上 下
21 / 57
ロッカの街〜アイオール皇国

第20話 元近衛は山を越える

しおりを挟む
 俺は柔らかさを感じて目を覚ました。
 それはベッドと、それにフィズの体の柔らかさだった。

「うーん……ご主人さまぁ、おはよ」
「おはようフィズ」

 俺はそういいながらフィズの頭をひとつ撫でる。

「くぅーん」

 そんな甘えた声を出しながら胸にぐりぐり頭を擦り付けてくるフィズは犬のようだ。
 まぁ馬なんだけどな。
 簡単な朝食を摂ったら今日も馬車は走り出す。
 予定としては今日中に小さな村に着くはずだ。

 ロッカを出発してから四日、魔獣の襲撃はほとんどないといっていい。
 一度だけフラっとデスラビットという魔獣が襲ってきたけど、偶然近くにいたとかそんな感じだろうな。
 凶悪な顔をした兎はもちろんその日の夕食になった。

 やっぱりフィズの蹄の音を恐れてくれているのだろうか。
 それともこれのお陰だろうか?
 俺はそんな事を考えながら馬車に括り付けられたフェンリルの尻尾を横目で眺めた。

 こいつが作られたきっかけは歓迎会での事だった。
 お互いの自己紹介をしつつ、ゴンザさんに俺の天職や、リリアの天職の事を伝えた。
 じゃないと見た時に驚いてしまうだろうからな。
 俺の天職にも確かに驚いていたけど、リリアの天職を聞いた時は「うーむ」と腕を組んで唸り、それきり口を閉ざしてしまった。
 酒がいい感じに入っていた俺は、そんなゴンザさんを放って横のフィズをフェンリルの尻尾でこちょこちょして遊んでいた。
 するとゴンザさんが「これだ!」と叫んだ。
 そしてやおら立ち上がって馬車から紐を持ってくると、俺の手からフェンリルの尻尾を掴みとってちょちょいと作ってくれたのだ。

「ほら、ラビットフットっていや幸運のシンボルだからな」

 なんて言っていたけど、これはフェンリルだし、尻尾だし、全然意味が分からなかったよ。
 多分酔っ払ってたんだろうな。
 それでもリリアの事を心配してのことだろうからこれはそのまま馬車に飾ることにした。
 もしかしたら本当にこれが俺たちを守ってくれているのかもしれないしな。


「ご主人さまぁ、なんか人が倒れてるんだけど……」
「ん? あ、本当だ。じゃあ止まって確認してみようか」

 ゆっくりと馬車を停めると御者台から降りて、道端に倒れている人に近づいた。
 近くにいくと、どうやら息はしているようだと分かった。
 見た目は物語の中の騎士のような格好をしているけど、見た目はどうみても女性だな。

「おーい、大丈夫ですか?」
「……うう……腹が……」
「フィズ、どうやら腹が痛いようだ。見てやってくれるか?」
「うん、分かった! …………ケガはしていないみたいだけど……」
「……腹が……減った……」
「え……?」

 俺たちがそんなやり取りをしていると馬車の後ろから何事か、とゴンザさんとリリアさんも降りてきた。
 リリアさんは馬車を降りるやいなや、その女騎士を見て叫び声をあげながら駆け寄った。

「ミルカッ!」
「……リリア様の声が聞こえる……私はもうダメなのだろうか?」
「ミルカ、こんなところでどうしたのですか?」
「ああ、お姿まで……神は最後にこんな幸せな幻を……」
「しっかりなさい、ミルカ! 私は本物ですっ!」
「リリア、どうやらこの人はお腹が減っているらしいぞ」

 俺がそういうとフィズが馬車からパンとチーズを持ってきてくれた。

「はい、どうぞ」

 差し出された食料を見ると、虚ろだった女騎士の目がカッと開かれた。
 そのままガバっとフィズから食料を奪い取ってガツガツと食事を始める。
 しばらくして食べ終わると満足したのか「ふぅ」と息を吐いた。

「どこのどなたか存じませんが、行き倒れの私にお恵みを頂き——リ、リリア様ッ!! とすると先程のは幻ではなかった……?」
「…………ええ、ずっと目の前であなたの食事風景を見ておりましたが……」
「そ、それは失礼を致しましたっ!!」
「……それはいいのですけれど、なぜあなたがこんな所に?」
「リリア様がドラゴンに連れ去られどこかへ消えたという情報を聞きまして……目撃情報を集めたところこちらの方角ではないかという事で単騎、山越えをしてやってまいりましたッ!」
「山越えって……もしかして山を越えて?」

 俺が見るからに険しい山を指してそう聞くと、ミルカという女騎士は誇らしげな顔をして「ええ、もちろん!」と答えた。
 あの山を単騎で、か……余程リリアのことが心配だったんだろうな。

「リリア様はなぜここに!? こいつらは何者なのですかっ!?」
「ミルカ、口を慎みなさい。この方々は森に落ちてキングボアに襲われていた私を助けて下さったのですよ? それに今はこうして国まで送っていって貰っているところです」
「キ、キングボアに襲われた!?」

 ミルカは卒倒しそうになってなんとか持ち直したようだ。

「そんな凶悪な魔獣から助けてもらい、そのうえ国まで送って下さっているとは知らず……申し訳ありませんでした! 私はミルカ=フラッセン、リリア様の近衛を務めておりま……した」
「ああ、俺はカケルだ。務めていた、というのは? 今は違うのか?」
「いえっ! 心は常に姫様の側にっ!」

