上 下
14 / 28

その十四  それぞれの結婚観

しおりを挟む
 翌日。
 朝からマチルド様と侍女のエバ様が休憩室に来て、みんなに緊張が走った。
 全員が席を立つ。

「廊下の窓は綺麗になりましたか?」
「ご指摘のあった廊下の窓は綺麗になりました」

 ジゼル様が落ち着いて答えた。
 私が朝一でジゼル様へ完了報告をすませていたのだ。
 それを聞いたマチルド様はひどく驚いている。

「すべて……ですか?」

 マチルド様に確認されて、不安になったのかジゼル様が私を見てくる。
 私は黙ってうなずき、すべてだと無言で伝えた。

「……す、すべてです」

 ジゼル様が答えて、これで一件落着と安心する。
 ところがだ。
 スザンヌ様が耳を疑うような発言をしだす。

「前日に新人がひとりで掃除しました。人も時間も足らなかったので不安です。マチルド様、仕事の出来を見ていただけますか?」
「そうですね。綺麗になっていなければ意味がありません。現場へ直接見に行きましょう」

 なんとマチルド様が、現場を確認すると言いだしたではないか。
 スザンヌ様のこの発言には、さすがのジゼル様も二度見していた。

 何もわざわざ、粗探しさせるようなことを言わなくてもいいのに。
 違和感しかない。

 結局、マチルド様と侍女のエバ様、ジゼル様とスザンヌ様に私を加えた五人で、あの廊下まで行くことになった。
 現場に着いたマチルド様は脚立を上がるのを嫌がると、侍女のエバ様ではなくてなぜかスザンヌ様を上がらせた。

 なので、いま窓の確認をしているのはスザンヌ様だ。
 私が一番後ろで様子を見ていると、アルノー様が近づいて話しかけてきた。

「マリーさん、今日も忙しそうだね」
「アルノー様も毎日お疲れ様です」

 昨日初めて彼と会話をしたが、気さくな人柄で話しやすい。
 この職場では気楽に話せる相手が少ないだけに、貴重な存在だ。
 ただ女性同士に必要な気遣いが、衛兵として過ごす彼に分かるはずもない。
 いまは私がほかの同僚といるのに、何も気にせず話しかけてくる。

「昨日した窓掃除の続き?」
「ごめんなさい。ちょっと取り込み中なんです」

「そうか。じゃあ、また後でね」
「はい、またのちほど」

 やんわりと会話を終わらせて、彼女たちのやり取りに戻った。
 脚立の上ではスザンヌ様が首をかしげている。

「お、おかしいですね。こんなはずでは……」
「スザンヌ、どうなのです? 少しは汚れが残っているのでしょう?」

 マチルド様が返事をせかすと、スザンヌ様が脚立の上で首をかしげている。

「そ、それが……綺麗なんです……」
「……そうですか」

 自分で現場を見ると言ったマチルド様は、当然のように脚立を上がらなかった。
 侍女のエバ様は、どうも我々より身分の高い貴族のようで動きもしなかった。

 代わりに汚れを確認するのは「仕事の出来が不安で確認して欲しい」と頼んだスザンヌ様本人である。
 自分で頼んで自分で確認していれば世話がない。

 何とも馬鹿馬鹿しい人たちだと、私は笑いをこらえるのが大変だった。
 週末にウィルと話すネタができたので、心の中で彼女たちに感謝しておく。

 マチルド様は閉じた扇子を強く握りしめている。

「まったく。何のために朝早くに来たのでしょうね」
「す、すみません」

 不機嫌そうな彼女のつぶやきに、なぜかスザンヌ様が謝った。

「エバ。帰るわよ」
「はい。お嬢様」

 マチルド様は窓の汚れに興味を失ったようで、立ち去ってしまった。
 三人で休憩室へ戻ると、ジゼル様が私に微笑む。

「マリーのお陰で、マチルド様からのお咎めがなくてすみました」
「良かったですね、ジゼル様」

 私もホッとして返事をする。
 後ろから遅れて部屋へ入ったスザンヌ様は、なぜか悲壮感でいっぱいだった。
 昨日はマチルド様に汚れを指摘されてどうなるかと焦ったが、上手く収まったようだ。

 私は安心して宮殿まわりの掃き掃除に向かった。

 午後になり、コレットが心配で休憩室へ戻る。
 すると、ジゼル様とスザンヌ様がほかのメイドと一緒にお菓子をつまんでいた。青年コックのマルクが「マリー様によろしく」という伝言とともに、今日もくれたお菓子だ。

 心配だったコレットは、いつもの様に部屋の隅にいて無事だった。
 椅子に座ると、ジゼル様が前のめりで私に問いかける。

「スザンヌに聞きました! マリーは王城の衛兵といい関係なのですか⁉」
「確かに脚立の上から見ました。今朝、ふたりが仲良く話しているところを。まあ、マリーには衛兵くらいがちょうどいいかもしれませんね。釣り合い的に」

