹子は言った。映画の感想をひとしきり話し終えると幹子は一息ついてからそう言ったのであった。それ自体は珍しいことではなかった。幹子の気まぐれは今に始まった事ではない。
「行かない。」京子は即答した。しかし頭のどこか片隅ではこう答えておきながらも幹子の強引さに押し切られて結局行くことになるのだろうという予感はあった。
「今日じゃなくて良いから。明日でも明後日でも、一週間後でも。でもなるべく早くがいいな。ね。行かない?」
 おや。と京子は思った。それはいつもの幹子の様子とは違っていた。いつもであれば、京子が何を言おうと今から行こうと笑いながら連れて行かれるというのに。その日は何かが違っていた。いつもより心なしか笑顔が少ないような、時折ふと儚いような表情をしていた。京子は何故だか幹子が消えてしまうのではという恐れを覚えた。京子はそんな不安はただの思い込みと考え、それをかき消すかのようにいつもの日常を演じようとしていた。
「プラネタリウムは、どう?」そこも二人のお気に入りの場所の一つであった。今なら最終の回がまだ間に合うと京子は思った。
「ううん。」幹子は首を横にふった。
「プラネタリウムじゃなくて、本物の星がいいの。ねえキョーコ付き合ってくれない?」
「今日?」
「できれば今日。でもダメなら三日後、もしくは一週間後とかでも…。」
「わかったわよ」京子は半ばため息交じりに答えた。これ以上悩んでいるような幹子の様子を見ていたくなかったのだ。
「本当」幹子の表情が明るくなった。しかしすぐに雲がかかる。
「それで、何を持っていけばいいの。ミキ」
「何もいらないわ。必要なものは全部揃えてあるから。0時にここに集合ね」そういうと幹子は駆けて行った。途中でふり返ると「キョーコ」と吠えた。「絶対。絶対だからね」
 
 商店街を突っ切り古いお寺を左手に進むと上り坂が続いている。そこからしばらく登ると大学病院がありもう少し行くと団地群が不気味に連なっている。バブルの直前に建てられた団地は昔は多くの人が住んでいたようだが今では立派に廃墟となっていた。所々置かれているカラーコーンと黄色と黒のシマシマ模様の弛んだロープが進入禁止をスローガンのように掲げてはいるがその効果については疑問が残る。団地の端まで来ると小さな祠のようなものがある。長年手入れされていないのか草や木が生い茂り荒れ放題である。ここが京子と幹子のいつものスポットであった。星を眺める時、彼女らはいつもここに来た。ここを見つけたのは幹子であった。隣の大学病院の敷地内で行われた星をみるイベントの時に、一人で侵入し発見したらしい。幹子の行動力には脱帽せざるをえない。
 二人はそこら辺の草を千切りお尻の下に引き並んで腰をかけた。もう立春は過ぎてはいるがやはり寒い。京子は幹子に体を寄せながらオリオン座を探した。天に上げられた豪腕の英雄はすぐに見つかった。京子は左上にある星、ベテルギウスを見つめた。あの星がもう存在しないかもしれないというのを京子は何回も聞いていた。特に冬のプラネタリウムではお決まりの文句であった。640年前の光を今私たちは見ているのだ。その話を聞きながらその星を見ていると、光が消えてなくなるのが先か、それとも人類が滅亡して見る人がいなくなるのが先かという思いが浮かび上がって来る。幹子はと言えばどこか上の空だ。夜空を見上げてはいるがどこか焦点が定まらない。ふと彼女の目をみつめる。京子は星空観察中に幹子の目を見るのを密かな楽しみとしていた。彼女の黒目に夜空が反射してまるで宇宙のように見える。京子はそこに自分も写り込んでいるのを見ると吸い込まれるという錯覚すらした。広大な星々の海を漂う自分を想像する。そこには何もない。空気もない、音もない、落ちているのか、ぷかぷかと浮かんでいるのかもわからない。ただ自分だけが存在する自分だけの宇宙に寝そべっている。それならばベテルギウスを見に行こうと彼女は思った。本当にあるのかないのか。私たちが何を見ているのか、を。
