【完結】大好きな彼に「結婚したい人がいる」と言われました。貧乏令嬢だから仕事に生きることにしたのに……なんで?どうして私を甘やかすの??

ただ巻き芳賀

文字の大きさ
上 下
18 / 42

その十八  いつもと同じように

しおりを挟む
 目の前にいる幼馴染みの彼は、胸に片手を当てる。

「私は国王陛下の息子、ウィリアム・グランデだ」
「……だ、第一王子様」

 なんと、ウィルはこの国の第一王子様だった。
 いつも優しくしてくれるウィル。
 毎週のようにふたりの時間を共有し、私を甘やかしてくれるウィル。
 彼は、ウィリアム様だった。
 素敵な彼の存在は私にとって王子様そのもの。

(愛しい幼馴染みは……本当の本当に本物の王子様だったのね)

 信じられない思いで胸がいっぱいになる。
 自分の好きになった人が、いつも私に優しくて甘やかしてくれる幼馴染みが、国の女性たちみんなの憧れ、ウィリアム様だったのだから。

 ウィルの執事、ロラン様が口を開く。

「ウィリアム様、廊下での立ち話ではなくお部屋へ」
「分かった。マリー、ついて来てくれ」

 ウィルが私に背を向けて歩き出すと、少し斜め後ろをロラン様がついて行く。

 ふたりについて行けば、少しは何か説明してもらえるかもしれない。
 廊下の立ち話では、気になることも聞けないし、相手は第一王子様なので誰かに見られたら疑問を抱かれかねない。

 私も黙って彼らの後をついて行くことにした。
 美しいものが好きな私は、以前からこの美丈夫ふたりの後ろ姿がとても好きだ。

 ウィルは金髪で美しい顔立ち。
 けど、背が高くて剣の修練で体格がいいので、シルエットが男らしくてとても素敵だと思う。

 ロラン様は肩よりも長い黒髪。
 切れ長の目が印象的で、二十代前半の頼れるお兄様タイプだ。
 背はウィルより少しだけ高くて少し線が細い。
 いつもロラン様の提案にウィルが従う様子から、彼が信頼されているとよく分かる。

「本はこの階の王族私書室にある」

 そう言ってウィルが廊下の先まで行くと、一番奥の扉をゆっくり開けた。
 私も彼と一緒に部屋へ入る。

 ロラン様はいつもと同じで、幼馴染みの私たちに気を遣って部屋の外で待つようだ。
 私は扉が閉まるのを確認してから、彼に問いかける。

「あの! ウィル、あっ……ウィリアム……様」
「悪い、突然の告白で混乱させたな。いつも通り、俺のことはウィルと呼んでくれ」

「で、でも、第一王子様なので……」
「どうか頼む。ふたりでいるときは、これまでと同じように呼んで欲しい」

 じっと見つめる彼の瞳が、私の胸を高鳴らせる。
 まるで私を求めているように見えた。
 そんなに真剣な眼差しで見つめられたら、どこの令嬢だって断れやしない。

 でも高貴な方への従順さを示すため、あえて無礼な呼び方をするのは、なんだか不思議な感じがする。

「ウ、ウィル……は王子様だったのですね……」
「やっぱり距離ができるのか」

 私の態度に彼はため息をついた。
 いくらいつも通りにと言われても、丁寧にしゃべらなくてはと委縮する。

「当然です。どうかこれまでの数々のご無礼、お許しください」
「マリー……。いつものように接してくれないか」

 やはりウィルは高貴な身分だった。
 だけど、上位貴族だと思っていた私の予想よりもはるか上の存在、王族だったなんて。
 それも王位継承権第一位の王子様が、毎週私の部屋へ来る幼馴染みの正体だったなんて。
 そんなの、誰だって予想できないと思う。

「これまでのようには……難しいです。下位貴族の孫娘である私にとって、王族の方は雲の上の存在。身分の高い方とお話する際は、感情を表に出さないよう幼いころから教育され――」
「なら、俺が感情を出させてあげよう」

 ウィルは私の体を引き寄せると、なんと腰に腕を回す。

「え、あ、ちょっと? ウィル?」
「最初からこうすればよかった。ほらいつものように話そう」

「ウィル、いえ、王子様。王子様がこのようなこと」
「強情だな。ならもう手段は選ばない」

 そう言いながら少し嬉しそうにしたウィルは、後ろから私の頭に手を当てて包むように抱きしめた。
 彼のごつごつした手が私の耳に当てられて、その硬い感触に体がビクンと跳ねる。

(待って待って待って! この手は反則だって!)

