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序章

第3話 だったら正夢にすればいい

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 村に帰る途中、僕らの訓練場に立ち寄るとそこにはまだ剣を振り続けているハルトが居た。
 勢い込んで背中を見せちゃった手前、少し気恥ずかしいけどちゃんと謝らなくちゃ。

「ハルト……さっきはごめん」
「ああ。でも俺はさ、謝らないぞ」

 ハルトは訓練の為に振り続けている剣を止めず、ぶっきらぼうにそう言った。
 きっとこれはを謝らない、という事だろう。

「ああ、うん。ありがとう」

 それならきっとこれが正解だ。
 僕の返答を聞いたハルトはニカっと破顔して剣を止めた。

「おう。それじゃ、また二人でたくさん練習してもっともっと強くなろうな! そして二人でリッカの騎……」

 ハルトはそこまで言った所で僕の背中に隠れるように立っていたリッカに気づいたらしい。

「リッカの騎……って聞こえたけどあたしがなぁに?」

 リッカはなんだか悪い笑顔で「ホレホレ言ってみ」とその先を要求している。

「そうだね。リッカも、あと他の魔女さんも守れるくらい強くなりたいね」

 僕は自分への宣言も兼ねてそう言った。
 あれ、自分で言葉の続きを要求したリッカが心なしか赤くなっているような。

「……カイ、お前森の奥でなんかあったのか? ちょっと……変わったような」
「どうだろ、何かあったとしたら自分の弱さをしこたま噛み締めたってくらいだけど」

 そこですかさずリッカが口をはさむ。

「え、今まで自分の弱さを知らなかったのかよ?」
「おい、何でリッカが言うんだよ」

 だって顔に書いてあったんだもーん、俺はそんな事思ってねーよ!と二人がじゃれ合い、そして笑い合う。

「ねぇ、ふたりとも……幼馴染だから許せるけど他でそれやったらイジメだからね?」

 そういって僕も笑顔の輪に加わる。
 そうだ、僕たちは小さい頃からこれくらいの何でも言い合える関係性だったな。

 こうして一通り笑いあった所でハルトがふと真剣な顔になった。

「あれ? そういやカイ、ずっと手首をおさえてるけどどうかしたのか? まさかさっきの練習試合で……」

 ハルトもリッカもどうもこういうのに目ざといな。
 僕は僕で隠し事が苦手だからどうもこういう時に焦ってしまうんだ。

「あ……ち、違うよ。えっと……」

 僕がどうやって隠そうか、それとも打ち明けてしまおうかとしどろもどろになっていると思わぬ所から船が出港した。

「ああ、カイのそれはカエルに驚いて転んじゃったんだってさー」

 リッカの助け舟に乗っかるようにして、僕はとりあえずこの場では話を合わせることにした。
 いや、リッカ本人に助け舟のつもりはないんだろうけどね。

「それより試合って何よ?」

 僕とハルトが練習で試合をした、という事を伝えるとリッカはぷくっと頬を膨らませる。
 こうやって素直に感情を表現してくれる所がリッカのいいところだな。

「えーなによそれ、あたしも見たかったなぁ」

「いやいや、見せるほどのものじゃなかったよ。僕なんて一瞬で寝てたし。まぁ寝不足だっただけなんだけどね。ほんと」

 僕は無意味にほんのちょっとだけ強がってみる。
 二人ともはい、はいって生返事だったけどちゃんと聞こえていたかな。

 そんないつもの三人で、やっぱりいつもの他愛もない会話をしてたら辺りが薄暗くなってきたので「そろそろ帰ろっか」というリッカの声をきっかけにして三人揃ってそれぞれの家へ帰ることにした。


「じゃあまたあしたねー」
「おう」「また明日」

 お互いにそう言い合って自分の家に帰る。
 そんな当たり前の日があと三ヶ月で……いや、今は考えないようにしよう。


「ただいまー」
「あ、カイおかえり。また練習していたの?」

 母さんが料理を作っていたであろう手を止めて顔をのぞかせる。

「うん、だって騎士になりたいからうんと練習しないとね。あ、そうだ。余った布切れってない?」

 僕はそういって部屋に戻ると、受け取った布の切れ端を更に縦に切り裂いて手首を隠すように結んだ。
 でもやっぱり隠すほど目立つもので。

「あら、手首怪我したの? 見せてごらん」
「大丈夫だよ、なんていうか……オシャレ?」
「そう………………。じゃあご飯にしましょうか」

 その間は何!?と突っ込んだら藪からサーペントが出てきそうなので「うん」とだけ答えておいた。


 ——その夜、僕は夢を見た。

 夢の中の僕はスカートを履いていた。
 胸もリッカくらいに大きくて……そう、女のになっていたのだ。
 周りで話している友達らしき子もみんな女の子で、友達も僕を女の子として扱っていた。
 スカートは妙に足がスースーして落ち着かないな、と思った所で目が醒めた。
 起きたら足元だけ毛布からはみ出ていて、それもこの夢の原因かな?と思った。
 もちろん昨日の出来事が大きいんだろうけど。