 そう考えていると幹子と目があった。いつの間にか気づかれていたようだ。京子が赤面すると幹子はにんまりと笑った。
「キョーコちゃん本当にありがとう」唐突に幹子が言った。
「いつもじゃない」顔を背けながら京子が答えた。
「うん。そうだね」幹子が輝いた笑顔でそう答えるので京子はさらに照れ恥ずかしくなる。
「今日はね。実はお話を聞いて欲しくてここに呼んだんだ。これから話すこと、信じられないほど突拍子もなくて奇想天外だけど、全部本気だから」京子は幹子を見た。相変わらず笑顔だがその表情にはどこか影がある。その顔から言うなれば覚悟のようなものを京子は感じとった。
「ずっと秘密にしてたんだけど」幹子が立ち上がる。彼女は両手を広げて天を仰ぎ、振り返りながら、言った。
「私ね、あそこから来たの」そう言って彼女は指をさした。その方向には、ベテルギウスが輝いていた。

「私の故郷はここからもっともっと遠くの銀河にあるの」彼女は淡々と喋り始めた。不快にさせないようにか、笑顔を絶やさずに。京子は内心、半信半疑であった。しかしどこかで納得もしていた。彼女が地球人でないのなら辻褄があう、というわけではないがどこか納得もできた。そして彼女の表情は冗談を言ったようではなく、笑顔だがやはりどこか影を感じさせられていた。
「あれれ」幹子が言葉に詰まる。
「ちゃんと話さなきゃと思って考えて来たのに何を話せばいいのか忘れちゃった」その姿を見て京子は笑った。お腹の奥底からじわじわと可笑しさがこみ上げて来たのだ。彼女が宇宙人か地球人かどうかはまだ半信半疑だが大した問題じゃない。幹子は幹子である。どちらにしても。そんな思いが通じたのか目の前の自称宇宙人の親友はさらににこりと笑った。
「なんで地球にいるのかとかを喋ればいいんじゃない?」京子は笑いを堪えきれずにお腹を抑えながら言った。
「あ、そっか」幹子が隣に座った。
「簡単に言えば調査員なの」
「調査員?」
「そう。色んな星を旅してその星の地質とかあるなら生態系とかも調べるのが仕事。地球ほど大掛かりな調査なんてできないけどね。私たちは機械文明も学問らしい学問もほとんど持たないから」
「機械がないの?ロケットとかも?」
「うん。そう」
「それじゃあ、どうやって宇宙空間を旅するの?」
「基本的に彗星とか流れ星とか隕石とかに乗っかるのよ。もしくは漂うとか」
「そんなことできるの?」京子は笑った。
「ロマンティックね。まるで童話」
「できるのよ」幹子が真剣にいうので京子は笑うのをやめた。
「私は、その、なんていうか。私たちの種族はね。実体を持たないの。つまり有機物の体を持たないのよ。地球でいう魂っていうのかしら。そう言った類のみの存在なのよ」京子は何も言わなかった。しかし心中ではその言葉の矛盾について考えていた。彼女は肉体を持たないと言った。しかし目の前の彼女、荒木幹子は目に見える形で目の前にこうして存在している。その体には触れることもできる。これが彼女でなければ一体彼女とは何なのであろうか。
「あなたの考えていることはわかるわ」幹子は声のトーンを落としている。
「その答えはこうなの。この肉体は元は私のものではないの。偶然見つけた自殺した地球人の抜け殻に入り込ませてもらっただけ。元は別の人のものなのよ」幹子は目を伏せて言った。
「一体なんだっていうの」京子の笑いはふつふつとした怒りに変わっていた。
「あなたが、今私の目に写っているあなたがあなたじゃないっていうのなら。一体あなたは何なのよ。あなたの姿が偽物だというならば、あなたが存在しない存在ならば、あなたは一体なんだっていうの。一体あなたと私は、私とあなたの関係は一体何だっていうの」京子は泣いていた。そして気がついた。自分は怒りたかったのではない。悲しかったのだ。自分の親友が言い出したことに、もし、荒木幹子が荒木幹子でなかったら、それを演じていたのであれば。私の信じていた親友の荒木幹子とは一体何なのであろうか。その気持ちを知ってか知らずか幹子が微笑んだ。