 そういうとミルカはガシャリという音を立てながら胸に手を当てた。

「ミルカは私が生贄になるのを良しとせず、元老院と対立をし続けたので解任されてしまったのです。私の力が及ばず……あなたには辛い思いをさせましたね」
「勿体なきお言葉です! 私は姫様がドラゴンに連れて行かれたという話を聞き、すぐに騎士を辞めて後を追わせていただきましたので今は騎士ですらありませんっ!」

 ミルカは誇らしげに胸を張るとそういった。

「あ、あなたなんて事を……国へ帰ったら私が口添えをしますのであなたは騎士に戻りなさい」
「嫌ですっ! せっかく生きているのです。国の生贄になるためだけに国へ戻るのは……やめませんか?」
「あなた……何を言っているか分かっているの? これまでに生贄になった人達の意思を……無駄にするというのですか?」
「そうではありません……そうではないのですが……うぅ、なぜ姫様が生贄にならねばならないのですか……せめて私であれば……」

 リリアはそんなミルカを抱きしめて頭を撫でている。
 うん、なかなか美しい光景だな。


「マスター……襲撃です」

 そんな光景を見ていた俺の横にジャックが降り立ってそういった。

「ほう、久々だな……どれくらいの規模だ?」
「二十数体といった所でしょうか」
「分かった。どっちから来る?」
「あちらの山の方からです」
「ゴンザさんとリリア、あとそこの騎士——ミルカは馬車に入ってくれ。これから魔獣が来るらしい。俺たちはここで迎撃する」

 そんな俺の言葉にミルカはハッと顔を上げた。

「わ、私も一緒に姫様を守る……守らせてくれ!」
「……いいだろう。けど足手まといになりそうなら放っておくからな」
「こ、これでも元近衛だぞ! 馬車の御者に戦闘力で負けるものかっ!」
「そうか。それじゃあその力、見せてみろ。——来るぞッ!」

 広範囲からバラバラと現れた魔獣にこの前のような戦法は使えず、それぞれ各個撃破のような乱戦となった。
 敵はゴリラのようなヤツや熊のようなヤツなど大きめの体をした個体が多いように見える。
 そのせいかミルカは度々苦戦して押されているような場面が目立った。
 その都度、俺が手助けと称してワンパンで倒すと驚いたような顔をしていたな。

「終わったか?」

 俺がそういうとジャックとローズが空を飛んで周囲の確認をした。

「大丈夫そうです。素材になりそうなものは私とローズで回収しておきます」
「ああ、頼んだ。先に村へ向かっても大丈夫か?」
「ええ、ワタクシとジャックは後ほど空から向かいますので」
「そうか、じゃあ村に入る時は見つからないように気を付けろよ」

 二人にそう伝えると俺たちは馬車に戻った。

「おい……じゃなくて……あの……さっきは助かった」
「ああ。ミルカもさすが近衛という戦いぶりだったよ」
「どこがだッ! 御者でしかない君にかなり助けられてしまった……」
「まぁ俺はただの御者じゃないからな」
「それはどういう……?」
「詳しい話は村についてからだ。水浴びもしたいし夕暮れも近いから早く向かいたい」
「あ、ああ。私も乗っていいのだろうか?」
「姫様の近衛だろ? 役目を果たせ」

 恩に着るっ!そんな暑苦しい言葉と共に一人増えた馬車は村へと向けて走り出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ
恋愛
戦国一の美女と言われた、織田信長の妹姫、お市。歴史通りであれば、浅井長政の元へ嫁ぎ、乱世の渦に巻き込まれていく運命であるはずだったーー。しかし、ある日突然、異世界に召喚されてしまう。同じく召喚されてしまった、女子高生と若返ったらしいオバサン。三人揃って、王子達の花嫁候補だなんて、冗談じゃない! 「君は、まるで白百合のように美しい」 「気色の悪い世辞などいりませぬ!」 お市は、元の世界へ帰ることが出来るのだろうか!?

せっかく双子で恋愛ゲームの主人公に転生したのに兄は男に妹は女にモテすぎる。

風和ふわ
恋愛
「なんでお前(貴女)が俺(私)に告白してくるんだ(のよ)!?」 二卵生の双子である山田蓮と山田桜がドハマりしている主人公性別選択可能な恋愛ゲーム「ときめき☆ファンタスティック」。 双子は通り魔に刺されて死亡後、そんな恋愛ゲームの主人公に転生し、エボルシオン魔法学園に入学する。 双子の兄、蓮は自分の推しである悪役令嬢リリスと結ばれる為、 対して妹、桜は同じく推しである俺様王子レックスと結ばれる為にそれぞれ奮闘した。 ──が。 何故か肝心のリリス断罪イベントでレックスが蓮に、リリスが桜に告白するというややこしい展開になってしまう!? さらには他の攻略対象男性キャラ達までも蓮に愛を囁き、攻略対象女性キャラ達は皆桜に頬を赤らめるという混沌オブ混沌へと双子は引きずり込まれるのだった──。 要約すると、「深く考えては負け」。 *** ※桜sideは百合注意。蓮sideはBL注意。お好きな方だけ読む方もいらっしゃるかもしれないので、タイトルの横にどちらサイドなのかつけることにしました※ BL、GLなど地雷がある人は回れ右でお願いします。 書き溜めとかしていないので、ゆっくり更新します。 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ、カクヨム、pixivで連載中。 表紙はへる様(@shin69_)に描いて頂きました!自作ではないです!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

処理中です...