 今朝、アルノー様と話していたのを脚立の上のスザンヌ様に見られたようで、早速会話のネタにされた。

「いいえ、ただ世間話をしただけですから」

 私にはその気がないので、すぐに否定する。
 こういう話題はすぐに対処しないと、ろくなことにならないから。

 客観的にみれば、私もアルノー様も下位貴族出身なので、確かに貴族階級の釣り合いはとれている。
 婿としてシュバリエ家に入ってもらえるなら、できた子供に爵位を承継させることができそうだ。

 でも、当の私にはまるでそんな気がない。
 せめてウィルに婚約者ができるまでは、この焦がれる感情を消す方法はないだろう。

 ウィルの婚約まで、あとわずかの時間しかない。

 さすがに彼が婚約すれば、これまでのように私の部屋で幼馴染み同士の語らいなどできなくなる。
 残されたあと何回かの週末を、彼との特別な時間を、何より大切にしたい想いでいっぱいなのだ。

 そんな想いなど知らないジゼル様は、姿勢を正して私を見つめてくる。
 この人が真剣になるのは、たいてい結婚の話だ。

「あなたはよい人を探していないのですか?」
「探さなければいけませんが……いまはいいんです」

「まだ若いつもりかもしれませんが、月日は過ぎるものです。私などは早くしないと、両親の縁談に従うことになりそうですわ」
「そうですね。私も、もう少ししたら……」

 彼女は両親の選んだ婚約者候補が嫌で、自分で婚約相手を探している。
 ジゼル様が休憩室で話す話題も、あの人はどうとか、この人はどうかなどが多い。

 それに対してスザンヌ様は、親の選んだ婚約者候補がそこまで悪くないらしく、余裕しゃくしゃくだ。

「ジゼル様もいざとなったら両親の勧めに従えば気楽ですよ。私なんて最初から何も望んでいませんので」
「私の両親が勧める人は年配過ぎてちょっと……。お腹も樽のように出ていますし。できれば年齢の近い人と、燃えるような恋がしたいのです!」

「またジゼル様は……。貴族令嬢は政略婚が定め。諦めが肝心です。恋愛なんて幻想ですから」
「いいじゃないのよ、夢を見るくらい。それにしても、マチルド様が羨ましい」

 第一王子様を見たことはないが、噂では見目麗しいらしい。
 そしてマチルド様はその婚約者候補。
 お相手が王子様の彼女には不満などないだろう。

 それに王子様のお相手は家柄第一である。
 高貴な家柄のマチルド様であれば婚約はほぼ確実。
 それだけに、ここで働くメイドたちにとって、マチルド様は羨望の的であり勝ち組の象徴なのだ。

 でも、私はちっとも羨ましくない。
 別に強がっている訳じゃなく、好きでもない人と一緒になるのは、たとえ相手が王子様でも嫌なのだ。

 私をこんな風にしたのはウィル。
 彼のことは大好きだけど、私ばかりが想いをつのらせているのが少し悔しい。

 せめて今週末は、幼馴染みの関係を超えるために自分から仕掛けてみよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

その手は離したはずだったのに

MOMO-tank
恋愛
4歳年上の婚約者が幼馴染を好きなのは知っていた。 だから、きっとこの婚約はいつか解消される。そう思っていた。 なのに、そんな日は訪れることなく、私ミラ・スタンリーは学園卒業後にマーク・エヴァンス公爵令息と結婚した。 結婚後は旦那様に優しく大切にされ、子宝にも恵まれた。 いつしか愛されていると勘違いしていた私は、ある日、残酷な現実を突きつけられる。 ※ヒロインが不憫、不遇の状態が続きます。 ※ざまぁはありません。 ※作者の想像上のお話となります。

【本編完結】私たち2人で幸せになりますので、どうかお気になさらずお幸せに。

綺咲 潔
恋愛
10歳で政略結婚させられたレオニーは、2歳年上の夫であるカシアスを愛していた。 しかし、結婚して7年後のある日、カシアスがレオニーの元に自身の子どもを妊娠しているという令嬢を連れてきたことによって、彼への愛情と恋心は木っ端みじんに砕け散る。 皮肉にも、それは結婚時に決められた初夜の前日。 レオニーはすぐに離婚を決心し、父から離婚承認を得るため実家に戻った。 だが、父親は離婚に反対して離婚承認のサインをしてくれない。すると、日が経つにつれ最初は味方だった母や兄まで反対派に。 いよいよ困ったと追い詰められるレオニー。そんな時、彼女の元にある1通の手紙が届く。 その手紙の主は、なんとカシアスの不倫相手の婚約者。氷の公爵の通り名を持つ、シャルリー・クローディアだった。 果たして、彼がレオニーに手紙を送った目的とは……?

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

処理中です...