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敗北者

勇者は時代の敗北者じゃけぇ......

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 嘗て、愛を誓った二人がいた。
 熱烈なキスを交わし、熱の浮いた目で互いを見つめ合い、そして一夜を共にした。

 ただし、愛を誓った二人と、体を重ねた二人の竿役は別人だとする。

 ここで質問です。あなたは、それでもこの女性と将来を誓えますか?純粋に愛を囁けますか?

▼▲

 空の支配者であるドラゴン。勇者パーティーはソイツと戦っていた。

 地に悠然と佇むドラゴンが口を開く。

「ブレスが来るぞ!シールダー、早く!」

「っしゃ任せろ!!」

 直径三メートルもある巨大な盾が仲間を守る。
 熱を帯びたブレスが止むと、剣士フェンサーが降りてきた竜に目掛けて突撃する。

騎士ナイトはフェンサーの援護!弓兵アーチャーはドラゴンの目を狙え!!」

 次々に飛んでくる攻撃に、ドラゴンは堪らず上空へ逃げる。
 だが、それは司令塔の彼からすれば下策中の下策。勝機が見えたも同然だった。

「今だ!野伏レンジャー隊、鋼鉄網を張れ!!」

 突如としてドラゴンの頭上に網が敷かれる。みるみるうちに絡まり、身動きが取れなくなってしまった。

「総員、攻撃開始ぃぃぃ!!!」







「みんなー、お疲れさま。今日はもう休んでくれ。後片付けは僕がやっておく。特にレンジャーは重い鋼鉄網を運ばせて悪かったな。はい、解散!」

 なんとも安全な勝利。味気はないが、確実で、堅実だ。

 『安全に勝つ』今代の勇者の方針だ。
 だが、この方針には反対意見が見られる。なぜなら、まず人数が多い。勇者パーティーは少数精鋭を伝統としており、それゆえに優越感に浸れる。だから、民からは羨望の眼差しを受けることが多い。

 しかし、今代の勇者は伝統を投げ捨て、安全を取った。各冒険者ギルドから選りすぐりを、計100人程度は集めた。これでは優越感も糞もない。

 次に、政治的問題だ。

 国王は勇者を旅立たせる直前、魔王を討伐したのなら勇者パーティーにはなんでも一つ願いを叶えてやろう、と約束している。数人なら良かった。だが、勇者は国王に無許可でどんどん人数を増やした。

 百人分の無償の褒美など、その前に国債まみれになってしまう。予算のお話。大人のお話である。

「あの...勇者様」

「おお、サラじゃないか。どうした?トイレなら着いてってやるぞ」

「違います。その......勇者様に大切なお話が。今すぐ森の中で話したいのですが...よろしいですか?」

「構わん、ほれ、行くぞ」

 サラ、と呼ばれた女性は勇者の許嫁である。華奢な体に腰まで伸ばした金髪がチャーミングな僧侶モンクで、基本後衛にいる。
 許嫁とはいえ、女の子の大切なお話。年頃の男の子である勇者が反応しないはずもなく、ひょこひょこ付いていく。

「おや、勇者様も隅に置けませんなぁ。くれぐれも、尻に敷かれないで下さいよ?あ、ついでにバゼットの坊やを探してきてくださいな」

「ははは......了解です...」

「おぅ!坊主!今回も大活躍だったじゃねぇか!!この調子で魔王も討伐してやろうぜ!」

「はいっ!体には十分にお気をつけを。皆さん一人一人が大事な戦力ですので」

 と、ご覧の通り勇者は人気者である。
 夜営場所を抜け、しばらく森を突き進むとサラの歩みが止まる。

「こんなところまで呼び出して...で、何の用だい?」

「呼び出したのは俺だ、勇者様」

 銀色に光る短髪を揺らし、赤い瞳で勇者を睨む少年がいた。
 彼の名はバゼット。齢十四にして、フェンサーのトップに位置する天才だ。

「......バゼット?こんなところにいたのか。君が僕に用なんて珍しいこともあったもんだ。それで?」

「単刀直入に言おう、あなたに勇者は向いていない。今すぐその座を譲ってもらいたい」

「──へぇ、そりゃ大きく出たものだね。根拠は?」

 ニヤリと笑う勇者。そしてその様子を嘲笑し、バゼットは話を始める。

「まず、勇者とは誰よりも前線に立って勇猛果敢に戦わなくてはならない。何故なら勇者は民の希望だ。なら、一番目立つ場所で剣を振るい、一番傷つかなくてはならない。その様子を見て、民は勇気をもらえる」

