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二章 討伐戦

第39話 最悪へ向かう階段

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 ゴーレムが二体とも消えたことで、実習室は安堵の空気が流れていた。
 なんだかいつにもまして熱のこもった視線を感じるけど、気にしたら負けだ。

「あらお姉様、先生が着けてくれた鈴が切れていますよ」
「え、あれ? 本当だ。最後に本気を出せたのはこれが切れたからだったんだね」
「そんな……ありえる、の?」
「うわぁっ!」

 僕は突然、横から声を掛けられて飛び上がってしまった。
 いつの間にかロイゼ先生が隣に来ていたらしい。
 なんか先生は気配をほとんど感じさせないんだよね。
 僕はついでに気になっていたことを聞いてみる事にした。

「そういえばさっきゴーレムを砂にしたのは先生ですか?」
「そう、だよ。でもイニスの方が早かったね、さすが」

 そういって先生は僕の頭を撫でてくれた。
 ま、ルコラちゃんが砂を被らなくて良かったってくらいには役に立てたって思っておこう。

「でもこの鈴が切れるなんてちょっと信じられ、ない」

 先生は落ちていた鈴を拾いながらそんな事をいった。

「指向性、なの?」
「え、なんですか?」

 そんな僕の問いかけは「別に……」という答えで宙に消えた。

「はい、じゃあこれからはこのゴーレム練が基本に、なる。対策を練ったりチームワークを高めるとか、しといて。とりあえず今日はここまで、ね」

 今日の実戦練習その終わりを告げた先生にアイヴィが駆け寄っていく。

「あの、先生……その鈴って——」


 僕らは授業で使った人型や的を片付けないといけなかったから、何の話かは聞こえなかった。
 けど、それは教室に帰ってからすぐに分かる事になった。


「はい、動かないでー」

 帰る準備をする為に教室に戻った僕は、アイヴィに首周りのサイズを測られていた。
 どうやら先生に切れてしまった鈴の修理をさせて貰うことになったらしい。
 鈴っていうかチョーカー部分の補修っていえばいいかな?
 僕に似合うのを作るぞーなんて張り切ってるからおまかせする事にした。
 でもこうやって首に触れられるのは、くすぐったくて仕方がないよ。

「……んんっ」
「ちょっとイニス、動かないでってばー。まぁいいや、もうとっくに測り終わってるし」
「え、じゃあ今まで何してたの!?」
「だってイニスの反応がおかしくて、つい……」
「アイヴィってばひどいよーっ!」

 僕らはいつも通り帰りの支度をしながら教室ではしゃぐ。
 なんだかもうこんな日常が当たり前になってしまっていた。
 もし僕が男だとバレてしまえばこんな忙しくも楽しい日々が終わる。
 捕まって罰を受けることよりも、そっちのほうが嫌だなって思うほど楽しかった。

「そういえばマルグリッドさん、これ」

 そういって僕は腕輪をマルグリッドさんに渡した。

「もう魔力が一杯になったみたいだから返しておくね」
「あら、ありがとうございます。それじゃあこの後、ちょっと練習して帰ろうかしら」
「じゃあ僕も付き合うよ」
「大丈夫ですわ、多分一日でできるものでもないでしょうから。イニスさんもそれを読まないといけないのでしょう?」

 マルグリッドさんは僕の机に重ねられた本を指差していった。

「あ、確かにそうだった……。でも一人で大丈夫?」
「お姉様、それなら私がお付き合いしますから大丈夫ですよ。実は私も練習したい魔法があるので。使えるようになってから見せたいっていう気持ちもわかりますし。二人で秘密の特訓をしてきますね」

 セイラさんがウインクをしながらそういった。
 あんまり慣れていないらしく両目をつぶってしまっていたけど、多分ウインクをしながらそういった。


「はぁ……多分、みんなに勉強が苦手って思われているんだろうなぁ」

 これから本をたくさん読まないといけない僕に、みんなが気を使ってくれたのが明らかだったからね。
 確かに勉強は苦手だけど本を読むのは嫌いじゃないんだけど。
 でもさっきチラっと中身を見たら難しそうな内容だったし、全部読むのは結構時間がかかるかもしれないな。

 そんな事を考えながら寮に戻ると、入ってすぐの所にリオナ先輩がいた。
 以来、先輩に会ってなかったから油断していた……。

「あら、イニスさんじゃないの。最近まで実習で遠征に行っていたからなかなか会えなかったわね。寂しかったかしら?」
「い、いえ。遠征おつかれさまでした……」

 僕はそれだけいうと本を胸に抱えて自分の部屋に帰ろうとする。
 そんな僕の首筋にリオナ先輩の細い指が絡みついた。

「ひゃっ!」
「そう、あなたはだったわよね? ……あら、大事そうに抱えているのはエリュシオン様の本じゃない。私も大ファンなの。良かったら私の部屋で語らいましょ?」
「あ、えっと……大丈夫……です」

 教えて貰えるのは正直嬉しいけど、違う勉強も教わらないといけなくなりそうだからね。

「そういえば、あなた討伐戦でとんでもない勝負をしようとしてるって小耳に挟んだわよ? 生徒会長としては到底許可できないのだけれど」
「えっ?」

 それは困る。僕はあいつ……メリンダに絶対謝らせたいんだから。
 その炎にも似た激情は僕の心の中から決して消えてはいない。

「まぁ……なんなら許可してもいいわよ? 条件はこっちで変えるけれどね。あんな小娘の一存でこんなに可愛らしい命を摘むことなんてさせられないわ」
「…………エリュシオン様について、教えてもらえますか?」
「あら、急に気が変わったの?」

 僕としては自分のちっぽけな命くらい賭けてもいい。
 でも仲間のみんなまで命を賭ける必要なんてないって思っていた。
 それでもあの勝負だけは引けなかった。
 でももしかしたら、ここで先輩に入ってもらえば勝負は有効、条件は変更という僕にとって都合の良い状況に持っていけるんじゃないか?僕はそう考えた。
 その為なら……行くしかないじゃないか。

 先輩にも同室の相手がいるのだろうし、ちょっと拒否すれば最悪な事にはならないだろう。
 そんな甘すぎる考えを持ちながら、僕ははじめて三階への階段を登った。

 最悪へ向かう階段を登ったんだ。


 * * * * * *


 どこかの暗い部屋で声が響いた。
 それは蠱惑的な吐息を響きを含んだ甘い甘いささやき。

「へぇ、そんな楽しそうな催しがあるの? なら私も参加しないわけにはいかないわね。あわよくば……もう一人二人頂いちゃいましょうか」
「…………」
嫉妬いているのかしら? 大丈夫よ、あなたは私だけの騎士様、よ」
「…………」
「あら、上手。いい子ね。そこよ、そこ」

 陽の当たる日常の裏側には常に闇が影を落としている。
 それに気付くのは——もう少しだけ先。
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