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一章 魔女学園入学篇

第19話 討伐とその代償

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 僕の耳にはあの魔女の甘ったるい声がこびりついていた。

 ——あの坊やは返してあげるわ。見習いじゃなくて「本物」が手に入ったしね。

 その意味は、そのあとすぐに分かる事になる。


「……それよりっハルトはっ!?」

 ふと見ればハルトは糸が切れた人形のように倒れ込んでいた。
 僕は近くに駆け寄って軽く肩を揺すってみる。

「……ん……んんっ」
「ハルト! 無事なの?」

 僕がそう声をかけるとハルトはようやく薄く目を開いた。

「…………カイ……? いや違うか……誰、だ?」
「あ、僕はリッカに頼まれてキミを探しに来て……」
「リッカ? あぁ……心配を掛けてしまったな」

 ハルトはそういうと悲しそうな顔をしながらゆっくりと立ち上がった。

「操られていたみたいだけど……覚えているの?」
「ああ、なんとなく周囲の状況は分かっていた。でもそれに抗えない自分がいて……情けない」

 ハルトは肩を落としながらそう呟いた。

「オイッ、無事か!?」

 そんなやり取りをしていると、広場の反対側から誰かがこちらに向かってきて声を掛けてくる。
 この声は……サブナックさんか。

「サブナックさんも無事だったんですね」
「ああ。どうにも体の自由がきかなくなっちまってガイナッツの野郎と大喧嘩しちまったぜ。ところでそっちの兄ちゃんの調子はどうだったよ?」
「ええ、サブナックさんと同じで操られていただけみたいです」
「迷惑をかけたみたいで——ごめんなさい」

 ハルトは僕とサブナックさんに向かって頭を下げてきた。
 村に居た時はこんな素直な姿を見たことがなかったからちょっぴり新鮮だ。

「いやな、俺も操られて分かったけどよ。あれにゃ抗いようがねえや。イニスやガイナッツ、それに騎士の兄ちゃんらが耐えられていた理由を知りたいぐれえだ」

 サブナックさんはハルトを慰めつつ苦笑いを浮かべた。
 そして僕の方にポンと手を置いてこういった。

「……まぁ無事でよかったな」

 でもその顔はどこか浮かない顔をしていた。
 思わずどうしたのか?と聞くと。

「実は俺らのがな——」



 予定通り盗賊団を壊滅させたにも関わらず、王都へ戻る討伐隊の足取りは重かった。
 理由は討伐隊の隊長を務めていたマークヴェインがさらわれた事にある。
 聞くところによると魔女が消える直前にあの巨大蜘蛛が出した糸に巻き取られ、蜘蛛と共に消えていってしまったらしい。

「僕が魔女を倒せなかったからだ……」

 僕はため息と共に吐き出した。
 するとどこから聞いていたのかガイナッツが隣に並んで声をかけてくる。

「あんな酷いことをされた奴のことを心配してやってんのか?」

 あんな酷いこと、というのは僕を大蜘蛛——アルケニーの前に投げ飛ばした時のことだろう。

「え、ええ。あの時はさすがに恨みもしましたけど、その前に守ってくれたのも事実ですから……」
「そりゃお優しいことで」
「それに僕がハルト——ああ、彼ですが」

 僕はチラリと後ろに目をやる。
 ハルトは生き残った盗賊団の残党と共に捕縛され、連行されていた。

「彼を助けたから代わりにマークヴェインさんを連れ去ったんですよね……それが、ちょっと……」
「いや、おそらくそれは違うと思うぜ」
「えっ!?」
「盗賊団をわざわざこんな王都の近くで派手に暴れさせたんだからよ、おそらく最初っから狙いは騎士団が出張ってくる事にあったんだろうと俺は踏んでる」

 本当のとこは知らねえがな、といっているけど、確かにあの時、見習いじゃなくて本物が手に入ったと言っていたな、と僕は思い出した。

「なるほど……いや、それでも……」
「カーッ、全く、うじうじと女々しいったらないぜ!」
「いや、僕は女ですけど……」
「確かにそうだが、そういうことじゃねぇ。起きちまったことは起きちまった事だ。だったらこれからどうしたらいいかって事を考えるべきだろが」
「……っ! そうか、僕がマークヴェインさんを助けに……」

 そういったところで僕の頭のてっぺんにガイナッツさんの手刀が落ちた。

「お前は見たところまだ15かそこらだろ? んなことは大人の俺たちに任せておけ。お前がやらないといけない事はな、今は食って、遊んで……学ぶ事だろうが」

 ガイナッツさんの手刀はちょっぴり痛くて、そしてとても暖かかった。

「ガイナッツさんて見た目と違って優しいんですね」

 僕が笑いながらそう言うと「うるせぇっ」といって離れていってしまったけど、どこかその顔は嬉しそうだった。


 街に戻った僕らは、ハルトを含む盗賊団の残党を騎士団に預けて解散となった。
 僕はサブナックさんに「ハルトをお願いします」といって、荷物持ちの仕事を終わらせた。
 サブナックさんへのハルト捜索依頼は完了という事にしておいたので、ギルドへの手続きはもういらないらしい。

 昼前に町を出たのに時間はもう夕刻をとうに過ぎている。
 いきなり学園の門限を破ってしまった僕は恐る恐る学園へ戻ったのだった。

 学園の門にはいつものディーラトンさんがいたけれど、微笑みかける元気も残っていなかったので、会釈だけして通り過ぎた。
 彼は少し寂しそうな、そして心配そうな顔をして僕を通してくれた。

 それから外出の際に渡された仮の学生証を返しに行くと、いきなりの門限破りをカンカンに叱られた。
 どうやら門限破りには罰があるようで、僕は明日から一週間、寮内の掃除をする事になってしまったのだった。
 ちなみに新入生がこんなに早く門限を破ったのははじめてらしい。不名誉な記録だ。

 そんなことが色々あって寮の部屋に帰ると、部屋ではコレットが心配そうに待っていてくれた。

「大丈夫? 遅かったから心配していたよ。ハルトくんは?」
「あ、うん。見つかったよ。心配いらない……っていう状況でもないけど、一応ね」
「そう、それだったら良かった。あ、そういえばイニスはご飯食べた? って……もう寝ちゃってる。よっぽど疲れたのね。おやすみ……何があったか明日教えてね」

 僕は半分夢の中でそれを聞いていた。
 わかったよ、といったのは声になっていたかな?
 それからふわり、とコレットが毛布をかけてくれたので僕はその温もりと安心感に抗えず、残ったもう半分も夢の中に沈んでいくのだった。
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