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その十三  超速窓ふき

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 声の主は、階段と繋がる廊下の中間に立っていた。

 いつも鎧を身につけて、王城内で目を光らせている衛兵だ。
 確か、王城の衛兵はみんな下位貴族の出身者。
 この人も私と同じ十代みたいなので、どこかの下位貴族の令息なんだろう。

 よく考えたら、貴族出身者の前ではあまりに酷い格好だ。
 ほこり避けの布を頭に被り、汚れ掃除用のエプロンを着けているのだから。
 仕事を優先して、あまりに配慮が欠けた格好である。

 この人がうるさ型の性格なら、叱責されるかもしれない。
 時間の加速中でも、魔法の効果で不思議と声は普通に聞こえて会話はできる。
 けど相手の動きがゆっくりで話しにくいので、急いで胸に手を当てて魔法を解除した。

「はい。なんでしょうか」
「さっきから見ているけど、あんな遠くからもうこの窓まで綺麗にしてしまったね。信じられない早さだよ。しかも仕事がとても丁寧だし」
「ありがとうございます!」

 よかった。
 この服装の叱責じゃなかった。

「それになんだか、光輝いて見えた気がする!」
「し、仕事がはかどる魔法です」

 魔力の輝きを見られたので適当に誤魔化す。
 ウィルからは時空魔法に不明な点が多く、まだ時空の特性は伏せるように言われている。

「あの輝きは魔法なんだね! 変わった魔法だなあ。ま、とにかく窓を綺麗にしてくれてありがとう。きっと国王陛下や王族の方々も喜ばれるよ」

 思いがけずに仕事ぶりを評価されてしまった。
 大変な仕事を手を抜かずにやって、それを誰かが見てくれて、あまつさえよくやったと認めてくれた。

 掃除とはいえ、仕事に誇りとプライドを持っているので、嬉しさのあまりに衛兵の目を見て感謝の気持ちを伝える。

「お褒めいただいて嬉しいですっ!」

 すると衛兵は少し慌てて顔を赤くした。

「き、君の名前は何ていうの?」
「マリーです。マリー・シュバリエです」

「マリーさん、いい名だね。僕はアルノー・マルタンだ」
「こんにちはマルタン様。どうぞよろしくお願いします」

 ちょうど休憩したいと思っていたところなので、窓拭きの布を脚立に掛けて丁寧に挨拶した。

「アルノーって呼んでよ」
「分かりました。アルノー様」

 同じ下位貴族の出身、年齢も近いので話しやすい。

「……あのさ、マリーさん。それにしたって君、ほかの娘の倍は働いてると思うよ。君だけ仕事を頑張りすぎやしないか?」
「そんなことないですよ。だってほら、アルノー様もこうしてお城を守っていますし」

「こんなのただ突っ立ってるだけさ。何の意味もありゃしない」
「違いますって。私にできない、大変なお仕事ですよ」

「そうかなぁ。僕だって近衛隊になって、華やかな式典で王族の護衛をしたいんだ。でもあれは上位貴族の特権。僕みたいな下位貴族は、つまらない立ちんぼの衛兵が関の山さ」

 私は最初、笑顔で聞いていたが、これはちゃんと伝えなければと腰に手を当てて口調を変える。

「……あのですねぇ。よろしいですか、アルノー様」

 私の態度が急に変わったせいか、アルノー様が驚いて目を大きく見開いた。

「な、何?」
「私が安心して働けるのは、あなたがお城を守ってくださるからなんですよ! アルノー様のお仕事は凄く大切なんです!」

「え? そうなの? 僕がいるから? そんな大げさな……」
「だってもし賊がこの城に侵入したら、あなたは立ち向かうのでしょう? 私が危険にさらされたら、守ってくださるのでしょう?」

「と、当然だよ! マ、マリーさんに何もないよう全力で戦うさ!」
「ありがとうございます。私、とても当てにしているんですよ、アルノー様のご活躍を。だから、どうか衛兵の仕事がつまらないなんて言わないでください。これからも、私たちを守って欲しいんです!」

「あ、ああ、守るよ、もちろんだ! よ、よし、頑張るぞ!」

 アルノー様が姿勢を正した。
 私は少し会話をして休憩できたので窓拭きを再開する。

 ただ、魔法を使わないととても終わらないので、彼に隠れて「アート」と唱えた。
 私の体から緋色の輝きが放たれてアルノー様が驚いたが、どうか秘密にして欲しいと頼むと、黙って笑顔で二回うなずいてくれる。

 それからは休まず窓を拭き続けた。
 そして日が沈みかけて薄暗くなったころに、ようやく反対側の廊下まで到着できたのだ。

 ホッとしてから、胸に手を当てて魔法を解除する。
 廊下の灯りを点けに来たコレットが、私を見つけて声をかけてくれる。

「マリー様! 本当に凄いです! 今日中に終わらせてしまったのですね!」

 コレットがねぎらってくれるけど、疲れ果てて返事ができずに笑顔を返す。

(な、なんとかマチルド様とスザンヌ様の嫌がらせに対抗できたわ)

 ホッとしたせいか、力が抜けてそのままコレットにもたれ掛かってしまった。
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