「......続けろ」

「次に、勇者とは非道でなくてはならない。あなたのようなお人好しに、この先剣を預けるのが不安で仕方がない。確かに、あなたは立派な人格者だ。対する人平等に、敬意をもって接している。誰にも真似できることではない」

 一度、空気を味わうかのように深呼吸。目を瞑り、そして開く。

「あなたは人を使うのが上手い。認めよう、それだけは国一番だ。──だけど、戦場でのあなたはお荷物だ。指揮官を最初に殺すのは戦場においての鉄則ということくらいは知っているな?ウチのような集団戦闘メインで指揮官を殺されるのは、即ち崩壊を意味する。出来れば、あなたのような素晴らしい人間には領地に籠ってもらいたい」

 バゼットは腰の剣に手を伸ばす。
 夜の森林が一切の息をしていない。完全な沈黙が降りる。

「そこで、再度頼みたい。あなたは勇者の座を譲れ。そして権限も全てこちらに渡し、領地の中で内政をしてほしい。もし、断るのならば──今すぐにでも、あなたを戦線復帰不可能な状態にします。......それほどまでに、あなたの戦闘は怖い」

 剣を抜き重心を落とし、剣を構える。彼の持ち味であるスピードを生かせば、この距離など刹那も掛かるまい。

「確かに、」

 勇者が口を開く。重々しく、厳かに。

「確かに、バゼットの言うことはごもっともだ。僕には勇者と名乗れる資格なんてないし、お人好しで死ぬのが怖い。それに、僕は剣だって得意じゃない」

 言葉を紡ぐ。慎重に、一句一句味わうように。

「でもさ......でも、それって悪いことなのかな。死ぬのが怖い、人に優しい、人間らしくて大変結構じゃないか。人間が人間であることを止めたら、それはもう勇者なんかじゃなく狂人なんだよ。僕は、自分が人間であることを感じながら魔王を倒したい。人道に背くような行いはしたくないし、道徳に反するような人間にはなりたくない」

 ちらりとサラを見る。彼女の視線はバゼットにあり、こちらに関心がないことをありありと伺えた。それを見て、勇者は寂しそうに笑う。

「『勇者の刻印』なんてものが偶々右腕に浮かび上がったから、なんて理由で勇者をやっているけれど。根本にあるものは君らと同じつもりだよ。民衆を守るために最善を尽くしている」

「......交渉は決裂、か。いえ、最初から分かっていたことでした。あなたは決して自分を曲げないと、数年間共に過ごして知っていたつもりでしたから────御免!!」

 突風が吹き荒れる。勇者が再びバゼットを見たのは、遥か後ろで剣を鞘に納めている後ろ姿だった。

「......ガハッ」

 腹に一突き、そしてついでとばかりに右腕を持っていかれた。一応サラにヘルプの視線を寄越すも、彼女は既にバゼットの元へ走っていた。

「──バゼッ、ト。彼女は......本心で?」

「今からサラは俺の正式な妻となります。その...えっと、彼女も俺のことを愛しているそうだ。安心しろ、必ず幸せにしてみせる。......あなたは野生の熊と出会い、サラを逃がすために犠牲になったことになる。大丈夫だ、数分後には迎えに来てやる」

 遠退く意識の中、自分が初めて恋をした少女に焦点を合わせる。勇者に選ばれ、許嫁を与えられ、辛い訓練の際に彼女だけが唯一の癒しだったことを思いだす。彼女のために世界を救うのも悪くないかな、と思ったことがあるくらいだ。

「いいな、くれぐれもそこか──動くな───こんな暗─────」

(ああ、そうだなぁ......一度くらい、手を繋ぎたかったなぁ───)

 間も無く意識は闇に沈み、腹から溢れる鮮血もまた止まることはなかった。

▼▲

 気が付くと。勇者は──否、元勇者は地面と空の境界線があやふやな場所で胡座を欠いていた。摩訶不思議で恐るべき場所であるのに、なぜか心は落ち着いていた。

「......汝、面を上げよ。顔が見えぬ」

 若々しくも聞こえ、また老獪な響きをして、されど男のように芯があり、そして少女のように高く澄んだ声が聞こえた。

「汝は死んだ。バゼットとやらが加減を誤ったせいでな。出血多量だった」

 その声は、いとも簡単に死亡宣告をしてくれたのだった。
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