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アイオール皇国〜ニエの村

第45話 陰腹

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「……で、こっちがジャックとローズだ」
「よろしくお願いします。私はクーリアと申します。ぺこり」

 朝食のために集まった食堂で、新しく馬車に乗ることになった猫耳メイドさんをみんなに紹介した。
 どうやらクーリアというらしいそのメイドさんは、緊張しているのか頭の上についている薄茶の猫耳をピクピク動かしている。

「なんでぇ、また女の子が増えたのかぁ? 全くお前さんは女好きだなぁ……」
「ちょ、ちょっとゴンザさんっ! そんなんじゃないですって……」

 からかってくるゴンザさんの言葉を慌てて否定しようとしたけど、否定しきれない自分がいて、つい手をバタつかせて挙動不審な動きをしてしまった。
 そんな俺をみてクーリアがクスッと笑うと、それにつられてみんなが笑って、食堂にはなんともいえない柔らかな空気が流れた。

「おほん。俺が女好きかどうかはおいておいて、クーリアには馬車で掃除や配膳などをやってもらおうと思っているんだけど……いいかな?」
「馬車で、ですか?」

 クーリアは何を言っているのかわからないと言った顔で小首を傾げる。

「ああ。ウチの馬車はなんだ。あとで見ればわかるよ。仕事の内容自体はそれでいいか?」
「は、はい。それはいつもやっているのでだいじょぶ、です。でもでも本当に獣人の私でいいんですか?」

 クーリアの不安そうな顔を見るだけで、今まで彼女がどんな思いをしてきたのかがなんとなく伝わってきてしまって……少し悲しい気持ちになった。

「ウチの馬車は訳ありな奴ばっかりだからそんなを気にする必要なんてないからな!」

 だから俺はそんな彼女を不安にさせないように小さなこと、という部分を殊更ことさら強調しながらそういった。
 彼女にとってはとても大きなことだという事は分かっている。
 けれど俺たちのそばにいる時くらいは、人種の違いなんてのは小さな事だって思ってもらえたらいい。

「そうね! だってガーゴイルにドワーフに幻獣だってい……く、苦しいっ!」

 食堂には他のメイドさん達もいるというのに、とんでもないことを言い出したフィズの口を慌てて塞ぐ。
 全部言っちゃっていた気もするけど……まぁ聞こえてないと信じるしかない。

「ま、まぁそういう事だからあとは君、クーリアの気持ち次第なんだ」

 安心してほしい、もう人種の違いなんかで傷ついてほしくない。
 そう口でいうのは簡単だけど、それだけじゃなんの意味もない。
 だから実際に乗ってもらって、一緒に働いて、それで実感してもらいたい。
 ここに君を傷つける人はいないんだ。

 そんな俺の気持ちが少しは伝わったのか、クーリアはふぅとひとつ息をついて、それからかわいらしくお辞儀をした。

「それなら……喜んで務めさせていただきますっ! ぺこりっ」

 みんなに紹介もしたし、これで正式にウチのメイドになったということだ。
 となると……次はやっぱり制服が欲しくなってくるな。
 俺は部屋の隅に控えているメイドさんをちらり見やりながらそう考えた。
 メイドといえばやっぱりメイド服じゃないとダメだ。
 これだけは譲れない。

「それじゃ午後になったらフィズとセフィーはルシアンとクーリアを連れて服を買いに行ってくれるか? ルシアンは好きな服を本人に決めさせていいけど、クーリアのはメイド服で頼む」
「あれ、ご主人さまは一緒に行かないの?」
「ああ。今日はミルカが来るからここで待つ予定だけど……もしかしたらフィズは俺がいないと寂しいのかな?」
「そ、そんなんじゃないっ……わよ」

 強がりながらもフィズは顔を真っ赤にしている。
 そんなフィズが見たくていつもついつい意地悪を言ってしまうんだよな。

「じゃあ、ついでに行商で売る予定の商品を見てきてもいいですか?」
「その辺はセフィーに任せるよ。金は馬車から取っていっていいぞ」
「わかりましたっ!」

 やっぱり俺と一緒に行きたかったのか、それとも意地悪を言ったからか食事の後もフィズは少しむくれていた。
 ミルカが来る時間次第で合流してあげてもいいかもしれないな。
 俺はそう考えながら買い物に出かけるみんなを見送った。


 * * * * * * 


 その日の昼過ぎ、予定通りミルカがやってきた。
 その顔は青白く、覇気がないように見える。

「どうした? 死相が出ているぞ」

 俺がそんな軽口を叩いても、返ってくるのはため息ばかりだ。
 しばらくそんな息苦しい時間が続いたかと思うと、ミルカは突然ぽつりと溢した。

「やはり生贄の役目を勤め上げるそうだ」
「そうか……」

 誰が、どうして、など聞く必要はない。
 リリアが再度役目を全うしに向かうということだろう。

「……王は姫さまの帰還を大変喜んでおられた」
「それは良かった」
「良くないっ! その喜びの意味はな、娘が帰ってきたからじゃないんだ。生贄が無事に帰ってきたからなんだ!」

 俺はミルカのあまりの剣幕に息を呑んだ。

「私は……姫様がまだ小さい頃に新米として配属されたんだ。それから姫様の世話役兼護衛として側でずっと……成長を見守っていたのだ。姫様が他国へ嫁いでいくその日までしっかり勤めよう、そう……誓っていた」

 ミルカは時折苦しそうな顔をしながら言葉を紡いだ。
 ふと見ると、握りしめたその拳は小刻みに震えている。
 それは怒りからくるものか、悲しみからくるものか。
 あるいはその両方かもしれない。

「だというのに……姫様との別れが悲しみで終わっていいはずがないだろう? 私と姫様の別れは祝福で終わらなければならないんだッ!」

 そう言い切るとミルカは握った拳を振り上げ、机に叩きつけようとして——その腕をだらりと落とした。

「おい、どうした!?」

 慌てて机の向かい側に座っていたミルカのそばに掛け寄ると、その顔色は死相が見えていると揶揄やゆした先程よりもなお悪くなっていた。
 手の震えに加えて脚も震えはじめていて、およそ怒りや悲しみからくるものとは到底考えられない。

「今日の……藍の刻……に、城の裏側、の門から馬車……が出る、から……」
「おい、それ以上喋らないほうがいいぞ! 一体どうしたっていうんだ!?」
「こんな情報……漏らしたら……どうせ……。だから……」
「だから?」
「ど、毒を……飲んだ。これは……ケジメ、だ」

 そういうと机に突っ伏したままのミルカは咳き込み、盛大に血を吐き出した。

「お、おいっ! このままじゃ……くそっ、フィズは買い物に行ってるし……」

 狼狽する俺のそんな腕をミルカががしりと掴む。
 小刻みな震えと同時に、確固たる意志がしっかりと伝わってくる。

「いい……んだ。彼女らが街にいる事を……確認してから来た……からな。私の事、よりも……」

 ミルカは喉の奥から溢れてきているのであろう血に溺れて苦しそうにしながら、命を振り絞るかのようにか細い声を出した。

「姫様を……ごほっ、ごほっ」

 ミルカが咳込むと、ほとんど色を失ってしまった唇を濡らすようにどろりと赤い液体が溢れ出てくる。
 取り込んだ毒物が体の中を蹂躙し始めているのだろう。
 もはや一刻の猶予もない。
 焦って立ち上がろうとした俺の腕に爪を立ててミルカは声を絞り出した。
 弱々しい口調で、それでいて瞳の奥に強い光をたたえながら言った。

「姫様をさらって……逃げて、くれ」
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