「私の種族は魂のような存在しか持たないって言ったよね。だからね、当然あらゆる器官も持たないの、手も、足も、目も。目が無いから何も見えないのよ。じゃあどうやって感知するのかというとね。色を見るの」
「色?」
「そう。ちょうどサーモグラフィーみたいにね。魂の色みたいなものを直接感じ取るの。本質に触れる、って言えばいいのかな。実際に触れてる訳じゃないんだけどそう言うのを感じるのよ」
目の前に幹子がしゃがみ手を京子の頭の上においた。
「それでずっとキョーコのことを感じていたの。だからキョーコのことはよくわかってるわ。あなたは優しい人。今も私のために涙を流してくれている」京子は顔をあげた。幹子の顔がいつもより大人びて見えた。
「そんなあなたにだから私も本当のことを言いたかったの」幹子は少し息を吸い込み小さく「最後に」と言った。
「最後?」京子がそういうと幹子は背中を見せた。
「私がね。地球にきた目的は調査だって言ったわよね。私たちは知的生命体を見つけるとその社会に潜入して調査を行うの。ほとんどが猫とか鳥とかの死骸を使ってね。私のように人間の死体に入るのも稀にいるけど」京子は幹子が散歩中に動物の死骸をよく見つけていたのを思い出していた。そして見つけると埋めてきちんとお墓を作っていたのも。彼女がそういったものに目ざとく反応を示したのにはそういった事情があったのだ。
「実はこの前さ、アメリカの方で人間に入ってた仲間の正体がバレちゃったみたいで。それ自体はオカルトだとか都市伝説みたいな扱いであんまり大騒ぎにならなかったみたいなんだけど、これ以上の調査は危険だって話で全員に帰還の命令が出たの」京子は何も言わなかった。とっくに涙も怒りも引っ込んでいた。彼女の耳にただ鼓動の音だけが鮮明に聞こえていた。
「地球にいるみんなが故郷に帰って、調査の報告をするのよ。地球がどうだったかって。そこに住んでた生命体はどうだったかって…私達にとって脅威となるかどうかって…もっと言えばその星の生命体をどうするかとか」幹子は躊躇いながらもそう語った。京子は特段、驚きはしなかった。自分達が逆の立場であったなら同じことを発想するだろう、考えるであろうと思ったからだ。
「それで?」
「うん?」
「それでどういう報告をするの?アキさんの店のアイスクリームは美味しい、とか?」幹子は笑った。京子も一緒に笑った。
「報告っていっても口頭じゃないの。喋るのじゃないのよ。ただ見せるだけ。ありのままを。私が感じたことを伝播させるの。ほら、私たちの種族は感受性が豊かだから」幹子がはにかむ。京子は笑いながらも少し寂しさを感じていた。
「何で私には正体を話したの?」寂しさを紛らわすために何かを喋ろうとしていた。あるいはずっと喋っていれば彼女は帰る遑がなくなるのではないかなどという浅はかな考えもそこにはあった。
「御法度なんでしょ?バレちゃうのって」
「ああ」幹子が頭を掻き、てれ恥ずかしそうに笑った。
「バレる前に言いたかったのよ」幹子が再び空を仰いだ。
「自分の正体がね。バレる前にキョーコあなたにだけは言いたかった。というよりいずれバレると思っていたのよ。キョーコは賢いから」ただ性格がひねくれているだけだと京子は思った。
「キョーコはきっと、いずれ自力でも私の正体に気づいてたと思うよ。それはこのまま私が地球に留まってても、私が故郷に帰って忽然と姿を消しても。あなたはきっと私の正体にたどり着く。だからそうやって発覚される前にあなたには話しておきたかった。言うなれば私なりのバレない方法なのよ。これは」
こちらを見た幹子の顔は笑っていた。輝く夜空のように。