 もう片手は腰に回されて引き寄せられているので、ウィルとの距離はゼロ。
 私は誘惑に逆らえず、自分の意志で彼の胸へ顔をうずめる。

 大好きな人がいま、こんなに近い。

 これまでだって、腰を抱かれて体を近づけたことはなかった。
 厚い胸板、彼の体温を感じる……。
 あ、この匂い。

 私は緊張で胸が高鳴なって恥ずかしくなり、顔を見られないように彼の胸に頬を押しつけていた。

 いつも彼がつけている香水のさわやかな匂いとともに、かすかにウィルの肌の匂いを感じる。
 彼特有のこの匂いを知っているのは、身の回りを世話するメイドと幼馴染みの私だけだと思う。

 彼は剣の修練が終わると、私が準備した濡れタオルで汗を拭く。
 私の部屋に来るときは、柑橘系の香水とわずかな汗の匂いがするのだけど、それとは違う彼特有の匂いがあるのを最近知った。

 ウィルは私をからかうために、体をそばに寄せることが増えて、そのときに気づいてしまった。
 大好きな人の肌の匂いは私の好きな匂いなのだ。
 チャンスとばかり胸に顔をうずめてこっそり幸せを満喫する。

 ウィルはそんな私の頬に手を当てると、顔を近づけて……。
 そして彼は……私の頬に優しくキスをした。
 そのあとすぐにひたいへもキスする。
 大好きな人からのキスは幸せで、だけど短くて。
 その先のキスがあるかもとドキドキして期待する。
 けれど、彼はすぐに私を開放した。

「ウィル⁉ いまキスしたよね⁉」
「ふう。やっと、いつものように話してくれたな」

「いつものように?」
「ああ、いつものマリーに戻って欲しくてな」

「ちょっと、ウィル! あなたまさか動揺させるためにキスをしたの?」
「いや、キスはただ俺がしたかったんだ。仲良くしていた大切な人から、他人行儀にされるのはつらいしな」

(したかったって……ウィルが私を好きになった訳じゃないの?)

 私が王子様の身分に委縮して距離をとったから、彼が過激なことをしていつもの私に戻そうとしたのだろうか。
 だからって、幼馴染み相手に頬やひたいにキスするだろうか。

(……普通はしないわよね。じゃあ彼は、私を女性として見ているってこと?)

 混乱しながらも思考がぐるぐる回って、結論にたどりつく。

(頬とひたいへのキスだけど、一歩前進ってことにしよう!)

 理想は好きって言わせてからのキスだけど、もう時間がないからいいにしよう。
 だって彼の婚約まで、あと二か月しかない。
 それまでに、絶対私を好きって言わせたいから。

「ま、まあ、ひたいへのキスくらいなら、ゆ、許してあげようかな」
「じゃあまた今度、マリーに隙があればしよう」

「す、隙があれば⁉」
「ああ。結婚したい相手のことなど忘れさせて、絶対言わせたい言葉があるからな」

 い、言わせたい言葉?

 私がキョトンとすると、彼は楽しそうに笑った。
 ずいぶん噂とは違う王子様だ。
 スザンヌ様たちは氷の王子様とか言っていたのに。
 王子様だと知って最初は委縮して、王族に対する接し方をしなければと意識したけど、なんかもうこれまで通りに話せそう。

「マリー。そろそろ本を探そう」
「そ、そういえば本が目的だったわね」

 彼はあの手で私の頭を優しく撫でてから、この部屋の奥へ移動すると、ずらりと並ぶ大きくて分厚い本の列を指さした。

「実は二百年前の俺の先祖、その時代の王妃に時空魔法の特性を持った人がいたらしい」
「二百年前の王妃様?」

「二百年前、魔物の集団に王都を襲われたとき、時空魔法で奇跡を起こして王国を救ったのがその王妃だ」
「ウィルにとって、ずっと昔のおばあ様ね」

「この本が、そのころの王族にまつわる伝記だ」
「さすがにこんな貴重で大きな本、借りられないわ」

 本というだけでも高価なのに、王家の歴史が細かく書かれている貴重なものだ。
 もし万が一、汚したり失くしたりしたら、ウチの家は賠償金が払えず破産してしまう。

「なら、時間を作ってここで少しずつ読めばいい」
「時間は作れても、王族でもない私がこの部屋へ出入りすることはできないわ」

 ここは宮殿だ。
 ただでさえジゼル様とスザンヌ様に宮殿の出入り時間を制限されている。
 なのに、王族のための本が並ぶ王族私書室へひとりで入り浸っているのを見られたら、何を言われるか分からない。

 激高するジゼル様とスザンヌ様の顔が目に浮かぶ。
 第一王子様であるウィリアム様に許可されたと言っても、信じてもらえないだろう。

「分かった。この本を王城の書庫へ移動させて、さらにマリーを期間限定の司書官手伝いにしよう」
「私が司書官手伝いに⁉」

 王城の書庫へ、私が気兼ねなく出入りできるように配慮してくれたのは分かる。

(でも、ちょっと無理やりな気が……)

 読み書きは普通にできるけどあまり好きじゃないし、日記ですら三日坊主でちゃんと書けない。
 そんな私が司書官手伝いというのは、あまりに頼りない人選だと自分で思う。

 仕事を頑張るのは得意でも、文章に関わる仕事で私が王城の書庫へ出入りして、先輩メイドたちが納得するのか心配だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人

キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。 だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。 だって婚約者は私なのだから。 いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...