上 下
48 / 57
二章 討伐戦

第45話 ヌルヌルのべったべた

しおりを挟む
 叫び声が聞こえた森の奥の方へ、僕を先頭にして慎重に進んでいく。
 男の叫び声だったけど一体何があったんだろうか?
 緊張しながら進んでいくと、森の奥からピチャピチャという水音が聞こえてきた。
 どうやら近くに水場があるらしい。
 となると叫び声の主はそこにいるのかもしれない。

「気をつけて、あそこで森が途切れてる!」

 僕の声に後ろの三人が気を引き締めるのを感じた。
 途切れた森の奥では四人の男——おそらく冒険者が倒れていた。
 立っているのは一人だけでその四人を守るように剣を振っているようだ。
 その相手は粘液状の魔獣……スライムだった。
 一般的には弱いとされている魔獣相手に冒険者が苦戦するのだろうか?
 それよりそのスライムと戦っていたのは……。

「ハルト……?」

 僕は思わず声を出してしまった。
 不意に名前を呼ばれた冒険者の少年はこちらに気を取られてしまい、スライムの伸ばした触手のようなもので吹き飛ばされてしまった。
 ゴロゴロとこちらに転がってきたその顔を見ると、やっぱりハルトだった。

「ご、ごめんなさい」

 僕は状況も考えずに名前を呼んでしまった事を素直に謝った。

「ぐっ……いいん、だ。油断した俺が悪い。ん、君たちは冒険者か……なら、すまないが街に行って魔女を呼んできてもらえないか?」
「魔女を? それはどうしてですの? あんなスライムくらいなら魔女がいなくても……」
「あれは魔獣じゃない、モンスターなんだッ! 体の中をよく見てくれ!」

 マルグリッドさんの問いかけに叫ぶように答えているところをみるにかなり状況は悪いのだろう。
 ハルトの言葉に従うようにスライムの透き通った体の中を見ると確かに赤黒い光が明滅しているのが分かった。

「あれ、スライムのモンスターなんていましたっけ?」

 確かに授業ではそんなのがいるなんて聞いていないような。
 もしかしたら寝ていたのかなとも思ったけど、真面目なセイラさんが覚えていないならきっとそうなんだろう。

「現にいるんだからそんな事言っても仕方ないだろっ! 早く行ってくれ! 俺はここであいつらを守る!」
「無茶しないで下さいね、あなたはもうボロボロじゃないですか」

 セイラさんがそういうとハルトは顔を歪めて「それでも、だ」と剣を握り直した。

「いや、僕が守る。だからセイラさんはハルトをっ!」
「っ!? あ、そういえば君はあの時の……」

 どうやらハルトは僕があの時に魔女と戦っていた人物だという事を思い出してくれたらしい。
 それなら話が早いね。

「僕は魔法騎士だから! 心配しないで?」

 僕はボロボロのハルトを安心させるために殊更ゆっくりと、力強くそう伝えた。
 自分でいうのはちょっと恥ずかしいけど、そうすれば少しは安心させられるだろうから。

「じゃあみんな、僕が先に行くから援護をッ!」
「分かりましたわ!」
「やっちゃうよー」

 了解を貰った僕は、スライムに向けて一気に駆け出した。
 どうやらハルトを吹っ飛ばしたあとに倒れている冒険者を捕食しに向かっていたらしい。
 動きが遅かったから助かったね。

「お前の相手はこの僕だぁ!」

 槍を魔法で包みこんで、体の中に薄っすらと見える赤い宝石に向けて突き込んだ。
 しかしスライムはそんな僕の行動などお見通し、とでもいうような行動を取った。

「何っ!?」

 完全に捉えた、と思ったその攻撃はスライムが核となる宝石を体の中でぐるりと動かす事で回避されたのだ。
 粘体の体は槍の攻撃で少しは吹き飛んだものの、ノーダメージといったところだろうか。
 お返しとばかりに振るわれた触手は、僕のアイギス絶対防御に触れると衝撃だけを残して弾け飛んだ。
 僕はその衝撃に逆らわないように、自分から飛ぶことで横にズレると、そこに後ろの二人から援護射撃が殺到した。