「あなたはきっと私の正体をむやみやたらにバラしたりはしないわ。でも情報はどこでどう漏れていくかわからないからね。正直に話すのが私なりの誤魔化し方」
「何よそれ」京子は笑おうとした。しかし上手く笑えなかった。
「さて、親友。もう一つだけお願いを聞いてもらえないかな。私はこれから故郷に帰る。スプライトに乗っかっていけば宇宙までひとっ飛びよ。そのためにはこの体を脱ぎ捨てていかなきゃならないわ。でも道端に死体なんてあったらそれこそ注目を集めちゃう。それでね、ここに穴をほったの。」幹子が指差す方向に顔を向けると穴があった。人がちょうど一人入りそうなくらいの大きさの。京子はそれを見た瞬間その穴の用途を悟っていた。
「私がその穴に入る。大丈夫。一応自分で埋まるように細工はしてあるから。でももし万が一、体の何処かの部分とかがはみ出しちゃったりしてたら。悪いけれどもそこだけ埋めて隠してくれない?」京子はこの時だけ聞き分けの悪い子供のようになりたいと願った。「ごめんね」幹子が言った。
「嫌な役回りさせちゃって」
「ううん。そうじゃない。そうじゃないの。ただあなたと別れるのが辛くて」京子は泣きながら幹子に抱きついた。
「また会えるよ。きっと」幹子の表情は穏やかであった。
「会えるっていつよ」
「わからないけど」京子はより一層泣いた。
「キョーコ。本当に優しい人。あなたのことを見たらきっとみんな納得するわ。あなたは地球を救ったのよ。」幹子は彼女を強く抱き寄せた。京子は彼女が震えているのに気がついた。
「ミキ?」
「ああ。これね」幹子が両手を抑える。
「キョーコ、私は死んだように見えるけど死んでないから。だから心配しないで、目に見えなくても私はある。存在するの。ちょっぴり怖いけど大丈夫」
「見届けるから」京子は言った。
「安心して」
「ありがとう」幹子は震えながらも笑顔を作った。そして自ら穴の奥に横たわった。
「それじゃあキョーコ、またね。」
「ミキ。またね。待ってるから。」幹子が頷く。
「絶対。絶対だからね」京子の言葉が届いたかどうかわからない。それと同時にその体から何かが消えた、そしてその抜け殻に土が覆いかぶさった。

 いつの間にかコーヒーは冷めていた。何口目だかわからないがいつの間にか京子はそれを飲み干していた。
「アキさん、ありがとう」京子は言った。
「へ?」
「最後まで何も言わずに聞いてくれて」そして、何か聞きたいこととかある?と京子は続けた。アキは戸惑いながらも自分の姪の話したことをほら吹き話だとは思わなかった。
「そうねえ」しかしそうは言ったものの何の言葉もすぐには見つからなかった。
 しばらくすると喫茶のドアが開き常連のお客が入ってきた。アキが二言三言挨拶するとお客の方も調子のいいことを口にした。笑い声が店内に木霊した。お客がコーヒーとフレンチフライを注文したためアキさんは奥のバックヤードに引っ込んだ。
「キョーコちゃん」奥から声がする。
「コーヒー新しいのいる?」
「うんん」京子が答える。
「やっぱり私にはまだ少し早いみたい。アキさん、ミルクティー入れてくれる?」
「あら、後悔してる?」ミルクティーを持ってきながらアキは言った。「ミキちゃんのこと」と耳元で囁く。
「うんん」京子は答える。
「いずれこうなる事だったのよ」きっとね。と京子はミルクティーのカップを抱えながら一口飲んだ。
「また会えるって約束したしね。」京子が髪を耳にかけた。アキは何だか京子が少し大人びて見えた気がした。それは少し寂しいと思いつつも喜ばしいことだ、とアキは自分自身を納得させ京子を愛おしく見つめた。
「でも一つ後悔してるといえばベテルギウスの事かしら。あの星のこと見てきてもらうよう頼んでおけば良かった」京子は顔をくしゃくしゃにして笑った。アキも笑った。
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