 まさかこれが正夢になるだなんて……その時の僕には知る由もなかった。


 * * * * * *


「ブロスさん、おはようございます。起きてますか?」
「ああ、カイ坊か。入っていいぞ」

 僕は昨日の出来事が気になり、朝一番でブロスさんを尋ねることにした。
 ブロスさんは昔王都で騎士をやっていたから何か知っているかもしれない。

 家に招き入れてもらえた僕はブロスさんの前に座って話を切り出す。

「あのですね……突拍子もない話なんですけど」
「ん、カイ坊が騎士になりたいって話か?」
「え、ブロスさんそれ突拍子もないですかね? ねぇ?」
「あ、いや……間違えた。忘れてくれ。で、何だ?」

 ブロスさんが僕の事をどう見ているか分かったような一幕だった。
 まぁ今はそれは置いておこう。

「男の魔女っているんですか?」
「はぁ? 魔”女”っていみじくも自分で言っちゃってるじゃねえか」
「あ、それは確かに。じゃあなんですかね、魔”男”、いや魔王じゃないし……まぁ魔法を使える男の人がいるのかな?って」
「うーん……スキルが覚えられないなら魔法だ、って考えるのはなんとなく分かる。でもそっちの方が大変だぞ。なにせ俺は男で魔法が使える奴を見たことも聞いた事もねえ」

 やっぱりそうか。
 でもおとぎ話でブリューナクだったかエクスカリバーを持った益荒男ますらおがモンスターをばっさばっさ斬って魔法もバンバン使うという話を聞いた事がある。
 そのような話をブロスさんにすると「おとぎ話はおとぎ話だ」と返されてしまった。

「やっぱりそう、ですよね」
「ああ、やっぱり地道が一番正道に近いはずだぞ」

 よし、それじゃあ今日も張り切って練習を頑張っていこう!みたいに話を切り上げようとするブロスさんに僕は慌てて声をあげる。

「それじゃあこれをっ! これを……見てもらえますか?」

 僕はそう言って昨日のカエル型モンスターが落とした宝石——魔石をポケットから取り出した。
 ブロスさんはそれを見るや否や眉間に深い皺を寄せた。

「おい、そいつをどこで拾った?」

 普段のブロスさんからは想像出来ないような低い声が出て僕は自分が悪い事をしているのかとドキリとした。

「実はですね……」

 僕は昨日の出来事をブロスさんに話した。
 森の奥にある湖を覗いていたら大きいカエルが出てきた事。
 額に宝石があってすぐにモンスターだと分かった事。
 そして自分がモンスターを殴ったと思ったら大きな音がして気がついたらモンスターが消えていた事。
 これらを黙って聞いていたブロスさんは話を聞いて一言。

「信じられねえ」

 やっぱり信じてもらえないのか、それとも夢だったのだろうか?
 と思ったらブロスさんの話はまだ続いた。

「……が、確かにこの石はモンスターを倒した時に落ちる魔石だ」
「やっぱりそうですか」

 僕は何故かホッとした。本当は夢であったほうがいいのに。

「ついでにこれも見てください」

 そういって僕は手首に巻いていた布をとった。

「こ、これは……!?」

 ブロスさんは僕の腕をぐいっと引き寄せると間近で観察し始めた。
 やはり元騎士だけあって力が強くてちょっと痛いな。

「間違いない……こりゃあ<魔女の刻印>だ」

 間違いであってくれ、そんな僕の祈りは無情にも届かなかった。

「で、でも<魔女の刻印>というのは属性ごとに決まった紋様があったり……」
「そりゃあ一般的には、だ。特殊な紋様だってあるさ。それこそスキルにも汎用的なものからユニークなものまであるって教えたろ? あれと一緒さ」

 ブロスさんが見た中には口にするのも憚られるような紋様を持つ魔女も居たらしい。
 一体どんな紋様なのか気になって仕方がないよ。

「…………でも男に紋様が出るなんてのは初めて見たぜ」

 ブロスさんは何故か僕の刻印に祈りを捧げている。
 まぁ<魔女の刻印>は神から与えられし聖痕スティグマと捉える宗教もあって信仰の対象にもなるらしいからさもありなん、か。

「……ひょっとしたらカイ坊がスキルをひとっつも覚えられなかったのはそこら辺にあるのかもな?」
「と、いいますと?」
「カイ坊は騎士じゃなく魔女……ああ魔法男子って言っとくか? まぁそいつに選ばれちまってるって事だ」

 ガーン……と僕は崩れ落ちた。

「おいおい、そう気を落とすなって。あれだろ、リッカ嬢のことだろ? 騎士になってずっと側に居てえっていう」

 僕の秘めたる(秘められているかは別として)気持ちを物凄くストレートに代弁されたけど、まぁその通りだからこくりと頷いておく。

「はぁ。まぁ小せえ時から一緒だったしな、このままずっとリッカ嬢と一緒に居たいってえ気持ちは分からんでもないけどよ。っと、待てよ? ずっと一緒に……か」

 ブロスさんは何かを思いついたのか、顎に指を当てて考え始めた。
 そしてトンデモない事を思いつくのだった。

「あのよ、だったらなっちまえばいい。————魔女に、よ」
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