「……!!」

 スライムは突然の魔法攻撃に身を捩っている。どうやら効いているようだ。
 後ろではセイラさんがハルトに回復魔法をかけてくれているだろうから、このまま少しずつ削っていけば……ってなんだか異常に体が萎んでいないか!?
 目の前にいるスライムはさっきまでの半分くらいの大きさになっていた。
 もしかしてすぐに削り切れるんじゃ?なんて思った僕の耳に可愛らしい悲鳴が届いた。

「キャッ」
「やだッ」

 そんな二つの悲鳴はマルグリッドさんとアイヴィのものだった。
 何が……と振り返ると二人はスライムの触手に捕まっているようだった。
 よく見ると、僕の視界に入らないように地面に触手を薄く伸ばしていたらしい。
 先に魔法を使う二人を始末しようとしたのかもしれない。

「くそっ、二人を離せッ」

 僕は後方の二人のところまで駆けると、二人を拘束していた触手を一息で断ち切った。

「二人とも大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「うん、ありがとう……ってイニスッ!」

 振り返った時にはもう遅かった。
 僕の体はアイギスごとスライムの体に飲まれてしまったのだ。
 このまま僕を消化するつもりか!?

「ぐッ……息が……」

 スライムの粘液ごしに見える二人は、僕が中に飲まれた事で魔法攻撃が出来ないでいる。
 このままだと僕は息が出来なくて死んでしまうかもしれない。
 そんな状況に動揺して、僕は上手く魔力を練ることが出来なかった。
 本当にこのままでは……少しずつ目の前が白くなっていくのを感じた。

 ——その時だった。

「うおぉぉぉらぁぁぁ!!」

 そんな激烈な叫び声がスライムの中からも聞こえた。
 諦めかけていた僕はその声で引き戻されるようにして意識を覚醒させる。
 どうやら誰かが……いや、ハルトが回復して戦線に戻ってきたようだった。

「疾風連牙ッ!!」

 ハルトはそんな叫びとともにスキルを発動させたようだった。
 あいつ、そんなスキルも使えるようになっていたのか。
 そのスキルは少しずつ確実にスライムの体を削っていっているようだ。
 そして最後の一振りで僕の周囲が一瞬スライムから開放された。

「掴まれッ!」

 そんなハルトの声に僕は手を動かした。
 まるで恋する姫のようにその手をただひたすらに求めた。

「よし、引っ張るぞッ!」

 ハルトが力任せに引っ張ると、僕はなんとかスライムの中から脱出する事が出来た。

「魔女さん、今のうちに頼む!」

 ハルトが振り返ってそういうと、マルグリッドさんとアイヴィの魔法が飛んできた。
 その魔法はハルトがたった今、むき出しにしたその赤い宝石を見事に砕いた。
 そしてそれはスライムにとっての致命傷となった。


「大丈夫だったか!? 確かイニス、だったっけ?」
「う、うん。僕は……大丈夫。助けてくれてありがとう」
「いやそれはこちらこそ……ッ!? ごめんっ! ちょっと仲間の様子、見てくるわ」

 そういうとハルトは顔を赤くすると、僕から目を逸しながら離れていった。
 どうしたんだろう、と自分を見てみると僕の服、というか全身はスライムの粘液でヌルヌルのべったべたになっていた。
 なるほど、扇情的な見た目だったからハルトは直視できなかったんだね。
 ふふ、中身は僕だってのに。うい奴よ。

 結局、ハルトの冒険者仲間も意識を失っているだけだったようで、なんとか全員無事だったようだ。よかった。
 帰り道でさっき倒したゴブリンの耳を誰が削ぐか相談していると、ハルトと意識が戻った仲間達がやってきて、ささっと切り取って渡してくれた。
 街に戻ったら今日のお礼をするっていっていたけど、僕たちにとってのお礼はこれで十分すぎるくらいだった。
 むしろこっちがお礼をしたいくらいだよ。

 こうしてはじめての校外実戦はなんとか依頼達成という事になった。

 ちなみに水場の音だと思っていたのはスライムの移動音だったらしく、実は水場が近くになかったから、僕はヌルヌルべたべたしたままで王都まで戻る事になってしまった。

 とっても気持ちが悪かったよ、特に街の人の視線がね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

処理中です...